第八投
駅から西側に歩いて二十分強。信号に引っかかることがなかったら、移動時間の目安通りに着く商業施設一階、そこにハンドクラフト店があるらしい。
バッケちゃんが開けてくれた手動ドアをわたしが閉める。
出入り口の自動ドアが重い。
近辺に野生動物が出没している影響のせいで、自動ドアを手動で開けないといけない。最近は町中どころかスーパーに動物が立てこもるニュースも見かける。
そのせいで、自動ドアを手動にするのは仕方ないと思うが、ドアに取手を付けただけでかなり重たい。
正面玄関から入って十数歩。目的の店はすぐに分かってしまった。
「店の中一面に桜が咲いているみたいだね〜」
「……そのようだね」
「…………うん……」
淡いピンクの桜柄があれば、桜の木? で作られた商品が所狭しと置いてあった。
フロア一体の桜要素に気後れしてしまうけど、高清水さんの純粋さと、バッケちゃんがわたしのことをどうやってフォローしようかと悩む姿を見て背中を押される。
バッケちゃんがわたしのことを心配してくれる様子を見て安心してしまうのは、バッケちゃんに申し訳ないし、自分が情けないと自己嫌悪に陥りそうだ。
それでも、今だけは、眼前に広がる桜と向き合う力が欲しい……
少しアホなことを考えながらも、店の奥まで進んでいく。
流石に全部の商品が桜に関係しているわけではなさそうだ。目的の手鏡ではないのに、木の温もりを感じたくて陳列されている雑貨を手に取って見てしまう。
「……日運さんコレはどう?」
高清水さんから木製の手鏡を受け取る。
商品説明を読むと、欅で作られているそうで、丈夫そうだ。値段は少し張るけど、それを理由にして買わないのはもったいないと思う。
普段から物を買う時は妥協してばかりなので、ここまで、すんなりと気に入ったことに自分でも驚く。
「おおっ! コレはあたしが見ても良いやつだね」
「うん、わたしも詳しくはないけど、本当に良いものだと思う」
目利きに自信があるらしいバッケちゃんからもお墨付きをいただいた。
「ふぅ、気に入ってくれそうで良かった〜」
「高清水さんありがとう。 わたしとバッケちゃんだけだったら、見つけることはできなかったよ」
「全くその通りだ」
腕組みしながら何度もうんうんと頷く、目利きの人にはあえて触れない。
「買ってくるから、適当に待っていて」
二人に伝え、手鏡を持ってレジに向かう。
おっと、いけない。精算する前に、さっき気になったものをと……
「二人ともお待たせ」
買ったものが入った紙袋を手にぶら下げ、出入り口の手動扉前で待っていた二人と合流する。
なにかお話中だったが、わたしが来たことで会話を終わらせてしまった。話しの続きもしそうな雰囲気がない。もしかしたら、バッケちゃんが単発で終わる変な話題でも振ってきたのかな?
「いや〜、さーさんいい買い物をしたね!」
「二人のおかげだよ」
「それなら、私も駅前をちゃんと見ることができたから、お互い様になるね」
高清水さんの心遣いが身に染みる。
日が沈みかけ、時間もよい頃合いだ。
「そろそろタカッシーは時間だよね」
「うん、駅の東側でお姉ちゃんが拾ってくれるって」
「それじゃ、一旦駅まで高清水さんを送りに行こうか」
「えっ! そこまでしなくていいよ」
遠慮している高清水さんの意見を二対一の多数決で却下とする。こんな大都市でも、危険な野生動物がうろついている可能性があるので、一人よりも三人の方がいい。
商業施設から出るために、重たいはずの手動ドアをバッケちゃんが涼しい表情で開ける。うん、わたしと比べて鍛え方の時点が違うね。
気持ちを入れるように、ふぅと息を吐く。
「二人に渡したいものが――」
入る時と同じようにバッケちゃんが開けてくれた手動ドアを、片手で閉めようとしながら、二人に声をかける。
言葉が途切れてしまったのは、後ろから両手にそれぞれ買い物袋を持ったお婆さんも店を出ようとしたからだ。
