第二十二投
欠けてしまった私のツキへ 2:22
一刻も早く日運さんの元へ――
思うだけなら簡単だけど、進む足の勢いはせいぜい一般的な早足ぐらいだろう。運動部に入ったことがいないし、走るのも好きではない。
出発して、まだ五分も経っていないのに、息が、少し苦しくなる。道路は車が渋滞しているので、亀のような私がかろうじて優ってようだ。
こんなんで、推定二時間半もの移動距離を完走できるのだろうか。
足を動かしながら、日運さんに何を伝えるべきか頭の中で整理する。私の原点を見つめ直し、培ってきた感情を一つ一つと向き合う。
そうすると、ほら、走馬灯のように今までの思い出が駆け巡る。
――初恋を自覚したのは小学三年生の時だった…………
まぁ、当時高校一年生だったお姉ちゃんに、恋人ができてしまった後に初恋を自覚したせいで、何もできずに呆気なく散ってしまったけど。
ただ、お姉ちゃんを好きになってしまった理由がやっかいだった。幼い私にとって、お姉ちゃんはカッコよくて頼れる存在。
……それで、終わっていれば良かったのだが、惚れた最大の理由は、そんなお姉ちゃんの世話をするのが好きだった。
外では、お父さんの教えであった「自分にできることを全力で」を心掛けて、自慢なお姉ちゃん。
家では、どうでもいいことでも私を頼ってくれて、少し歪んだ庇護欲を掻き立ててしまったのだろう。
いつしか庇護欲はお姉ちゃんへの失恋を経験して、相手を依存させたい、感情が抑えきれないほどに、高まってくるようになった。
この頃には、彼氏ができたお姉ちゃんへの対抗心もあって、恋人をつくるより、依存させたい相手の値踏みに力を入れていた記憶がある。
決して依存される相手は誰でも良かったわけではない。
既にパートナーがいた場合は、それだけで対象外だ。略奪愛は、私も心が痛くなる。他の大切な人を奪ってまで、欲を満たそうとは思えなかった。
だけど、女性や男性でも良くて、年齢や人種も関係ない。
お姉ちゃんみたく、挫けても立ち上がろうとする姿勢。
……七転び八起きの精神性を持つ人。すなわち、甘やかしがいのある人を私だけに依存させたくなる。
どうしても、比較対象がお姉ちゃんなので、私の中でハードルは高い。残念ながら、ハードルを飛び越えて、依存させたい! と思える人に出会うことはなかったが……
幸い、人のお世話をすること自体は好きなため、小中学校時代は人のために行動ばかりしてきた。
それは、高校生活でも心掛けようとしていたのだが、日運さんと出会ってから、一転してしまうことになる。
日運さんと初めて会ったのは中学三年の凍ていてた朝。高校入試のために、会場となっている高校の昇降口に入ろうとした時だった。
ここは北国だからか、足元は滑りやすく、転倒の恐れが常にある。高校受験で緊張している人も多く、張り詰めた中では、足取りも硬くなってしまう。
ちょうど私の少し前にいた女の子も緊張していたらしく、昇降口内で足を滑らせてコケてしまった。
運悪く、その真後ろに立っていた、名前もまだ知らなかった不幸な少女を巻き込む形で……
しかしながら、巻き添えとなって一緒に倒れてしまった不幸な少女は、何事もなかった様子ですぐに立ちがる。
そして、足を滑らせてしまった女の子に手を差し伸べていた。試験前なのに、相手を心配させないよう、はにかんだ笑顔を浮かべながら。
――この光景が私の心に突き刺さったのだった。
家から一番近いだけで受験していた高校に、受験当日の朝になって受かりたい理由が生ませる。試験問題の回答欄も手早く埋め、余った時間で彼女と同じクラスメイトになる未来へ思いを馳せてしまう。
今振り返ると、日運さんは前にいた女の子がコケてしまったのも、自分の不幸が原因だと思っていそうだ。相手も悪気がなかったとはいえ、日運さんは巻き込まれただけなのに……
無事に日運さんと私、二人とも合格して、同じクラスになった。ツキが私に向いていることへ感謝し、さっそく、アプローチしようと試みる。
ところが、日運さんはあからさまに周りと距離を取っていた。しかも、見えない壁を突破して声を掛けても、タイミング悪く日運さんに不幸が降りかかり、有耶無耶となってしまう。
再三接触の機会を伺うも、挨拶までしかできない。
距離を縮めたいもどかしい気持ちを抑え、入学してからの貴重な数日も使い、日運さんの様子を見るのに徹した。教室での席も離れていたが、聞き耳も立て、なりふり構う余裕は無い。
そこまで、ストーカーまがいの行動をして、ようやく日運さんの不幸体質について、なんとなく把握できた。場家さんが日運さんの不幸を、さも当然のように話していなかったら、自信が持てなかったかもしれない。
こうやって、日運さんのことを調べたら調べるほど、理不尽にも襲ってくる不幸を受け止める強さがあった。これはもう、お姉ちゃんに匹敵するぐらい依存させがいのある逸材で、またとない機会なんだろう。
そうして事前調査も目処がついて、天気は春日和で清々しい、潮風はいつもより強い早朝。学校の昇降口で、登校中の日運さんを狙って張り込んでいた時に、チャンスが転がり込んできた。
「大丈夫ですか?」
ついに、おはよう以外の言葉を日運さんへ届けることができて、笑みが溢れてしまう。安心させる微笑みとは違う、多少私欲も入り混じってしまった……
日運さんが校門前で猫と衝突し、尻もちをついた直後、依存させたいあまり、手を差し伸べた私はさながら悪魔の誘惑だったかもしれない。
結果として、日運さんは私の手を取らずに、自分の足で立ち上がった。
そのまま逃げられそうなところを、寸前で左腕を掴み、出血した左薬指の応急処置だけはする。この時だけは、依存させたいとか関係なく、自然と身体が動いてくれた。
本来はもっと、ファーストコンタクトで日運さんを私でいっぱいにさせるプラン。他が何も必要ないぐらいに……
だけども、ここから私の歯車は狂っていくのでした。
次回の更新予定は、1/28(水) 21時ごろを予定しています。




