第一九投
わたしの服を見るために高清水さんと駅ナカを行ったり来たり。もうすぐ、映画館を出てから二時間ぐらいは経っていそうだ。
一人では見慣れて色あせた駅のアーケード通りも、高清水さんとなら真新しい彩りがつく。
選ぶ基準に囚われたわたしとでは、見える視点が違うのだろう。だから、代わり映えしないこの場所でも、新鮮な気持ちになることができた。
――にもかかわらず、わたしは自分を彩ることができない。どの服を手に取っても、わたしの内が邪魔をする。
どうせ、不幸のせいで、何を選んでも同じなんだと。
気に入って買ったものほど、不幸のせいで、失ったときの痛みも大きいと。
今は駅ビル内のアパレルショップで、高清水さんと別々にわたしの服を見繕っている。
高清水さんのおかげで、今日は服を見るのが楽しい。半ば義務的に買っていた今までとは違う。わたしに実用性よりもお洒落で服を選ぶ日がくると思っていなかった。
それだけに、映画を観終わってから何軒も回り、付き合ってくれた高清水さんが勧めてくれた服を、手に取っては棚に戻すだけの自分がみったぐね……
「うん、これなら日運さんのお眼鏡にかなうと思う」
自信ありげな顔をして高清水さんがこちらにやってくる。手には丈のあるワンピースを持っていた。
「次はこのフレアワンピースでどうかな?」
「……悪くは、ないと……思う」
「試着できる?」
「うぅ……」
実は服を買うどころか、今日はまだ一回も試着すらしていない。そこまで、どうしようもないぐらいに惹きつけられた服が見当たらないこともあるのだけど、一番は不幸のせいだろう。
今朝振ったサイコロの出目は、一だった。ゆえに、必ず一回、不幸な目に遭う。その一回と今日はまだ遭遇していない。
試着したときに、不幸な目に遭ってしまい、お店の服を駄目にしてしまうと思ったら気が引ける。過去に起こってしまった、試着系の不幸だけでもサッカーチームを組めてしまう。
不幸を突き詰めたらカフェや映画館にも行けないため、気にしていたらキリがないのは分かっている。分かっているが、怖いものは怖い。
ましてワンピースなんて、どっかに引っ掛けてしまいそうだ。
「じゃあ、勢いで買っちゃおうよ」
「それで大丈夫なの!?」
パンっと手を叩いて、妙案を思いついたかのような、雰囲気を醸し出ている。高清水さんのことを信頼しているが、ここまで自信のある理由がさっぱりです……
「ふふっ、ずっと日運さんのコーデを考えていたからね。少し心配なのは、見立てたとおり、ふくらはぎが半分程度隠れてくれるかだけど、この二時間で失敗させない自信が持てたよ」
「でも……」
頭の中も卑屈だからか、否定するための言葉が脳内を駆け巡る。
「そうだね。日運さんのために、このワンピースを選んだ私なりの理由はいくつかあるんだ。聞いてくれる?」
「うん……」
改まって聞くとなれば、こちらの背筋も伸びる。わたしの脳内も、考えるを中断して聞く姿勢に入った。
「まずはね、動きやすさ。日運さんのことだから、日常生活において支障をきたす可能性はとにかく低いほうがいいんだよね」
「最優先の基準になります……」
どうしても、この点だけは譲れない。動きやすさを妥協してしまうと、半年に一回ぐらいのペースでやってくる、大怪我に繋がりそうなレベルの不幸が直撃してしまう。
ありがたいことに、今に至るまで、大怪我や大きな病にかかったことはないが、リスクは低くしていきたい。
「それならね、ふくらはぎ丈なら比較的動きやすいと思ったの」
「うん、でも……」
「前に湿布を貼ったときも思っていたけど、日運さんの脚が健康的で綺麗!!」
「いきなりなにを!?」
これがハラスメントというやつですか!?
不快感はいっさいないが、生傷だらけの容姿を褒められた記憶がないので、恥ずかしぬ。
「もっと日運さんは自信を持ってもいいと思うのになぁ〜魅力的だし」
真面目に言っているか、からかっているのか、判断できない。何と言葉を返せばいいのか分からず、口が開きっぱなしになってしまう。
「他にはね、ワンピース一枚でコーデのメインが決まるから、あまり悩まなくて済むのと〜」
確かに、今朝も服選びで想定以上に時間を費やしてしまった。それすらも、見透かされている?