「扉は支えていますので、どうぞ先に」
「ありゃりゃ、あんたさんも手が片方塞がっているのに、どうもありがとうね」
この重たいドアをお婆さんに開けさせるのは心が痛む。
わたしは聖人じゃないけど、せめて、目の前にいる人が大変な時は手を差し伸べたいと思う。
お婆さんから感謝の言葉を受け、わたしも建物を出ようとする。
――風が吹いた。
大都市だからビルの一つや二つぐらいあるので、風も勢いが増すだろう。
ただ、強風になったタイミングが悪かっただけだ。
「うわっ!」
突然、昨日の朝ぶりに視界が覆われた。
どうやら、どこから飛んで来たのかは分からないが、ビラが顔に貼り付いてしまったのだろう。
右手は手動ドアを支えていて、左手は店で買ったものが入っている紙袋がある。両手が塞がっているのに、強風が吹いて、視界も奪われてしまい体勢が後ろに崩れてしまう。
走馬灯のように思い出すのは、昨日尻もちをついた時に割れてしまった先代手鏡のこと。もし、この手鏡も割れてしまったら、楽しかった買い物も、微妙な最後になってしまう。
背中が地面に投げ出されるのは避けようがない。紙袋だけでも衝撃を与えないように、抱え込むように身体の前へ持ってくる。
「日運さん!!」
「幸咲!!」
背中に走ると思っていた衝撃はいつまで経ってもこなかった。高清水さんとバッケちゃんがわたしを受け止めてくれたからだ。
風は強く吹いているが、左手首の痣はそれとは別に疼いている。
今日三個ある不幸の内、二つ目が消化されたのだろう。
「今回は間に合えて良かったよ」
「ふぅ〜、学校を出発する時にはまだ今日分が三の一だったからね。とにかく、さーさんが無事そうで良かった」
頭の後ろから二人の声が聞こえてくる。わたしを弄ったり、責めたりしないで、安堵した声色だった。申し訳なさでいっぱいになってくる。
「二人ともありが――」
「ヤバッ――」
「あっ」
感謝の言葉を言い切る前に、今度こそ背中に地面の感触がきた。しかも、後ろ二人も巻き込んで。
「ごめんね、二人とも……」
「あははは……」
「さーさん今のは、三つ目の不幸にカウントされそう?」
痣に意識を向けるが違和感はない。
紙袋も大丈夫そうだし、不幸は関係なく、単に三人でコケただけのようだ。
「残念ながらカウント対象外になります」
「そうなりますか」
「そろそろ立とうよ……二人とも大丈夫?」
高清水さんが仕切ってくれないと、バッケちゃんといつまでもふざけ倒していた。
三人揃って立ち上がると、どこからか呼びかけられる。
「おやまぁ、お三方さんや。ケガっこはしてねぇが?」
さっきのお婆さんも心配してこちらに戻ってきた。
両手にそれぞれ持っていた買い物袋を地面に置き、片方の買い物袋からどら焼きを三個、押し付けるように手渡される。
「おぢゃっこのおぢゃうげでいっぺ買っだら、さっきの礼んだすな。へばな、気ぃつけて」
こちらに会話の主導権を一切渡すことなく、嵐のように去っていった。わたし達の手にはどら焼きがあり、今の出来事は現実に起きた事だと否応なく突きつけてくる。
「お婆さんが行ってしまった……」
「助けたのは日運さんなのに、私達もどら焼き貰っちゃったね」
「しかも、このどら焼きは生だよ。あたしも普段食べない、ちょっと高めのやつ」
貰ったどら焼きを紙袋の中にそのまま入れる。
紙袋の奥がブラックホールみたいに暗く、光すら飲み込まれそうだ。
二人に渡したいものがあったはずなのに、雰囲気を全てお婆さんに持っていかれてしまった。そもそも、二つ目の不幸が起きた時点で既に渡し辛かったかもしれないけど。
「そういえば日運さん。ドアを開けている時に、二人に渡したいものがー、と言っていたよね」
「確かに言ってたね。さーさんからのプレ楽しみ〜」
「えっ……場家さん、そこまで期待を上げなくても…………」
「ふふっ」
なんか笑ってしまう。
