第二十一投
昨日の別れ際、日運さんの表情が今も忘れそうになれない。
怒り、悲しみ、苛立ち、恨みといった負の感情が全て日運さん自身に向かっていた。
日運さんが自身の不幸体質に対して、よく思っていないのは、理解していたつもり。でも、あんなにも絶縁めいて、キッパリと拒絶されるだなんて予想外だった。
本当は日運さんのことを追いかけたかったのに、あの場で固まってしまった自分が情けない。せめて、日運さんのご家族がフォローしてくださるといいのだけど……
結局、昨日のデートから一日経過し、今日も昼を過ぎたが、日運さんに連絡できていない。たとえ、話せたとしても、何を伝えればいいのだろうか。
さっきから、メッセージを日運さんに送ろうとしては、文字を消しての繰り返し。どんな言葉も届かない気がしてならない。
私が悪かったとすれば、謝るなり、誠意を見せるなりと信頼回復に努めていく。だけども、日運さんは別れ際に「今まで危ない目に遭わせてしまってごめんね」と言っていた。この言葉をそのままの意味で受け取ったら、私を不幸に巻き込ませたくなかったのだろう……
たしかに、昨日の外壁が落ちてきたのは、今も震えるほど怖い。もし、あのまま日運さんが守ってくれなかったら、落ちてきた外壁に押し潰されていただろう。
どう考えても日運さんのせいで、外壁が落ちてきたわけがないのに、説得させる自信が持てない。たぶん、私よりも付き合いの長い、場家さんや日運さんのご家族ですら、難問だと思う。
つまるところ根本的な問題は、日運さんは自身を追い込んでしまっている。
過去に漏れ出ていた自虐的な発言の数々や、場家さんの対日運さん対応を見ていると確信できるレベルでだ。
価値観の押し付けとか言われるかもしれないけど、自己肯定力が低いせいで絶縁なんてされたらたまったもんじゃない。
なにがなんでも、この手繰り寄せた縁を離すもんか。
行き詰まった頭を冷やすため、自室を出て、リビングに向かう。今の私にできることはあるのだろうか……
「心優どした? 眉間にしわなんか寄せちゃって……めんけぇお顔が台無しだぞ」
「お姉ちゃんこそ大丈夫? そのふんぞり返った姿、彼氏さんに送りつけるよ」
持っていたスマホを取り出して、お姉ちゃんのだれけきった様子を写真に収めようと構える。なのに、だらしのないままだ。
「ぶっぶ〜そのままの私を愛してくれているからね。多少崩れていても、今更見棄てたりされないよ〜」
「血の繋がった私でも引き取るに考えてしまうレベルなのに……こんな姉を受け入れてくれる……だ、なんて…………」
こんな調子で、お姉ちゃんは高校一年の時にできた恋人と六年間付き合い続けている。高校デビューの勢いで交際を始めたように見えたため、絶対に破局するだろうと思っていただけに、今日まで続いているのに意外しかない。
「いや〜本当にそれはそう。しかも、最初に告白されて半年はキープしていたからね」
「えっ! そうだったの?」
「最初はお試しで。生まれてこの方、誰か好きになったことが無かったからね〜あっ! もちろん心優のことは大好きだよ。今もね!」
「……ありがとう」
数年前なら感謝する余裕は無かったと思うが、今は彼氏さんが良い人なのも分かっている。
シングルマザーのお母様を助けるために、バイトを掛け持ちして生活の足しに。私の家でも車のタイヤ交換や力仕事を手伝う。そりゃ「自分にできることを全力で」をモットーにしている、お父さんも気に入るはずだろう。
……まったく、お姉ちゃんにはもったいないほど善い彼氏さんだ。
「なんで、お姉ちゃんはキープを解いたの? 半年の間で好きになったから?」
「…………う――ん……」
目を閉じ、唸りを上げながらも考えてくれている。前に、お母さんから好きになったキッカケを聞かれた時は、何度も適当な返答をしていた記憶があった。お姉ちゃんの中で、心境が変わったのだろうか?
