第二投
高清水さんのお世話になって、当初の予定時刻よりも少し遅れて自分のクラスに入った。
すると、小学校からの親友が教室最後列に座席があるわたしより一つ前の席に、もう座っていてカバンの中を整理をしていた。
「バッケちゃん、おはよう」
「さーさんもおはよう」
いつものように、おはようの挨拶を交わした相手は、場家 晴ちゃん。通称バッケちゃん。
わたしの不幸のことを知っていて、それでも一緒にいてくれた、わたしも気を使わせないで過ごせる唯一の親友だ。
「さーさん今日は何の何?」
「まだ、五の一。先が長いよ」
「う〜ん、あと四回がんばれ!」
今の何の何という問いは、今日のサイコロから出た目の数と、何回不幸を消化をしたのか? の二つを一緒に聞いてきた。
もう出会ってから七年、付き合いの長さがあるから、こうしたやり取りが心地いい。
「そっちは、バスケ部の朝練早く終わったよね。まだ、教室にいないと思っていたよ」
バッケちゃんは平均よりも身長が高いはずのわたしよりもずっと高く、頭一つ分ぐらいの差はある。
その身長を活かして小学校の時からバスケを続けていて、中学時代には、県の強化選手にも選ばれるほどだった。
でも、なぜか突然急に勉強も頑張りたいという理由で、バスケはそこまで盛んではないけど県内で二、三番目ぐらいの進学校にわたしと同じく進学した。
勉学に努めようとすること自体は良いことだと思う。
「あたしの方はいつも通りの練習メニューをこなしただけよ。どっちか言うと、さーさんの方が何かあったんじゃないの? 指に絆創膏貼っているし」
うむっ、相変わらずバッケちゃんは人のことをちゃんと見てる。
すらっとしたカッコいい見た目や、運動神経が抜群なのと、こういった気配りができるから、王子様みたいで男女問わず周りから人気がある。
まぁ、わたしからすると自信家過ぎて豪の一面も知っているから、自身を中心に世界が回っていると思っていそうな今の姿が落ち着くけどね。
「この絆創膏は、さっき高清水さんに貼ってもらったものだよ。校門前でちょっと不幸を一つ消化したときにね」
「へえぇ、高清水さんに貼ってもらったんだ。しかも、左の薬指に」
うむむっ、指摘されてはじめて気付いた。
流石のわたしでも指輪だったら、その場でさらに照れていたかもしれないが、絆創膏だったからなぁ。いや、それでも、ほとんど知らない高清水さんからいきなり指輪を貰っても困るだけだけど?
「なんか恋愛系の何か見た? 恋愛レベルがいつもより高くない?」
「ついに、あたしの恋愛レベルの高さをわかってしまったか。部の先輩にオススメのドラマを教えてもらってね」
「それが面白かったんだ?」
「正直、恋愛自体に興味がないからそこまで……ただ、主人公の先輩がカッコいい女優さんで勉強になった」
やはり、バッケちゃんはわたしの良く知るバッケちゃんだった。
自他共にカッコいい女性を目指しているが、恋愛観はわたしと同じくらいに低いままのようだ。大変申し訳ないが、わたしもわたしで自分のことだけで精一杯だから、少なくとも高校を卒業するまではそのままでいてほしい。
でも……もし……仮に、大切な親友に恋人ができたのなら、その時は祝福したいと思う。
「それよりもさーさん、絆創膏のことだけどさあ」
「いたッ!」
バッケちゃんが言い終えるよりも先にわたしが声を出してしまった。
準備するために、カバンの中に手を突っ込んでいたら、手鏡が割れていて、破片を触ってしまった。おそらく、尻もちをついてしまった時に、カバンをクッションにしたから割れてしまったのだろう。
幸いにも指から血は出ていないが、中学から愛用していただけに、手鏡が割れてしまった悲しみが海よりも深い。
「大丈夫? あっ……」
カバンの奥底で無残な姿に変わり果てた手鏡をチラッと見たバッケちゃんが、スタイリッシュな面貌を彫刻のように硬直させ、言葉に詰まってしまった。
中学時代、バッケちゃんと二人でショッピング行った時に、この手鏡を買うか悩んでいたわたしに、バッケちゃんが背中を押してくれたおかげで購入するに踏み切れた。
わたしは不幸のせいで、よく物を壊してしまったり、よく怪我もしたりもする。そんな臆病になってしまうわたしにとって、例え根拠がなかったとしても、バッケちゃんの自信溢れる性格に励まされてきたものだ。
こうした思い出もあって、愛用だった手鏡の末路をどうフォローすべきか悩んでしまったのだろう。
