第二十投
目が覚めたらとっくにお昼ごろだった。
部屋の窓からは、枯れた桜並の灰空がわたしを覗いている。
火事の影響で、学校も臨時休校なので遅刻の心配はない。
とはいえ、お母さんとお父さんが家にいたら、こんな時間まで寝ていることなんてなかっただろう。
昨晩は夕飯を食べていないが、今もお腹は空いていない。
高清水さんと駅で別れて帰宅してからは、入浴した記憶だけはある。お風呂場の鏡に映った、わたしの背中は、外壁が剥落し、飛び散った破片のせいでさらに傷が増えていた。
全身が鉛のごとく重い。ベットの底を突き抜けて、沈みきってしまう。
それでも、日課のサイコロを振ろうと、ベットを落ちるように降りる。やっとの思いで、机の前に立ち、サイコロを持とうと触れたら――
前触れもなくサイコロが、腐れ、溶けて原型を留めなくなり、塵となり消えてしまった。
九年間毎朝振ってきたのに、あまりにもあっけなく消えてしまい、驚き、悲しむことも自分のことにさえ思えない……
虚空を見つめる。お姉さんから貰った唯一の支えも失くなってしまった。温かく、心地よかった賽はもう無い。
………………精神は限界を迎えても、体に染み付いた習慣がわたしを引き上げようと躍起になる。
お姉さんからの贈り物が失くなったとしても、『毎朝、サイコロを必ず一回だけ振るんだよ』と教えられた言葉はまだ内の底に残っていた。
胸に刻まれた言葉が、お呪いか、呪いかすら分からない。
どうせ投げている人生なんだから、もう少しだけと……家にあるサイコロを探そうと思い立つ。だけど、どこを探しても家にサイコロはない。
この際、実物でなくてもいいや。ネットで「サイコロ」と検索すれば、賽を振れたことを思い出す。……たしか、バッケちゃんが教えてくれたはずだ。
昨日帰って、触っていなかったスマホのスリープ状態を解除しようと試みる。されども、スマホの画面は暗いまま。電源ボタンを長押しても、画面を連打しても、充電しても反応がない。
スマホが使えないのは真面目に困る。今ごろお母さんとお父さんは、昨日から連絡が繋がらなくて心配していそうだ。スマホがないと二人の電話番号や、おばあちゃん家の固定電話が分からない。
もしかしなくても、おばあちゃんの介助を放り投げてでも家へ帰ってきそう……
手遅れかもしれないがリカバリー案をひねり出そうと、鈍った思考を急ぎで巡らせる。
ふと、スマホが使えなくてもパソコンでメッセージを送ればいいことに気がつく。わたしにマイPCはないけど、お父さんが使っているのは家にある。家でも仕事しているお父さんの姿を見ていたので思いつくことができた。改めて、お父さんに感謝。
両親の寝室に忍び込み、勝手にパソコンの電源ボタンを押す。わたしのスマホと違い、パソコンは動くみたいでホッとひと息。液晶画面に光が灯るだけで安心する。
パスワードを入力できたら、まずは、お母さんとお父さんに定期連絡。その次に、ついでで、ネットの賽も振っておこう。
パソコンのパスワードは、ええっと、四桁で。
ゼロ、ヨン、ニ――
後一文字打てば、パスワードの入力を終えることができたはずだった。
「ッッツ!」
青白い光が視界を覆い尽くしたと思ったら、間髪入れずに地響きが腹部を通り、傷だらけの背中へと衝撃が貫く。
雷の落ちた場所が近い。そして、不幸は続く。
「マジかぁ……」
落ちた雷の影響で、家が停電になってしまった。パソコンも停電のせいで強制終了し、画面は光を失う。左手首の痣も反応したので、きっと、これもわたしのせいなんだ。
今日はサイコロを振ってないため、何回不幸に遭うのか見通しがきかない。もしかして、サイコロの出目数以上に、不幸な目に遭うのかも……
ひとまず、パソコンに繋がれているケーブルを引っこ抜き、寝室を出て自室に戻る。何を、どんなことをしても悪い方向に進んでしまう。
心が重く打つ手も思いつかない。無意識に部屋の窓から、庭にある満開の桜を見下ろす。
桜の花は、左手首の痣に似ていて嫌いなのだが、庭の桜だけは嫌いになれない。わたしが生まれたときから一緒に過ごしてきたおかげか、はたまた、わたし自身でも気付いてない理由があるのかも……
意識は手放しかけ、次に何をすればいいのか考えるのも億劫だ。
なのに、またしても、既に渇ききった心へトドメが刺される――
「あぁ……あ……ぁぁ…………」
庭の桜が青白い光りを放ち、同時に、空を切り裂く雷鳴が轟く。
満開の桜は悲鳴をあげるみたいに、花びらを散らせるが、わたしには何もできない。
このままわたしがいれば、さらに多くの人に害をなしてしまいそうだ。わたし自身一人だけが、不幸な目に遭うのならばどんなに良かったのだろう…………
お母さんとお父さんには何を残そうか。やっぱり手紙かな。
バッケちゃんは今までさんざん迷惑をかけてきた。下手に何かを残しても迷惑を重ねてしまいそうだ。これで最後にするので許してほしい。
高清水さんに至っては、あんな不義理な別れ方をしたのだから大丈夫だろう。もうわたしの不幸に巻き込ませたくない。火事の件も、駅前の外壁が落ちてきた件も、わたしが起因だと思うから。
賽を投げる権利すら貰えないわたしでも、最期の出目は自分で決めたい。
ため息とともに身体が崩れ落ちそうな中、振られてしまったサイコロと同じように転がっていく。どこまでも深く……




