第三投
十一時を過ぎて、午前中最後の授業が始まる。
まだ入学して二回目の体育だけど、体育教師の方針でバレーボールをすることになった。
体育の授業は基本的に、同学年二つのクラスが合同で男女に別れて授業を受けることになっているらしい。
わたし達は一組で、もうひとつのクラスは二組だ。
一組の同じクラスメイト三十人ですら顔と名前がまだほとんど一致しない。そろそろ覚えないといけないという、危機感が強まってくる。
そういえば体育教師曰く、知り合ってまだ一週間しか経っていないクラスメイト達と馴染むために、バレーボールを通してコミュニケーションの場を図りたいらしい。
他にも、誰かが失敗してボールを誤った方向に弾いてしまったとしても、他の人がボールを繋ぎリカバリーすることで、支え合うことの大切さも伝えようとしていた気がする。
――個人的に支え合うことが苦手だ。
どうしても、わたしは不幸体質のせいで、周囲に迷惑をかけてしまうことの方が多くなってしまう。なので、人を支えてあげたい気持ちはあると思いたいが、人から支えられたくはないと思ってしまう。
だから、正直なところ教師の伝えたいことは理解できるし、人として大切なことかもしれないが、あまり心に響いてこなかった。
それでも、バレーボール自体に関しては、わたしは不幸と一緒に生活を共にしているから、自然と運動神経も平均よりはある方だと思っている。
運動神経の塊である、バッケちゃんには全面的に完敗するけど、授業で扱うレベルの球技全般はそこそこ自信がある。
なんなら、バッケちゃんのトレーニングに今まで何度も付き合っているから、わたしが思っている以上に自分自身の運動能力はある方なのかもしれない。
だからといって、チームスポーツは一番大事なプレーの時に不幸からイレギュラーが発生しそうで、部活とかに入ってまではやりたくなかった。
そのため、中学時代は陸上部に入部してひたすら一人で走っていた。リレーとかの団体種目はもってのほかだった。
高校では何に入ろうか?
中学は運動部だったので、新しいことを挑戦したくて、先週は文芸部に体験入部した。
だけど、文芸部が築いてきた努力の結晶となる記念部誌を手に持った瞬間、突然真上の天井から雨漏りが落ちてきた。コップ一杯分ぐらいの量があったが、直前に左手首の痣が疼いたこともあって、なんとか身体で部誌を覆うようにして雨漏りを受け止めた。
危うく部誌が濡れてしまうところだった。
文芸部の先輩方は部誌よりも、身を挺して部誌を守って濡れてしまった、わたしのことを心配してくださったから、皆さん良い人達ではあると思う。
でも、申し訳のなさが強く感じてしまい入部はしないつもりだ。
正直なところ、部活や委員会も強制でないのなら、周りに気を遣われたくないからやりたくはない。
こうなったら、いっそ、帰宅部に全力で青春を捧げることもありなのかもしれない。
真面目に、不真面目なことを考えていると、意識を戻すかのように、バシッ! と両腕に衝撃が走った。
「さーさん、ナイスゥ!」
「バッケちゃんは勢いつけすぎ!!」
なんとかボールをアンダーパスでバッケちゃんに返す。
バッケちゃんと二人組を作って、今はまだ互いに向かい合った状態で基本的なオーバーハンドやアンダーハンドパスの練習をしていたはずなんだけどなぁ……
二人組での基本練習が一旦終わって、体育教師が自由にパス練していいよと言った瞬間に、しっかり腕のしなりが効いている強めのサーブを打ってきやがった。
「ジャンプしてサーブを打っているわけではないから、大丈夫だっただろう?」
「手加減していたとしても、サーブする前に一声欲しかったよ」
「ハハハハ、でもね、さーさんならこれぐらいのサーブは返せると思っていたからね」
根拠がかなり薄いし適当そうけど、信頼されているのは素直に嬉しい。
ついつい、一人で考えてしまうと、良くない方向に行ってしまいそうになるから、力業だけど引き戻してくれるのはありがたい。
本日の体育も終わりが近付き、最後は一組対二組によるクラス別対抗の円になって、バレーボールを落とすまで永遠にパスを続ける練習をすることになった。
大まかなルールは一組と二組が全員でそれぞれ一つの円になる。そして、同時に開始して、ボールを落とすまでパスを続けて、先にボールを地面に落とした方が負け。
他には、一回勝負と、一人で二回続けてボールを触ってはいけないと、バレーボールをそこまで知らないわたしでもすぐにルールが分かった。
なんとなく、二組側から殺気を感じる。
そのまま、対戦相手となる二組の生徒を見ると、この勝負に対しての意気込みが凄かった。さっきまでの基礎練習の時と違い、髪をまとめた生徒も増えた気がする。
二組のやる気に驚き、思わず、隣りのバッケちゃんに聞いてしまう。
「あっちは凄いやる気があるみたいだね」
「たしかに、二組はバレーやバスケ部員が多いからね。バレーの方は分からないけど、バスケの方は同じ部の人で勝負事に毎回熱くなる子もいるし」
「とりあえずわたしは、勝負よりも、不幸のせいで怪我をしないことを努力するよ」
「それはとても大事だね」
軽口をたたいていたら、次第に、こちらの一組側も二組に負けじと闘志が湧いてきたらしい。少し和やかだった雰囲気が戦場のような雰囲気へと激変する。
「一組も気合い入ってきているね!?」
「う〜ん、あたしとしてはお昼前だし、ほどほどに頑張りたいんだけどね」