真剣に悩んでくれてありがとう。それだけで、この手鏡も報われたよ。
「大丈夫だよ。逆に、ここまで壊れずにもったのはバッケちゃんのおかげだよ」
わたしよりも目の前で悲しんでくれた親友のおかげで、なんとか気持ちを切り替えられた。
ただ、気持ちとは裏腹に、左手首の痣は教室の窓が開いていないのに、風に撫でられているような違和感があった。
これで、今日二つ目の不幸が消化された。
わたしの左手首にある痣は、不幸な出来事が起こる度に程度の差はあれど、違和感を覚えてしまう。むず痒いこともあれば、左手首を誰かに強く掴まれるぐらいに圧迫感があったこともある。
違和感を覚えるタイミングはまちまちで、大体は不幸な出来事に遭った後、一分以内に起こる。だからといって、この時間は厳密でない。朝猫さんと激突した時は、すぐに反応しないで、高清水に手当てしてもらった後に痣が反応した。
まれに、出来事が発生する前に違和感を覚えることもあるが、こうした時は、とてつもなく厄介な不幸の場合がほとんどだ。
そして、一回の不幸な出来事でも一連の流れに不幸が二つ、三つあれば、その数分だけ不幸ノルマを消化できることもある。この際の基準は曖昧で、フィーリングで判断している。
今朝の出来事を例にすると、猫さんと激突したことで不幸の一つ目カウントがされたが、尻もちで手鏡が壊れてしまったことではカウントされていないと思う。手鏡の件に関しては、割れた破片を触ってしまった時に二つ目がカウントされている。
結局のところは、経験上わたしが不幸を認識して、はじめて痣も反応すると勝手に思っている。
この痣と不幸の関係性については、ちゃんと診てもらっていないから分からないことの方が多い。
これが病気だとしても、どこの病院に行けばいいのか分からないし、現状を説明しようとするだけでもオカルト過ぎて頭が痛くなってくる。
お母さんやお父さん、バッケちゃんといった一部の人は不幸と痣、サイコロについて知ってはいる。
だけど、残念ながら今日まで、何も解決策や原因すら分かっていない。
ただ、わたしの左手首の痣については、お母さんが日運家の家筋にあり、不幸と痣については何か知っていそうだった。けれども、質問する度にわざとらしく話をはぐらかされてしまう。
そう言えば、わたしが幼いころに桜の木のサイコロを渡してくれたお姉さんだけは、不幸のことを言ってなかったはずなのに既に知っていた気がする。
しかも、サイコロを渡してくれた際にも……
『毎朝、サイコロを必ず一回だけ振るんだよ。もし、一回目の出た目が悪くて二回、三回とズルして振り直しても、ダメだからね』
と、幼いわたしに対して、取説のような注意ごとも優しく教えてくれた。
あのお姉さんは、いったいどこまで何を知っていたのだろうか――
「さーさん大丈夫? 意識が上の空だけど……」
おっと、いけないいけない。つい、考え込んでしまった。
ホームルームもあと少しで始まるし、割れてしまった手鏡の片付けもしたい。
「いつものことだから、大丈夫だよ。それよりも、色々と心配してくれてありがとうね」
「うん……あっ、明日! あたし、明日は部活ないから、手鏡買いに行こう!」
「いいよ、こっちは部活や委員会に入っていないから、暇だし」
ガラッ、と教室前方の扉が開いた。
先生が来てホームルームが始まってしまうと、慌てて扉の方を見たら、先生ではなくて高清水さんだった。
思わず高清水さんと目が合ってしまい、とりあえず会釈する。高清水さんも手を振って応えてくれたけど、もうすぐホームルームが始まるため、急いで教室最前列の席に着いて準備している。
席が離れているから、さっきのお礼を直接ちゃんと伝えられなくて残念だ。それに、お返しもしっかりしたい。貸しをいつまでも作っておくのは、借金クイーンになりそうで落ち着かない。
「昨日見てた恋愛ドラマに、今みたいな初々しいやり取りがあったよ、さーさん」
「さっきはそこまでと言っていた割には、結構気に入ってそうじゃない!?」
そうして、雑談しながらも準備している内に、今度は先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。
今日はまだ三つの不幸が残っているが、お気に入りの手鏡が壊れてしまったし、これ以上は何事もなく終わって欲しいと、切に願いたい。