あんなにプレゼントを渡すのに怖かったけど、今は不思議と肩の力も抜けている。
「二人に今まで付き合ってもらったお礼があるんだよ」
あぁ……感謝の言葉が溢れ出しそうだ。
きっと、どら焼きを渡してくれたお婆さんも同じような気持ちだったかもしれない。やっぱり、違うかもしれない……
どちらにしても、今大切なことは感謝を伝えることだ。
「バッケちゃんにはコレを。高清水さんにはこっちを」
二人にそれぞれ、杉の木で作られた、犬とハートをモチーフにしたキーホルダーを手渡す。
バッケちゃんは飼っている犬によく似たものを。
高清水さんには下の名前である、心優にちなんだハートで。
「おっ! ほぼ、たんぽじゃん。ありがとね。そっかぁ、たんぽもさーさんと出会って四年目か〜 長い付き合いだね」
「……ありがとう日運さん。昨日のお返しもらっちゃったね」
バッケちゃんの方は意図した通りだったが、高清水さんの方が予想外だ。ぶっちゃけると昨日の朝、手当してもらったことを忘れていた。
「高清水さん……その件のお返しは別でお詫びします」
「へぇ~!? とりあえず、このキーホルダーは大事にするね!」
あらためて、プレゼントを渡すと思っていた以上に体力を使う。特に、高清水さんのハートマークは、買った直後にもう色々と恥ずかしくなっていた。
普段は笑顔をつくらないが、感謝の気持ちを込めて最後に表情を作る。
「二人とも喜んでくれたのなら嬉しいよ」
今日一番の目的を終えて、高清水さんを見送るために駅東口のロータリへ着く。ちょうど、お姉さんも到着したようで、車の窓ガラスを開けて高清水さんを呼んでいる。
落ち着いている高清水さんとは反対に、気さくで明るい印象だ。バッケちゃんとは違うベクトルでカッコよい。
「こっちだよ心優〜!! あっ、お友達さん!?」
「お姉ちゃん!」
わたしには姉妹がいないから一般的な距離感が分からないけど微笑ましい。
「さーさんもあたしのことをお姉ちゃんと呼ぶ?」
横から変な言葉が聞こえてきたが気のせいだろう。
「日運さん、場家さん。 また明日!」
高清水さんはお姉さんの車に向かいながらも、こちらに手を大きく振って挨拶をする。
自然とわたしとバッケちゃんの声が揃う。
「「また明日ね!」」
その夜。自室で今日買った手鏡を見ていたら、高清水さんからメッセージがきた。
『電話してもいい?』
間違って秒で既読をつけてしまったので、姿勢を正して、いいよと返信する。
すぐに電話がかかってきた。こっちは姿勢を正す時間が必要なのに、高清水さんはすごい。
『いきなりゴメンね。日運さん今大丈夫だった?』
「ぜ、全然だだよ」
『大丈夫じゃなさそうだね!?』
あまり電話をしないから、はじめて会ったかのように緊張してしまう。でも、昨日の朝に、はじめて話したから、似たようなものかもしれない。
「だぃじょうぶぃのブイだよ〜」
『場家さんみたいな言葉遣いになっているよ……』
苦手なはずの電話も気付くと三十分も話していた。こんなにも長電話ができたら、もう立派な女子高生の仲間入りだろう?
「あっ、そうだ。高清水さんのお姉さん、気さくそうでカッコ良かったね」
『え〜? 本当にそう見えた?』
「本当だよ。お姉さんもモテそうじゃん」
『うん、確かにお姉ちゃんは彼氏いるよ』
「えっ」
『しかも、高校一年の時から付き合って今六年目』
「えっっ」
『両家公認でお父さんも息子のようにかわいがっているよ』
「実質優勝じゃん!?」
手鏡に映る自分の顔が土砂崩れを起こした。
自分の顔面にビックリして、学習机にガンッと足をぶつける。その足がぶつかった衝撃で、机の上からぬいぐるみが頭に落ちてきた。
「あぅ……」
『鈍い音が聞こえてきたけど、日運さん大丈夫?』
無事に左手首の痣が違和感を覚えて、三の三が達成となる。
三つ目の不幸はお婆さんのどら焼きよりも物理的に甘かったが、なぜか心に対しての辛さは激辛だったのであった。




