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貴女にサイありて  作者: 花月アイコ
いつもと変わらない朝に賽を振る

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4/10

第四投

 真っ暗闇な世界から、瞼を開くと、体育館の床が見えた。

 ほんの少しだけ、意識が飛んでしまった。だが、これぐらいは大丈夫そうだ。


 とりあえず、うつ伏せで倒れたまま、一呼吸。

 気持ちを落ち着かせて、身体を起こすと、バッケちゃんやクラスメイトが駆け寄ってくる。わたし、優勝しちゃった?


「さーさん大丈夫?」

「日運さん、怪我とかしてない?」


 皆んな普通に心配してくれていた。優勝どころか、初戦反則負けレベルで心が痛い。

 

「わたしは大丈夫だよ。それよりも、高清水さんの方は大丈夫そう?」


 身体を張ったのは高清水さんのためだ。これで、高清水さんが怪我をしていたら、なんだか悲しくなる。

 さっきから、高清水さんの声や姿がないので、後ろにいるはずの高清水さんを見ようと、身体を振り向く。


「………………」


 あれ? 一見すると、怪我はしていなさそうだけど……

 高清水さんはジッとわたしのことを、うつ伏せの状態で顔だけを上げて見つめている。


 なんだか無言で見つめられると、ホコリやゴミが髪についているのかと思ってしまい、つい自分の髪を触ってしまう。

 まぁ実際、髪にホコリがついていた……


 ホコリは見なかったことにして、高清水に左手を差し伸べる。手を差し伸べるために屈んだら、若干、右足首に痛みが走った。


「高清水さんは大丈夫? 頭とかうっていない?」

「えっ……あっ…………私は大丈夫? だよ」


 ここでようやく、高清水さんの時は動き出した。わたしの左手を取って起き上がる。

 でも、高清水さんの受け答えが少し怪しい。視線もわたしの左手を凝視しているし、念のために保健室行った方がいいのかもしれない。

 わたしも右足首に湿布を貼りたいし。


「先生! 高清水さんとわたし、保健室へ治療しに行ってもいいですか?」

「わ……私は大丈夫だよ日運さん」


 ここで押し問答をしてもしょうがないから、高清水さんの善意につけこもう。耳元に近付いて、高清水さんだけに聞こえる声でお願いを一つする。


「まだ保健室に入ったことがないから、付き合ってくれない? 高清水さん保健委員だし、色々と分かっていそうだし??」

「そういうことなら……」


 渋々だったかもしれないが、高清水さんから了承を得た。

 普段お願いなんてしないため、距離感を間違えたかもしれない。イマジナリーバッケちゃんを意識してお願いしたから、キザっぽくなり過ぎた。やっぱり、慣れないことはしない方がよさそうだ。


 改めて、体育教師に二人で保健室に行く旨を伝える。心配してくれていたが、もうすぐ授業が終わるので、そっちを優先してもらった。

 バッケちゃんもわたしが右足を庇ってることに気付いて心配そうにしていたけど、バイバイと手を振っていったん別れる。



 体育の授業中に、()()()()()()できたので、今日の残りは一つだ。

 左手首の痣に鈍い痛みを覚えた時は、タイミングの悪さにヒヤッとしたが、二つの不幸が重なったから、痣の反応も過剰だったのだろう。


 一人で勝手に納得していると、隣を歩いている高清水さんに声をかけられる。


「さっきはありがとうね。まだ、お礼すら伝えていなかったから……」


 そう言われればそうだった。高清水さんの意識が再起動するのに時間かかっていたし、そもそも、わたしが助けた理由も自己満足の側面も大きかった。


「別にいいよ。それこそ、今朝はわたしの方が助けてもらったし」

「私は手当てしただけだから、日運さんと比べて全然だよ」

「そういや、手当てしてもらった時に思ったんだけど、応急用具の種類と量をかなり持ち歩いていたよね?」


 朝から少しだけ疑問に思っていたことを聞いてみる。 

 いくら保健委員でも、ドラッグストア顔負けの品揃えを常備しているとは思えない。


「うん、昔のクセでね」

「昔のクセ?」

「私にはお姉ちゃんがいたんだよ。今は大学三年生で、県内の大学に通っているんだ」


 高清水さんが妹なのに、まず驚きだ。包容力があるから、勝手にお姉さん側だと思っていた。


「本当におっちょこちょいなお姉ちゃんで、いつも帰ってくる度に怪我していたんだ」

「それじゃ、お姉さんの手当てを高清水さんがしていたんだね」


 高清水さんはお姉さんとの過去を懐かしむように、ひとつ頷く。

 