「……いっぱい好きになった理由はある。だけど、一番大きい理由は」
「理由は?」
「彼のことを私はちゃんと見ていなかったにも関わらず、彼はそれを含めて愛そうと決めていたこと……かな」
「どういうこと?」
お姉ちゃんの理由が抽象的過ぎて、いまいちピンとこない。
「ふふ〜心優も恋愛に興味を持ってきたね〜〜お姉ちゃんも嬉しいよ」
「はぁ……」
話しをはぐらかす、いつものお姉ちゃんがやってきてしまった。これ以上聞き出すことは難しいのを悟る。
「それで、さっきの眉間のしわはなんだったのかしら〜」
「たいしたことでないよ」
「昨日のデート失敗しちゃったこと?」
「失敗してないよ。断じて」
いつかは、日運さんの不幸が発端で、デートが中断する場合もあるだろうと腹をくくっていた。それが、運悪く昨日だった話。私のエスコートは空回り気味な気もしたが、デート自体は失敗だと思っていない。
「それじゃ、なんで帰ってきてから、ずっと浮かない顔なの? 昨日出掛ける前はあんなに意気込んでいたのに」
「少し苦かっただけ。コーヒーも飲んできたし」
「ふーん。それより、何度も聞いて悪いけど、昨日の駅ビルでの外壁落下事故はマジで大丈夫だったの?」
「心配性だね。事故現場の近くにはいたけど、私には関係なかったよ」
日運さんが走り去った後、私も人が集まる前に現場からそそくさに逃げた。別に被害者だから、事故現場に残っていても良かったのだが、日運さんが事故のニュースに映る私を見たら、ショックをぶり返してしまいそうだ。ボロを出したくないので、いくら聞かれても、すっとぼけ続けるつもり。
「最近物騒だよね〜桜祭りも、花見会場で熊の出没情報があったせいで中止だってさ」
「へぇーうちの高校が臨時休校したのと三分の一同じだね」
私が通っている高校は、火事の影響がないか施設点検と敷地内に熊出没、生徒職員に体調不良多数で、来週半ばまで休校予定だ。GW休みと二回の土日休みを合わせて一二連休。休み明けに日運さんと学校で会うとなれば、時間が空いて、さらに距離を置かれてしまう……
「あれぇ? 母さんからメールきているじゃん。休みを使った父さんとランデブーしているはずなのにどっしたやろう……どれどれ」
「ランデブー……って、あれ? 私にもきてる」
『道路が大渋滞しているため、家に帰るのが遅れそうです』
「渋滞じゃなくて、大渋滞かぁ……これは大変だね」
「なんかネットニュースを見ると、道路だけではなくて、電車や飛行機といった県内の公共交通機関も全てダメみたいらしいよ」
昨日のデートに重なっていたら、電車が使えなかったので、少しホッとしてしまう。歩きだと、集合場所まで二時間半はかかりそうだった。
「うわぁ……昨日じゃなくて良かった。家まで彼を送り届けられなくて、お持ち帰りしちゃったかも?」
「お持ち帰りというよりも、酒盛りでしょ……お姉ちゃんザルなのに、お父さんも加わって質がなお悪い」
補足すると、彼氏さんは節度のある飲む方をするので目の前にいる人と違い、ダル絡みがなくて、育ちの良さが分かってしまう。
「心優が二十歳を迎えたら一緒に飲もうね」
「お手柔らかにお願いします……」
二十歳になったら、日運さんとも一緒に飲みたい。あわよくば、酔ってしまった日運さんの介抱もしたいと思う。
そのために、日運さんふうに言うと、私から賽を投げないと何もはじまらない。
思い切って日運さんに電話しようして自室へ戻る。鬼電する心の準備はできた。もう、逃さないよ……
「ん?」
声をつくっていたら、場家さんからメッセージがきているのに気付く。なんだろうか?
『幸咲と連絡がつかないよ〜何か知ってる?』
場家さんですら連絡がつかないのに悪寒が走る。その上、場家さんが日運さんのことをさーさん呼びじゃなくて、幸咲呼びだ。ただ事ではない。
心当たりがあるとメッセージを送り、電話できるか確認する。すぐに、電話が繋がった。
『高清水さん急にごめんね〜今大丈夫だった?』
「私は大丈夫だよ。日運さんの件だよね」
『そう。今練習を抜け出して通話しているんで、こっちの都合で申し訳ないけど、簡潔で事情をお願いできる?』
「了解」
とりあえず、昨日のデートで起こった事実だけを伝えた。途中で入る場家さんの合いの手で、場の空気が重くなり、私の口も重くなってしまう。
『あちゃぁ…………』
声だけで、頭を抱えている様子が伝わってくる。どうやら、場家さんお墨付きで、日運さんの地雷案件だったのだろう。
『まずはねぇ、高清水さんは悪くないよ。一応確認でね』
「でも……」
『ちょっと、いや、かなりマズいのは幸咲のご両親が、おばあちゃんの介助で今家にいないことなんだ』
「それって……」
日運さんそんなこと一言も言ってなかったよね!?
……っということは、私と別れた後は、一人きりだったの…………
『本音を言うとね、最悪の事態が考え得るから警察沙汰にしたいぐらい』
場家さんの発言に頭を殴られたような衝撃がくる。口が開かなくなりそうだが、心当たりはあってしまう……
『でもなぁ、幸咲は自分を追い込めば、追い込むほど爆発してしまいそうで。特に、他から心配されて、その感情を自覚させてしまうのが怖い』
「場家さん……」
何年も付き合いのある場家さんだからこそ、ずっと前から考えていたのかもしれない。
『あぁ! 遠征で県外じゃないならすぐに帰るのに! タクシーでも呼ぼうかな!! それで、幸咲に立て替えてもらう!!』
「場家さん。一つお願い、いいかな?」
こうやって、場家さんとお話してわかった。私に必要なのは、日運さんにメッセージや電話することじゃない――
『ええっと、今できることならいいよ』
「日運さんの住所を教えてくれない? 直接、会いに行くから」
どうせ、日運さんは私から逃げてしまう。なら、逃げられないように、捕まえてしまえばいい。
『マジで!? そっち、電車とか使えないでしょ?』
「もちろん正気。県外からタクシー使うよりも理性的」
『んんん……ひとまず分かった。こっちの練習が終わったら、もう一度電話するね』
「OK。場家さんありがとう」
通話を終了し、メッセージで日運さんの住所を教えていただいた。その間に、私も身じたくを済ませる。
昨日買って渡す機会がなかったプレゼント。日運さんが苦手に思っているのは理解しているが、意地でも受け取ってもらう。
「お姉ちゃん、少し出掛けてくるね!」
「えっ、心優! こんな日にどこへ行くの!?」
お姉ちゃんに一言伝え、飛び出るように外へ駆ける。二時間半の道のりなんて、あっという間だろう。
次回の更新予定は、1/27(火) 21時ごろを予定しています。




