第三十投
熊の出没情報で入口に設置された、立ち入り禁止の三角コーンを乗り越えて、頂上まで続く坂を進む。
敷地内にある桜は、本来の品種なら有り得ないはずなのに、どれもが泣いているように枝が垂れている。
地面は、桜の花びらが散っており、踏むたびに呪われてしまいそうだ。
空は分厚い雷雲と、雨風が激しくて、見上げたくないが日は沈みきってしまったのだろう。寒さが増し、体温も奪われていきそうになる。
それでも、頂上に日運さんがいることを信じて、駆けのぼるしかない。
実は日運さんのために作成した、約五十通りのデートプランの四十九番目、サブのサブプランでこの場所を調べていた。
前に桜祭りの話題で難色を示していたため、ほとんど数合わせみたいなものだったけど。
途中で二手に分かれた道へ出る。
一方は、原っぱや緩やかな坂だけど、頂上までは遠回り道。
もう一方は、急な階段があるけど、頂上までは近い道。
考えるまでもなく、後者の道を選び、階段を駆けあがろうとしたとき――
空からの青白い叫びとともに、前方の茂みから熊が出てきた。
体調は一メートルぐらいだが、酷く痩せこけているようで、よだれを垂らし、息もハーハーと切らしている。
テレビのニュースでは毎日のように、熊が出没した映像は流れていたのだけど、咄嗟のことで何も考えられなくなった。
まさか、階段で鉢合わせするとは思っておらず、足場も悪く、逃げる場所も真後ろに逃げるしかない。
何かしないといけないが、身体は強張っているのに、足は恐怖で嘘のように震える。
死んだふりをして本当に助かるなら、意識を失いそうな今、完璧にこなせるだろう。
当たり前の話になるが、熊は私のことなんか待ってくれない。
着実に熊は距離を詰めてくる。
私は熊がこんなにもお腹を空かせているならば、日運さんは遭遇していないのだろうなぁ、と後退りしながら考える。
ついに、稲妻を合図に熊がこちらへ進み出てきてしまった。
逃げようとして、階段を踏み外し、その場で転倒してしまう。
もはやダメだと思い、目をつぶる――
…………何もこない。
目を開けてしまったら、目の前に熊がいそうだ。
「ニャー」
「ワンッ」
どこからか、猫と犬の鳴き声が聞こえ、恐る恐る目を開ける。
すると目の前から熊は消えて、代わりにどちらも見覚えのある、茶系の猫と白い秋田犬が座っていた。
辺りに熊がいないことを確認するように、見渡し終えた二匹は、こちらを一瞥して、帰るべき場所へ去っていく。
我に返った私は、走るしかなかった。
後で日運さんと一緒に、この二匹を目一杯かわいがろう。日運さんに助けられたことがある同士、仲良くなる理由しかない。
階段をあがりきり、城門をくぐり抜ける。
桜は一面に広がっているが、目的の人がいない。
さらに進み、桜の木々に囲まれているその場所に、探していた人影を見つける。ただし、空に左手を掲げようとしていた。
無我夢中で走る。
手遅れにならないため。
後ろから風も吹き、体力の限界を超えて走れる。
「幸咲――――――!」
転がった賽の出目がどうなるかは、運に任せるしかない。