「当時私は幼稚園児だったけど、小学生のお姉ちゃんを手当てすることにずっと誇りを感じていたかもね」

「そんな小さいころから、人のためにと思えるなんて、とても素敵です」


 心からの称賛を送る。

 わたしは昔も今も、自分のことばかりだ。


「日運さんは私のことを褒めすぎだよ。私はただ……」

「ただ?」

「あっ! 保健室に着いたよ」


 保健室に辿り着いたのは事実だけど、なんだか話をはぐらかされたみたいで、ちょっとだけ腑に落ちぬ。

 少しモヤったが、わたしも人と話ししていて同じような心当たりがあったので、勝手に心の中でおあいこだと思うようにしておく。


「「失礼します」」


 高清水さんと声を揃えて、保健室に入ったが、保健室の先生はいなかった。机の上に退室中の置きメッセージ? を残していて、すぐに帰ってはきそうだ。


「先生、すぐに帰ってきそうだね」


 置きメッセージを見ながら、高清水さんに話しかけようとしたが、姿が見えない。

 高清水さんの姿を探していると、ヌルっと奥の方から湿布を手に持った高清水さんが出てきた。


「はい、日運さん湿布持ってきたよ。ベットに座れる?」

「えっ、わたし、足が痛いの言ってた?」

「流石に分かるよ」


 高清水さんからすれば流石に分かるらしい。そんなに分かりやすく表情に出ていたのかなぁ?

 

 敷居となっているカーテン開け、保健室のベットを借りる。高清水さんも後ろから続けて入って、カーテンを閉める。


 ベットに腰を掛けて、体育用のシューズを脱ぐ。骨折はしていないと思うが、やはり、シューズを脱いだだけでも痛みがあった。

 そのまま、ソックスも脱ごうとしたら、高清水さんに呼び止められる。


「ソックス脱げる? 表情辛そうだけど……」

「これぐらい大丈夫。イッッ……」

「大丈夫じゃなさそうだから、ちょっと失礼するね。脱がす時に痛くさせてしまったらごめんね」

「あっ……」

 

 結局、高清水さんに押し負けてソックスを脱がさせる。

 クラスメイトにソックスを脱がされることが、無性に恥ずかし過ぎで、痛さどころではなかった。


「湿布も貼るね」

「お願いします……」


 ここまでやられたら、高清水さんを受け入れるしかない。

 自分のことを妹だと言っていたが、どう見ても姉だろう。わたしは一人っ子だから、妹も姉もいないため、どっちも分からないけど。


 治療中、高清水さんの手から温もりが伝わってくる。

 恥ずかしさもあるが、わたしにはアツく感じてしまう。


「貼り終わったよ。腫れていないから、骨折ではないと思うけど無理しないでね」

「ありがとう、今朝に引き続いて、また助けられてしまったね」

「ううん、その台詞はこっちなんだよ。本当にさっきはありがとう」


 自分の独りよがなポリシーで人助けできたのなら、この右足首の怪我も名誉の勲章ものだ。


 なぜだが、高清水さんが息を呑んだ。意を決するように、手にも力を入れて握りしめている気がする。


「日運さんは強いね」

「うん……ん?」


 ビックリして、うんと頷いてしまった。わたしは自身のことを強いと一回も思ったことないのに……すぐに撤回したい。


「いきなり、ごめんなさい。出会ってから毎日、日運さんは理不尽なアクシデントに遭っているのにも関わらず、受け止めているから、そう感じちゃった」

「やっぱりアクシデントが多いの分かってしまう?」

「そうだね、周りに迷惑をかけないように気遣ってくれたからわかったよ。後は、場家(バッケ)さんとの会話で、不幸の残り回数? とかも少し聞こえてきたかな」


 不幸について、隠していたわけではないけど、公言もしていたわけではなかっただけにむず痒い。

 しかも、バッケちゃんとの会話も聞かれていて、基本中身がないから何を話していたかも思い出せなくて、検討がつかなくて辛い。


「それでね、一つ気になったことがあるんだ」

「なにを?」

「日運さんの左手首を見せてもらっていい?」


 拒否をする理由がないから、ベットに座ったまま、左手首を高清水さんに見せる。ついでに、左手首にある、いつもと代わり映えのない、くすんだ桜の痣も見えた。


「高清水さんこれでいい? もしかして、痣が気にな」

 

 急に、保健室の扉がガラッと開く音が聞こえ、思わず舌を噛んでしまい、話しを物理的に途中でキャンセルさせられる。


「ッッッ!」


 舌を噛んだから、驚いたのではない。


 ――高清水さんが()()()()()()()()をした。


 わたしは驚いて言葉も発することができないが、高清水さんも無言だった。

 左手首の痣にも違和感をあるが、今日一つ残っている不幸のせいなのか、キスされた影響なのかも分からない。


「……日運さん、また教室で!」


 左手首にキスをして、いきなりハッと我に返った高清水さんは、今帰ってきた保健室の先生に怪我した経緯を簡単に説明して、嵐のように去っていった。



 この後、午後の授業も普通に出席できた。

 バッケちゃんやクラスメイトも教室に戻った時は心配してくれたが、保健室の出来事のせいで記憶が曖昧だ。


 ただ、高清水さんと目を合わせることができなかったのは覚えている。



 こうして、家へ無事に帰宅できたが、五つ目の不幸はもうなかった。


 今、わたしは布団の中で未来に想いを馳せている。


 くすんだ桜色のいつもと変わらなかった日々が、高清水さんと出会えたことで終わりそうな予感がする。

 そんな予感が当たればいいのにな、と思ってわたしは、明日のわたしに繋ぐのであった。

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