第九投
「ふ〜ん、ふ〜ん、ふ〜〜ん」
「ふ〜ん、ふ〜ん、ふ〜〜〜ん」
お昼休み。バッケちゃんが惣菜パンを取り出しながら、鼻歌でメロディを刻む。釣られてわたしも刻んでしまう。
一緒にお昼を食べようと高清水さんも弁当箱を持ってこっちにやってくる。
先週駅前で手鏡を買いに行ってから、お昼休みは三人揃って食べている気がする。この高校を最初に受験しようとした時はボッチ飯になる覚悟を決めていたので、二人の存在がとてもありがたい。
「ふ〜ん? なにを歌っているの?」
「オリ曲。タマシイの叫び」
「らしいよ」
高清水さんが鼻歌の曲を尋ねてきて、作曲者が答えてくれる。わたしも初めて聞いた曲だ。
「よく日運さんも場家さんに合わせて歌えるね」
「さーさんとは人生の半分を付き合ってきたからよ〜 そりゃもうカーツーさぁ!」
「ツーカーでしょ。……ツーカーで合っているよね?」
ボケが分かりづらいボケは控えてほしい。助けを求めるように高清水さんを見るが、たぶん通じていない。でも、キョトンとした顔もかわいいから戦力になった。
「まぁいいでしょう、スースーのことなんて。大切なのは過去よりも未来だから」
「スースー?」
ボケにボケを重ねてしまったせいで収取がつかない。過去や未来よりも現在が危機的状況だ。
「高清水さん下手に突っ込まない方がいいよ。言った本人も、絶対忘れているから」
「へぇへぇへぇへぇ……」
この笑い方も初めて聞いた。バッケちゃんとは半生もの間一緒にいるけど、これには検討もつかない……
「あっ! それは分かる! 最近流行っているドラマのやつだよね」
「タカッシーご名答。へぇへぇへぇへぇ……」
「へぇ~へぇへぇ」
こんな笑い方に元ネタがあった事実と高清水さんがそれを知っていた事実に驚いてしまう。
「今日のさーさん、いつもよりノリがいいね。何の何?」
「へぇへぇ、よくぞ聞いてくれました。今日はなんと六の六です!」
サイコロの出目で一と六が出る確率は体感少ない。四月も下旬だが、六の出目は今月初だ。一に至っては先月から見ていない。
ちなみに、六つの内訳としては……
朝食の時にテレビのリモコンが落下(足の小指に着弾)。
改札口に引っかかる。
頭上に桜の枝が落ちてきた(華麗に回避)。
クーポンが使えるからコンビニで炭酸飲料を買おうとしたのに使える店舗は対象外。
振っていないのに炭酸飲料が噴射(幸い誰もいない野外)。
猫さんに挨拶したら逃げられ、追いかけたら、朝練でランニング中のバスケ部と衝突しそうになる。
朝だけで六の六を全て消化できるなんて、おそらく初めてだ。今日は幸運な日だとしか言いようがない。
「確かに、それは優勝だね」
「それは本当に優勝なの? 六回も不幸な目に遭っているのに……」
「へぇへぇへぇ、実はわたし比で優勝なんですよ。今日はこれ以上不幸が発生しないので」
「えっ?」
「そうそう、さーさんの不幸はサイコロで出た数と絶対に同じらしいよ」
へぇ〜と言いながら高清水さんが頷く。そろそろ、へぇでいっぱいになってきた。お昼ご飯を食べても、頭の中でへぇへぇと合いの手が入る。
「……ごちそうさまです」
高清水さんが昼食の弁当を半分ぐらい残してごちそうさまと言う。いつもは完食しているから、残すのはめずらしい。
「高清水さん大丈夫? 顔も少し青い気がするよ」
「今日の午後は全校集会だけだから休んでいてもいいと思うね。明日からGWだし」
「そうかな……」
ここ最近、体調を崩す生徒は多い気がする。春は気を遣うので、高清水さんなら他の人よりも疲れが溜まってくるだろう。
「そうだよ! 集会の内容ぐらいわたしでも教えることできるからね」
「う〜ん……」
休むかどうか悩んでいたところに、ちょうど担任が教室に入ってくる。教卓の中を覗いて、なにか探している。
「先生少しいいですか?」
