第一七投
目的地のカフェに行くための道のりで、ごく自然に、赤信号の足止めをくらう。信号待ちの間、高清水さんはスマホとにらめっこ。
「……日運さん。目的のカフェだけど、モーニング以外のフードは十一時からの提供だそうです……」
「そうだったの?」
営業時間しか見ていなくて、そこまで気付かなかった。
現在時刻は十時を過ぎたあたり。さて、どうしようか。
「一時間弱も待つのは大変だ、別のお店にする?」
「それでもいいけど、ここら辺はほとんど十一時に開店な気がしたよ」
カフェに行くことなんて全くといってないが、駅周辺の情報は地元だからか、耳にする機会はそこそこ多い。中学どころか小学生の時ですら、クラスでカフェ巡りしている子もいた。
もう一度、高清水さんはスマホで検索にかけている。だけど、かけた結果が芳しくなくて、うなだれてしまう。
「そ、そんなぁ……」
「こんな日もあるよね。どうせ待つなら、近くまで来たし、このまま目的のカフェへ行こうよ」
臨時休業だったら、ヘコむ気持ちもありそうだが、ランチタイムまでの一時間を待つぐらいなら大したことはない。
言葉にすると、悪い方向へ転ぶから、絶対に言わないけど。
「それだと、日運さんお腹空かない?」
「大丈夫。それよりも、どこで時間をつぶす?」
駅から五分ほど離れた、現在地には飲み屋が軒を連ねており、時間をつぶせる場所がほとんどない。
駅まで戻ればいいのかもしれないが、それは、負けた気がする。だとすれば、唯一思いついた場所は……
「この辺は……なにがあるの?」
「……市場」
「えっ?」
「市民市場! 水族館じゃないけど魚を見よう!」
初めてのデートで市場はおかしい。冷静にならなくても聞いた試しはないが、消去法で導かれてしまった。
水族館がデートスポットで王道なら、市場も田んぼの中を通る畦道ぐらいはあってほしい。
流行らせよう! エモさよりも生臭さを……
「………………」
「ごめんなさい。悪い冗談でした。許して……」
「……エふっ、エスコートしてくれるならふふっゆ、ふふふっ、ゆるふよ」
険しい顔つきが、一転し、笑いが漏れでる。許されたのでは?
「はぁ――面白い。やっぱり、日運さんは強いや。こんなイレギュラーぐらいではビクともしないんだね」
「慣れただけだよ」
「それにしてもふふっ、お、お腹が空いているときにふっ、市場は時間をつぶすところでないでしょ。ふふふふっ」
高清水さんのおっしゃるとおり。わたしはその場の思いつきで提案しました。
「それでは、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
締めだけは、それっぽいエモい会話になって、今度はわたしも高清水さんと一緒に笑ってしまう。〆られなくてよかった……
(ちなみに市場を一周して、同じ敷地内の百円ショップで買った消臭スプレーを使ったら、ちょうどいい時間になりましたとさ)
市民市場から目の前、ずっしりとしたレトロな扉二枚を開けると、コーヒーと本の匂いが肺に流れ込む。
なんだか、足を踏み入れただけで少し大人になった気がする。
カフェの中は賑わっており、マダムや学生と幅広い年齢層がみえた。
幸いにもテーブル席が一つ空いていたので、定員さんの案内に従い、レトロチックな正方形のテーブルに高清水さんと向き合って座る。わたし一人だとランチタイムと重なり、満席で座れないと思う。高清水さんに感謝だ。
「メニュー、イラストがオシャレで趣きがあるね」
「いや〜メニュー数も豊富だから、いっつもは秒で注文するのに迷っちゃうな〜高清水さんはどうする?」
「ドリンクはブレンドコーヒーのホットで決まりかな。フードは、どうしよう。ガレットとシフォンケーキ、どちらも人気だし、両方気になる……」
わたしやバッケちゃんなら、ガレットとシフォンケーキの両取りを決行しただろう。朝ご飯を抜いて、市場にも寄った今だと、隣りの席から漂ってくる誘惑に身を委ねてしまいそうだ。
