第二十八投
――腕の下に硬さを感じる。
ここはどこで、一体なにを…………あっ。
頭を上げて、テーブルに突っ伏していた姿勢から、勢いよく起き上がる。
そして、両手で頬をバシッと叩き、微睡みの中での記憶を思い出す。
もし、日運さんのベットを使っていたら、睡魔や諸々に負けて起きることはできなかったかもしれない。
リビングに案内して、私を寝かしつけたハナさんのファインプレーだね。
リビング内にある掛け時計で、現在時刻を確認。
一八時半……それなりの時間、微睡んでいたようだ。ハナさんに良い報告ができるように頑張らないと。
数時間もテーブルに突っ伏していたので、流石に身体は固くなる。
それでも、日運さんの家まで来るのに三時間近くかかって、尽きかけていた体力は回復したと思う。
玄関を開けると、外は相変わらず雷雲が立ち込め、雨も身体を貫こうと降り注ぐ。昨日、日運さんへ渡す予定だったプレゼントが濡れてしまいそうだ。
自宅から出る時は、急いでいたこともあり、傘を持ってくることまで頭が回らなかった。
折りたたみ傘すら持っていないので、土砂降りの中を移動するのに、若干ためらう。
そもそも、玄関の施錠をどうしようかも悩む。この家には、必ず日運さんを連れて帰るつもりではいるが、外出している間、鍵をかけないのは気になる。
合鍵があればいいのだけど、他人の家の合鍵を勝手に探すことは、それこそ空き巣みたいだ。それに、探す時間も惜しい。
『ええと、もしもしィ? 高清水さん通じている?』
「ハナさん!?」
今しがたお見送りされたばかりなのに、先ほどのしんみりとしたムードを吹き飛ばすかのようなテンションが、頭の中で響き、気圧されてしまう。
『玄関の鍵はそのままで大丈夫ですよ、わたくしの方で施錠しておきますので。……後は、そう! 傘も適当なものを持っていって』
「ありがとうございます、ハナさん」
遠慮なくハナさんのご厚意に甘えさせてもらい、淡いピンク色の傘を手にする。
桜が嫌いなくせに、桜祭りの会場まで行った日運さんをお迎えするのにピッタリだ。
『老婆心から一つ高清水さんに助言を』
「なんですか?」
『貴女の気持ちも決して否定すべきものではないのよ』
……何を伝えたいのか分かりたくない。
日運さんのためへと、この仕舞い込んだ気持ちを取り出してしまったら、確実に溢れてしまい、もう元に戻せなくなる。
「幸咲さんが、幸せになってくれること……が、私の幸せですから」
――これは本心だ。
日運さんの幸せを願っているのなら、本心でなければならない。
『……そうね、たしかに本心でしょう。ふふふ、でもね』
真面目で誠実な口調から一転、わざとらしく含みを持って笑う。温度差で風邪を引きそうになる。
『実はあの娘、結構甘えたがりなのよ』
「……ッ!」
危なかった。本当に危なかった。
私の依存させたい欲を刺激させないでほしい。
他に、嫉妬や庇護欲が入り混じってしまった感情も、心の底で厳重に封印したくなる。
こうして、私の心の声を聞いて楽しんでいそうなハナさんは……なんて、意地が悪いのではないか。
『んじゃ、恥ずかしながらわたくし。力をだいぶ使って、今日も雷に打たれてしまい、眠くなってきましたので、これにて。……高清水さん、いってらっしゃい』
「えっ!? いってきます!!」
伝えたいことを言い終わったからか、ハナさんの気配は薄くなった気がする。
今度は何とか挨拶も伝えることができはずだ。「いってきます」と言ったからには、行って、また帰ってこないといけない。
庭に生えていた桜の木が焦げ臭かった理由も知れた。雷に打たれていたのにも関わらず、私に協力してくれたハナさんへ、心の中で再度感謝。
日運さんの家から借りた傘を差して出発する。
不意に日運さんの庭を見たら、桜の木が揺れて、見送っているように見えた。