「後は気付いていなかったと思うけど、日運さんはワンピース系の服を目で追っていることが多いんだよね」
「……嘘でしょ」
「本当だよ。今日も店頭に置かれているワンピースへ熱い視線を送っていたし」
筒抜けじゃないか。これから毎日、サングラスでもかけておこうかな……
「これ以外にも理由はまだまだあってね〜」
「ヒエッ」
理由が尽きることのないのは恐ろしい。四月下旬に怪談話のシーズンが到来するのは早過ぎる。
「その中でも、一番大きな理由が――」
高清水さんが息を呑む。その意を決するような仕草を見て、わたしにも緊張が走る。
「お洒落して笑顔になる日運さんを私が見たいからかな」
「わたしなんかの笑顔を?」
一番大事な理由にわたしの笑顔を見たいだなんて……
「もちろん前提として、日運さんに怪我をしてほしくないよ。その上で、お洒落を楽しんでほしいんだ」
「そっか……」
高清水さんからワンピースを受け取る。気持ちの踏ん切りはついていないが、信じてみたいと思った。
「それにね、今日でショッピングは終わりじゃないよ」
「どういうこと?」
「だって、これから何回、何十回と数えきれないほど、日運さんに付き合ってもらうつもりだからね!」
眩しいほどの笑顔に焼かれる。
どれだけ、わたしに彩りを与えてくれたのだろう。諦めと妥協で渇ききった心に、高清水さんが流れ込む。
「レジに行ってくるよ」
ワンピースの値は少し張っているけど、今までお小遣いをほとんど使っていなかったので、これぐらいは大丈夫だと思う。
「私も少し用があるので、ちょっとだけ失礼するね。もし、買い終わっていたら店の付近で待っていて」
足早に高清水さんがどこかへ去っていく。二時間以上も立ちっぱなしだったし、色々あるだろう。
ショップスタッフさんから「お買上げありがとうございました」と同時に、華やかに包装されたワンピース入りの袋を手渡される。
受け取る時に、左手首の痣にヒリついた違和感を覚えた。不幸がやってきそうで身構えたが、何もやってこない。
とりあえず、ショップスタッフにお礼を伝え、アパレルショップを出る。
痣に違和感があったのに不幸がやってこなくて腑に落ちないが、不幸な目にも遭いたいわけでもない。気のせいだと思い込み、アパレルショップ向かいの店に置かれている傘を見る。
先週の下校中に、通り雨と遭った。天気予報が晴れ予報だったので傘を持っていなかったが、たまたま濡れることはなく駅へ辿り着けた。
一ヶ月半すれば梅雨入りもするので、折りたたみ傘があれば便利だと思い、ついつい傘を眺めてしまう。
「お待たせ〜傘、気になるの?」
戻ってきた高清水さんに声をかけられる。
「先週、放課後に雨が降ってきた日があったよね。折りたたみ傘があればよかったなぁと思って」
「確かにあの日、天気予報が一日晴れだったのに突然降ってきてビックリ。おかげでびっしょり濡れちゃったよ。午後の体育で、日運さんが『春の百パーセント晴れ日和が気持ちいい』と言っていたのにね〜」
あれ? 雨降った次の日は、高清水さんが体調を崩してしまった日な気がする。しかも、学校で火事があったときは、体調を崩したせいで保健室を利用していたために、逃げ遅れてしまった。
言葉にすると最悪な事態も現実となったことが過去に何度もあった。これも、偶然な不幸と済ませていいのだろうか?
考え始めると、頭の中にモヤがかってきた。さっきの違和感も気になるので、今日はこの辺で高清水さんと解散にしたい。
解散するつもりで、なにげなく、駅の改札口まで高清水さんを送ろうと駅ビルの出入り口を出ようとした、その時だった――
左手首の痣が、熱く鋭い痛みを発する。
確実にかなりタチの悪い不幸が身に迫っているのだけは分かる。でも、何が原因になのか判断できない。
風も強く吹き荒れ、目も、耳も、五感がまともに使い物にならなかった。
「ゴメンッ!」
ただ、不幸に遭い続けてきた直感だけを信じ、高清水さんを突き飛ばして、その上へ覆いかぶさる。
「ッ! 日運さ――」
わたしの後方、高清水さんが立っていた場所に雪崩のような爆音がする。
背面に石みたいな物が何十箇所もぶつかり、焼けるような痛みを覚える。背中一面の痣まみれは避けられないが、これぐらいで済んだなら安いものだろう。
音と衝撃が落ち着き、顔を上げる。
駅ビルの外壁が落ちてきたのだろうか。畳一畳ぶんの残骸が高清水さんの立っていた場所を中心に散らかっていた。
高清水さんの方には、目立った外傷はなさそう。本当によかった。
「日運さん大丈夫!? 破片が当たってたよね」
「わたしは大丈夫だよ。それよりも高清水さん……」
「どう見ても大丈夫じゃないでしょ。今――」
「今まで危ない目に遭わせてしまってごめんね」
どうしようもない感情に支配されて、高清水さんを置いて走り出してしまう。家とは違う方向だが、今は高清水さんに顔向けできない。
ああ……自分に対しての不幸なら、どんな不幸でも大丈夫だと思っていたが、今回のは話が違う。
まさか、自分のいた位置ではなく、高清水さんのいた位置に外壁が落ちてきた……
不幸がわたしではなく、大切な人をターゲットにしてきた事実が、あまりにも恐ろしかったのだ。
こうなれば火事の件も、わたしが悪かったのかもしれない。
どんどん沈んでいく……
わたしのせいで、せいで、せいで…………
ひと粒の雫が、わたしの内を黒く染め上げていくのに充分だった。




