第五投
また明日、じゃあね、へばねーという別れの言葉達が校内に響き合う。学校は放課後になり、生徒達は各々に帰宅したり、部活へ向かっていたりする。
わたしも昨日壊れてしまった手鏡を買いに、バッケちゃんと駅前でショッピングする予定だ。
今は、バッケちゃんに少しだけ用事があるから教室で待っていて、と言い残されたから、素直に待っている。
本当なら、今日もバスケ部の練習があったらしい。
だけど、バッケちゃんはわたしに練習がないと嘘をついて、ショッピングに付き合ってくれる。
さっき、クラスメイトのバスケ部に聞いたら、昨日の時点で既に、どうしても外せない用事があるので練習を休むと伝えていたらしい。真剣に頼み込んでいたため、どんな大事があったのかなと話してくれた。
わたしのことを心配してくれるのは、大変ありがたいが、一番はバッケちゃん自身を大切にしてほしい。
愛用だったとはいえ、たかが手鏡一つで、部活を休ませたことに心が痛くなる。
手持ち無沙汰のあまり、誰もいない教室で足をぷらぷらさせる。昨日挫いた右足首も、一晩たったらほとんど完治した。
ただ、高清水さんとの保健室での時間を思い出すと、恥ずかしくなってきて、ぷらぷらさせていた足もブンブンと勢いをつけてしまう。
「日運さん大丈夫?」
「あっ……高清水さん…………」
もう終わりです。
一人でブンブンしていたところを高清水さんに見られてしまった……
「委員会の用事が終わってカバンを回収しに戻ったんだけど、日運さんの右足首治っていそうで良かったよ」
高清水さんはブンブンの右足を見て、ホッと胸をなでおろしているが、反対にわたしは恥が足元から胸部を越えて頭までやってきた。
実は、昨日高清水さんに左手首をキスされてから、まともに話せていない。何度か視線を向けられた気もするが、こっちは見ていないので、たぶん気のせいだ。
せめて、他に人が誰もいない状況じゃないと昨日の件を聞く勇気が出なかった。ちなみに、今は高清水さんとわたし以外は誰もいない。
「昨日は色々とごめんね。保健室のことも、私からしたのに。それで、ビックリして逃げちゃっただなんて、おかしいよね」
「おかしくないよ。でも、どうして左手首にキスをしたの?」
キスという言葉に、高清水さんが身を震わせるように反応してしまう。問い詰めたいわけではないので、ばつが悪いけど、キスされたのはわたしだし、言い分は聞いておきたい。
「うぅ……やっぱり聞きたいよね」
「別に言いたくないなら大丈夫だよ」
「ううん、昨日の体育で私を助けてくれたでしょう」
「うん」
たしかに、バレーボールの時に助けた……
でも、それだけだ。
「それでね、左手を差し伸べてくれた時、左手首に桜の花びらが見えて、眩しく輝いていたんだ」
「……うん」
「そこから気持ちがゴチャゴチャになって、自分でも、まだハッキリしないけど……」
ここまで、目を合わせなかった高清水さんが、覚悟を決めたように見つめてきた。
高清水さんの瞳にわたしが映る。
「たぶん、日運さんのことが愛おしかった……ったんだと思う」
ふいに、昨日の朝、尻もちをついたわたしに手を差し伸べてくれた高清水さんを思い出した。あの時、あまりにも慈愛に満ちていて女神に思えたけど、間違いではないのかもしれない。
「話してくれてありがとうね。そっかぁ、愛おしいと感じちゃったかぁ」
お母さんやお父さんも、わたしのことを同じように思っていそう。後は……サイコロをくれたお姉さんも、微笑んでいてくれた記憶がある。
「そこまで大げさでないよ。ところで、日運さんはどうして教室に残って――」
「さーさんおまたせ。おっ、高清水さんもお疲れさま」
危ない、危ない。バッケちゃんが教室に帰ってきた。
もし、今までの会話を聞かれていたら、ドラマの影響で恋愛レベルが上昇傾向にあるから、キスに対して突っ込まれそうだ。
「おかえりバッケちゃん」
「場家さんもお疲れさまです。あれ? 部活は大丈夫なんですか?」
「部活? ハッハッハ、今日ハ休ミだヨ」
「でも、さっきバスケ部の人がランニングしていたよ?」
かわいそうなバッケちゃん。
今日は練習が休みだと言ってしまった手前、わたしに嘘がバレてしまうので詰んでしまいました。
元を辿ればわたしが原因だから、たまらず、助け船を出す。
「できれば秘密にしてほしいんだけど、バッケちゃんはわたしのために今日の部活を休んでくれたんだ」
「「えっ!!」」
二人の声が重なる。
バッケちゃんは嘘がバレてヤッてしまったゼの顔つきになって、高清水さんは少し顔を青ざめている?
