第二十九投
傘を手に持ち、日運さんの元まで、人っ子一人いない雷雨の街を駆ける。
…………が、息が苦しくなり、小走りにスピードを落とす。
空気が吹雪いてる日よりも寒い。冷気のせいで喉も焼けたみたいに痛みがある。
それが、私には日運さんの叫びだと感じられた。一歩一歩ごとに拒絶されているかのようだが、歩みを止めることはできない。
きっと、その先には、日運さんがいると確信できるから。
――ヴーッ、ヴーッ
スマホのバイブレーションが私に主張してくる。この鳴り方は電話だろうか?
発信者は場家さんだ。
「はい、繋がっています。高清水です」
『もしもし、高清水さん!? あ〜ようやく、電話が繋がったよ』
「ごめんね」
『本当だよ、何回もかけたのに繋がらなかったから心配したよぉ……』
その時間は、たぶん、ハナさんと会っていた時だろう。ほとんど寝ているようなものだったから、場家さんの電話に気付かなかったと思われる。
『幸咲はどうだった? こっちが、いくら電話やメッセージをしても、相変わらずダメみたいだけど』
「日運さんには会えなかった。ただ……居場所が分かったので、今はそこに向かっている」
『どうして? 幸咲と会えなかったのに、居場所が分かったの?』
ごく自然の疑問を尋ねられてしまった。誠実に答えるためには、ハナさんのことを話す必要があって厳しい。
幽霊みたいな彼女の存在を信じてもらえるのでしょうか。
「ええと、日運さんの親戚にあたる……ハナさんから教えてもらったの…………」
『ああ、ハナさんか、納得。なんとなく分かったから細かい説明はもう大丈夫。あの人の話は、常識を曲げないといけないから、逆に混乱してしまうや』
日運さん関係の扱い方を熟知しており、場家さんが日運さんの友人歴としての、年季の差を感じてしまう。
日運さんと一緒にいると、他にも不思議な現象へ巻き込まれてきたのかな?
『ところで、そっちは今大丈夫? 雷や雨の音が凄いけど……』
「私は大丈夫。日運さんがお城跡地公園の頂上へ向かっているらしく、私もそこに向かっているところ。この地域、ビルもたくさんあって、風が強いよねッ!」
ビルのせいで、暴風になっているわけではないと思うが、何でもかんでも日運さんのせいではないと思う。
たとえ日運さん自身が自分のせいにしていても、私は否定してあげたい。
『あそこは今の時期……桜しかないはずなのに……どうしてだ?』
場家さんも、日運さんが桜を見に行っていることに疑問を持っている。
桜を嫌いなのが、こんなにも共通認識だったのに、私は日運さんと出会って二週間近くは桜系の服や物を勧めてしまい、申し訳のなさで胸がぎゅっと締め付けられた。
「ぜっっっったいに言い辛いのは分かるけど……失礼な質問いい?」
『いやー失礼な質問といえば、少し前に、あたしと幸咲が恋人かどうかを聞こうとしたのがあったね。あたしは、よく似た質問がくるせいで何とも思わなかったけど。……いいよ、話せることなら答えるよ』
「場家さんは今まで日運さんを支えてきたよね。その上で、場家さんの意見を聞きたいのだけど……」
――つまるところ、今回の日運さん失踪事件。今から場家さんへ質問することに集約されると思う。
「日運さんは自分を好きになれる日がくると思う?」
凍てついて、身を切ってくるような、雨風が私の行く手を阻もうとする。
不幸のせいで、孤独を選び続けようとする彼女を思えば、微々たるものだ。
『……うん……好きになってほしい…………あ〜あ、ダメだね。高清水さんの質問にちゃんと答えてないや。ハハハ、あたしは、幸咲が自分自身のことを好きになってほしかったのに、それができなかったからかなぁ』
「ううん。場家さんは悪くないよ。むしろ、場家さんがいたから、日運さんは独りじゃなかったもの!」
一度、かかってしまったエンジンは止まらない。
日運さんに全てぶつけようと思っていたけど、まずは前哨戦。
いつもお世話になっているからこそ、私もアクセル全開でぶつかりにいく。
「だって、日運さん。他の人を不幸に巻き込ませたくないあまり、自分から壁を作って距離を取るよね! そんな彼女と小学三年から、高校を同じにしてまで、付き添っているのでしょう!? 羨ましいね!」
『……』
「もしもし、場家さん!? まだ繋がっているよね?」
『いやぁ〜高清水さんが、幸咲と同じ高校にしたことをあまりにも自信持って言ったせいでフリーズしちゃった』
場家さんの高校を選んだ理由をちゃんと知っていないの、日運さんだけだと思うよ。
それも、日運さんは、自分のせいで場家さんも同じ高校にしたと思いたくないので、目を背けていそうだけど。
『あぁ……幸咲が必要とする人は、幸運な人ではなかったのかもしれないね』
否定しようとした私を『ううん、最後まで言わせてくれる?』と制し、場家さんは続けて話す。
『あたしはね、自分でもラッキーだと感じていた。あたしの運と幸咲の運を足して二で割ったら、それで、ちょうど良かったんだ。でもね、幸咲はそれを良いと思っていなかった……』
もしかして、ハナさんも軽く言及していたが、場家さんは運も良かったから、日運さんと友達になれたのかな?