「構いませんよ、日運さんどうしたのですか?」
「わたしではなくて高清水さんのことになりますが……」
高清水さんの体調が優れていないことを勝手に伝える。先生も高清水さんの表情を見ると、体調が優れていないことを感じ取ったようで、保健室の利用を勧めてくれる。
「えっと……色々とすみません。日運さんも、本来なら私が自分で伝えないといけないことなのに……」
「これぐらい全然いいよ。わたしは体調悪いと言葉も発したくないし」
「あたしも分かる〜 まっ、体調崩したことないけど」
「高清水さん、体調を崩さないように自己管理することも大切ですが、人を頼ることも大切なんですよ」
えっ、とわたし達三人は思わず先生のことを見てしまう。教室にいた他のクラスメイトも先生を見ている気がする。
「迷惑をかけて、かけられて。一人で無理をする必要はないのですから。先生なんて、よく他の先生方を頼っていますよ」
ニコニコとしながら語る先生を、皆んなは肯定的のリアクションで聞いていた。
「それで日運さん、この流れで大変恐縮なんですが……」
「はい?」
「高清水さんを保健室まで付き添ってもらってもいいですか?」
「はい!」
願ったり叶ったりだ。わたしの方から申し出る予定だった。
「えっと……もう少しで全校集会が始まりますし、流石に申し訳ないです……」
控え目だけど、確かに高清水さんは自身の意見を主張する。わたしなら言い負けて、主張を譲ってしまう。
「それがですね、本命は別にありまして」
「うん?」
もしかして、安請け合いすると、理不尽な目に遭うことを身を持って教えられる可能性がありますか?
「ふふっ、そんな身構えなくても大丈夫ですよ。保健室隣りにある準備室の窓を開けてほしいだけなので」
「あの教室ホコリっぽいですよね。あたしも前にあそこから物を取ってくるよう言われて行ったらビックリしました」
「そんなんですよ! せっかくGW前なので、放課後になったら生徒会の生徒達を率いて掃除しようかと。掃除前に、換気しておかないとホコリに負けてしまいそうで……」
バッケちゃんが少し共感したら、その十倍以上の勢いで先生が力説する。わたしは中に入ったことがないけど、高清水さんも心当たりがあるようで、なんとも言えない絶妙な表情をしている。
「それに、全校集会へ遅れて参加しても構いませんよ。他の先生方も簡単に事情を共有しますし、体育館後方のドアも開放したままにするのでソッと後ろから合流して大丈夫です」
「分かりました」
「日運さんありがとう。本当なら保健室まで連れて行くのも、窓を開けるのも先生がやりたいんだけどね。生徒だけではなくて、先生側も体調を崩している人が多いから、今人手が足りていないのよ」
いつもは弱音を吐かない先生が切実な声を漏れてしまっている。高清水さんを説得させるために、少しオーバー気味にしているのかもしれない。
「あたしも手伝おうか?」
「場家さんは、皆んなに二人のことを聞かれたら状況を伝えてくれる? まだクラスに戻っていない生徒達もいるからね」
バッケちゃんが居たら、集会へ行くのに確定で遅れるので、先生は大正解の指示を与える。
さっきから高清水さんの口数が少なくなってきた。悪化する前にちゃっちゃと保健室へ向かいたい。
「それでは、保健室に行ってきますね」
「すみません頼みます」
バッケちゃんとは手を振って別れて、先生からもあらためてお願いしますと伝えられた。
いつものわたしなら、不幸のせいで高清水さんに返って迷惑をかけてしまう可能性があるが、今のわたしは不幸ノルマを果たしたので無敵だ。
ここ数年で寄港するようになった、豪華客船に乗ったぐらいの気持ちで任せてほしい。
絶対に沈没させないからね!
次回更新は2025/12/31 18時ごろを予定しています。