口ではほどほどにと言っているが、バッケちゃんの表情は中学時代、バスケの試合を応援した時に見せた、勝負師の目をしていた。
そして……
「日運さん、こっち側のできる面子が手薄だからバッケさんのことを借りるね!」
「へっ!?」
本人の了承も得ずに、ちょうどわたしの反対側まで、バッケちゃんがクラスメイト達に有無を言わせないで連行されていった。
流石バッケちゃんだ。バレー部じゃないのに、もう皆んなから運動神経を買われて頼りにされている。
情けない言葉を最後に残して、連れされた親友をバイバイと手を振って見送りながらそう思った。
「ふぅ」
軽く息を吐く。一組の皆んなが頑張ろとしているのなら、わたしも、頑張りたいと思ってくる。
気持ちを入れ、背筋を伸ばそうとしたその時だった――
「ひゃぁん」
ピンっと伸びた背中を急に優しくなぞられ、自分の口から出てきたとは到底思いたくない声が漏れてしまう。
こんなしょうもないイタズラをしてきそうな物好きは、あっちで捕らえられている親友ぐらいしかいないはずだ。
一体誰なんだ? と思い、振り返って見てみる。
すると、満開の笑顔を咲かせた高清水さんがいた。
「イタズラ、だい〜せい〜〜こう!」
「 」
声が出なかった。人間は予想外のことに遭遇すると、なんと脆いんだろう。
「あれ? ご……ごめんなさい。思っていた以上にビックリさせちゃったみたいだよね」
「いやいや全然大丈夫ですよ!? 本当に大丈夫ですよ!!」
まさか、高清水さんがこんなイタズラをすると思っていなかったから、心の底からビックリした。ビックリしたけど、なんとか表情には出さないようにした。
「やっぱりビックリさせちゃったよね、ごめんね。日運さんの体が強張って、固まっていそうだったから、リラックスしてほしくて、つい……」
どこぞのバッケちゃんよりも、ちゃんと反省していそうで、とてもえらい。しかも、イタズラした理由もわたしを想って、ときたもんだ。イタズラされたことに感謝しないといけない。
「緊張? ではないと思うけど、クラスの皆んながバレーを真剣にやろうとしているから、少し感化されちゃったかもね」
違う。本当は、不幸のせいでクラス皆んなの足を引っ張りたくないだけだ。不幸も実力だと思っているからこそ、どうしても力が入ってしまう。
今日はまだ三つ不幸が残っているし。
「たしかに、皆んな気合い入っているね〜 私は球技が苦手だから、正直、ボールが飛んできてほしくないんだよね」
「へぇ、高清水さんにも苦手なことがあるんだ。いつも手際いいから意外」
「手先は良い方だと思っているけどね。球技はからっきしダメなんだ……あっ! 始まるみたいだよ」
体育教師の指示に従って、円状に並ぶ。並び順は生徒に任せているから、自主性を感じる。そして、自主性の結果、左隣に高清水さんがいる。ついでに、バッケちゃんは円の向こう側で、なぜかバスケのシュートポーズを取ってた。
いざ始まると、両クラス順調に十、二十、三十とパス回数を積み重ねていった。一回勝負だから、どちらか、あるいは両クラスとも、早々に落とすかもしれないと考えていたが案外持ちこたえている。
わたしにも、何度かボールが飛んできたが、幸い全部イージーなボールだったから、次の人もパスしやすいように繋げることができた。
五十回が間近となったところで事件が起きた。
「「「四十九ッ!」」」
左隣の高清水さんに、膝元ぐらいの低いボールが飛んできた。それを、なんとか前のめりになりつつもアンダーハンドでパスしていたが、返球した体勢が悪くて前に突っ伏すように倒れてしまう。
どうにか、高清水さんからパスを受けた次の人もボールを繋ごうとしたが、それがマズかった。
「「「五十ッ!!」」」
次の人が無理にパスを返そうとした結果、倒れている高清水さんの頭部めがけてまたボールが飛んできた。
わたしが不幸で痛い目に遭うのは、もう慣れているし、別にいいけど、目の前で起こる不幸な出来事はできるだけ見たくない。
高清水さんに向かってくるボールを腕で弾こうとして、足に力を入れようとする。
「……ッ!」
それと同じようなタイミングで、わたしの左手首にある痣もズキズキとした鈍い痛みを覚える。
この後にわたしも不幸な目に遭うのはほぼ確定した。しかも、痣に痛みを覚えるぐらいだから、わたし比でけっこう痛い不幸。
でも、左斜め前で倒れている高清水さんを守るためにと、すぐに気持ちを入れ替える。
「――えっ」
体育館床に貼られていたラインテープが剥げかけていて、わたしの右足を捕らえるように絡む。
この時点で、体勢を崩していた。
それでも、それでもと、ラインテープを引きちぎるかの如く右足を出す。
体感では何十分もあったけど、実際はほんの数秒だったのだろう。後数歩で、腕を伸ばせばボールを弾ける距離まできた。
前かがみで走りながらも左腕を精一杯に伸ばす。
地面が揺れた。
そして、右足に何か違和感があった。
一瞬わけが分からなかったが、要は、二組のバレーボールがこっちまで飛んできて、その飛んできたボールをわたしが運悪く右足で踏んでしまったのだった。
当然、わたしの身体はバランスを崩し、倒れてしまう。
だけど、最後の力をふりしぼり、左腕だけは伸ばして、高清水さんに向かってくるボールに対して飛ぶ。
「「「五十一ッ!!!」」」
「幸咲!!」
左腕でボールを弾いた手応えがあり、視界が真っ黒になる直前、バッケちゃんの呼びかける声が聞こえた。