日運さんの不幸に巻き込まれてしまったら、日運さんは自分自身を嫌悪する。ならば、日運さんの不幸に打ち勝てるぐらいに私も幸運だと良かったのかなぁ……
……でも、ハナさんの話しを聞いた、今なら分かる。
日運さんは生命に関わるレベルの不幸を、毎朝サイコロを振ることで、分散していた。
今の私にできそうなことは…………
『周りへ迷惑をかけたくないあまりに壁を作ってしまう幸咲には、その壁を無理やりにも壊して、隣に並んで歩こうとする高清水さんがいいのかもしれないね』
「言葉を遮ってしまったらごめんなさい」
やはり私には、場家さんの日運さんを思う気持ちが想像もつかないようだ。
依存させたくて日運さんに近付いた私と違い、混じり気のない愛情を感じてしまう。
「正直なところ言うと、私は日運さんのことを依存させたかった。それでも、場家さんはいいの?」
『…………へぇ』
「へぇ?」
『へぇへぇへぇ、いいよ! いやー、タカッシー最高だね!』
突然場家さんが笑いだしてしまい、戸惑いを隠せない。あんなにも大切な親友のことを、依存させようと企むのに許可していいのでしょうか?
『依存させたいだけで、幸咲の不幸と付き合っていこうだなんて面白過ぎるよ。テレビやネットニュースでそっちの状況を見たけど、そんな天候の中をよく幸咲の元まで行こうと思ったね』
「日運さんが幸せになってほしいからかな。勝手な押し付けだけど」
『やっぱり、幸咲には高清水さんぐらいの重りをつけたらいい。そうじゃないとどっか飛んでいってしまいそうだから。最悪、高清水さんも一緒に飛んでいってくれたら、まだ安心できそうだ』
失礼過ぎて、こっちも「へぇへぇへぇ」と笑ってしまう。
内の奥底で出ようと渦めいている、歪な感情の数々を重り呼ばわりとは……
……体重のことではないよね?
『……あたしはね、人生で一番の幸運だったことは幸咲に会ったことなんだ。なにせ、初めて会った日から、めっちゃカッコよくて、今もかけがえのない親友だし』
「うん」
場家さんが日運さんのことをカッコいいと思っていたのは初耳だった。
もし、日運さんのせいで場家さんがカッコ良さに目覚めてしまったのなら、かなり罪な女になるね。
『人生で二番目は、高清水さんに出会えたことだね。しかも、一位と鼻差ぐらいかも?』
「ありがとうね。これから、差しきれるように頑張るよ」
荒れ狂う天候を乗り越え、お城跡地の公園のお膝元まで、やっと辿り着く。
ただでさえ、本能が抵抗を覚えるぐらいに嫌な雰囲気があったのに、ついでの感覚で信号も全て引っかかり、何度も足が止まったことで立ちすくみそうになった。
これも、場家さんと通話したおかげで、最後の後押しとなる勇気をもらえたかもしれない。
『あた……には……の…………願う…………しか………………けど』
「場家さん! 通じている!?」
急に言葉が断片的となり、ノイズ音も聞こえてきた。
こちら側から必死に呼びかけるが、不快なノイズ音が強く響いてくるだけだ。
『不幸……負け…………いけな……よ――』
電話は切れてしまい、圏外のマークが表示されてしまった。
さらに追い詰めるがごとく、スマホのバッテリー残量もあったはずなのに、強制シャットダウン。電源すら付かなくなってしまう。
……私には、最後に僅かながらも聞こえた、場家さんからのエールで、不幸に負けない力をもらったのだ。