「二人とも驚き過ぎじゃない?」
「いつも日運さんと場家さんは一緒にいるのは知っていたけど、もしかして……」
少し血の色が薄くなった高清水さんは、今日まで一ミリすら思ってみてもなかったことを言おうとしている。
この言葉を言い切らせてしまったら、この場にいる皆んな青くなりそうな気がするし、身体に緊張が走った。
「さーさんは大切な親友だよ」
恥じらうことなく、照れることもなく、当然にある事実のように言い切ってくれた。わたしも、バッケちゃんのことは大親友だと思っているけど、ここまで堂々と言える自信がない。
「二人に失礼な質問だったよね。ごめんなさい」
「でも、さーさんとショッピングするために部活を休むのは事実だからね! 仮に、部やクラスの皆んなにバレたら噂の一つや二つは出てくるだろうさ」
娯楽が少ない田舎だからか人の噂が広まるのは早い気がする。ゆえに、いつも凛として、周りに流されなくて、毅然としているバッケちゃんが眩しい。
「昨日の朝、尻もちついちゃった時に、手鏡を壊してしまったんだよね。それで、バッケちゃんがショッピングに付き合ってくれるんだ」
「もしかして、猫ちゃんとぶつかった時の?」
「そう、その時の」
あまり思い出したくない記憶だけど、恥ずかしいほど、案外鮮明に覚えてしまうものだ。この記憶もしばらくは、覚えていそうだ。
「もし、よければ高清水さんも一緒にどう?」
「えっ」
唐突に、バッケちゃんが高清水さんをショッピングに誘う。
普段からノリと勢いが九割を占めているが、今回のはビックリした。わたしは自分のことに人を巻き込みたくないタイプなのをバッケちゃんは知っているはずなのに、どうして誘ったんだ?
「場家さんありがとう! 私の方からも一緒に行けるかお願いしてみようかな? と考えていたんだよね」
「やっぱし?」
何がやっぱしなのか、サッパリ分からない。
二人はどうして通じ合えているのだろう?
「本当にいいの高清水さん? 市街地の駅前まで行くから電車も使うよ??」
「ふふっ、そのぐらいは大丈夫なのだよ。それに、私は普段、駅前方面に行かないから行ってみたいし」
そうか、駅前は用事がないと行かないからなぁ……
駅前よりも大型ショッピングモールに行く方が、車を使いやすい分、移動の面でも都合がいいよね。
わたしの場合は、駅前周辺に住んでいるから、自然と馴染み深くなる。ついでに、わたしの家と近いところに住んでいるバッケちゃんなら、駅前一帯は庭呼ばわりだろう。
「それじゃ、二人ともさっそく行きますか!」
バッケちゃんが先頭になって音頭を取る。
とりあえず、学校から最寄り駅までの道のりを喋りながら歩く。
「そういえば、さーさん今日は何の何?」
「三の一。朝登校中に、後ろから来た自転車を避けようとした結果、電柱に軽く被弾して、一回」
「ご無事そうでなによりです」
「昨日はわたし比でも厄日寄りだったからね。麻痺しているかもしれないけど、基本はほぼ無傷なんだよ」
ちょっとした切り傷や打ち身はしょっちゅうあるが、幸い大怪我や大病になったことはない。
それでも、生傷が絶えないせいで、できるだけ人に肌を見せたくない。
「日運さんは場家さんに、何の何とよく聞かれているよね。不幸の総数と回数についてなのは薄々分かるんだけど、そもそも、どうして、不幸の総数が分かるの?」
「それはね、わたしは朝サイコロを振ると、その日に起こる不幸の数が分かるのですよ」
「うむっ」
バッケちゃんも腕組みしながら後方親友面して頷いている。
最初こそ、高清水さんも驚いていたが、バッケちゃんの反応も見たおかげで、戸惑いながらも一回飲み込んでくれた。
「えっと……サイコロを振るということは、最小の出目が一だから……最低でも一日一回は不幸があるの!?」
「おっしゃる通りです」
嫌な最低保証だ。
この後も、なんやかんやと話しながら歩いていたら、あっという間に目的地に着いていた。