といっても、わたしにも砂粒ぐらいの面子はある。バッケちゃんとなら遠慮はあってないようなものだが、高清水さんの前では見栄を張りたい。
「…………カロリーが…………日運さんもいるし…………そもそも、食べ切れるか心配だし……」
高清水さんから漏れ出る呟きが流れ弾となって耳が痛い。部活に入っていないから、同じくカロリーは敵だ。ボソッと聞こえたきた、「日運さんもいるし」に至っては、返答次第によっては、わたしの心に深い傷ができてしまうのでスルーが安定。
向かい側で長考中の悩み苦しんでいる高清水さんを見て、わたしのオーダーは決まる。
「こっちは決まったよ。ドリンクがブレンドのアイス。フードは――」
「…………」
チラり、チラりと、高清水さんの視線がメニューとわたしをいったりきたり。そわそわした様子がかわいい。
「マッシュルームがトッピングされているこのガレットを一つ。さらに、シフォンケーキも頼みたいんだけど、一人だと食べきれないかもだから、高清水さんシェアしても大丈夫?」
「こちらこそいいの?」
「せっかく来たからね。その代わり、シフォンケーキの味は任せていい?」
それっぽい理由をつけて罪悪感を減らそうとする、わたしは卑しい女です。
最終的に、わたしはアイスコーヒーとシャンピニオン(マッシュルームの付け合わせ)のガレットを。高清水さんはホットコーヒーとマレシェール(野菜が多め)のガレットをメインで頼み、後は、カカオ味のシフォンケーキを一つ注文した。
シャンピニオンも、マレシェールもはじめて聞いた言葉で、注文する前に発声練習をコソッとしたところ、高清水さんがわたしの分も注文してくれた。ありがたや〜
テーブル中央には、新刊に近いものや年季の入った本が、ゆうに十冊は置かれている。各テーブルごとにテーマは決まっているそうで、ここは落語がテーマのようだ。
落語についてはよく分からない。国語の授業で扱っている話レベルなら意味は分かるし、テストの点数もまずまず取れる。
映像で落語を見たことがないから、良さが分かっていないのかもしれない。
テーブル上に置かれてある、落語に関する本を一冊手に取ってみた。中を開いて、パラパラとページを捲ってみると、人情噺が題材のようだ。
「高清水さんは落語を見たことある?」
「……私は……ない、かな」
「なんか含みのある言い方だね。詳しく聞いても大丈夫?」
「ふふっ、たぶん大丈夫。お姉ちゃんがね、落語を聴いて、見ているんだ」
高清水さんのお姉さん、落語を聴いているイメージがなかったから意外だ。スポーツ観戦のほうが好きなイメージ。
「あっ! 今お姉ちゃんのこと、意外だと思ったでしょ!」
「はい。そうです。すみません」
「ふふふっ、別に謝ることじゃないよ。実際、お姉ちゃんが落語にハマった影響は彼氏さんのせいだからね」
「えっ!?」
お姉さんの話をする時に、たまに高清水さんはどこか切ない表情をしてしまう。その表情が表れてしまい、無意識に高清水さんの地雷を踏んでしまったことを後悔する。
「彼氏さんはシングルマザーで育ったらしく、なるべくお金をかけない趣味を探していたところ、落語鑑賞へ辿り着いたんだって」
「そうなんだ……」
「それで、お姉ちゃんも染まってしまったようでね、今日は二人で落語の公演デートみたいだよ」
――染まってしまった、という言い回しが少し気になった。
これを掘り下げることができるのなら、高清水さんとの距離も縮まる予感がある。でも、理性と本能も、自分自身のことですら危ういのに、とストップをかけられて聞かなかったフリをするしかなかった。
「今日はお姉ちゃん達にも負けない、楽しいデートにしようね日運さん」
わたしは「そうだね」と頷き、手に持っていた落語本を元の位置へ戻す。
食事より先にコーヒーが運ばれてきて、高清水さんと同じタイミングで口にする。苦味はあったのだが、さっきまでの会話よりは苦くない気がした。
ガレットを美味しくいただき、デザートのシフォンケーキを待つ。
人生初ガレットは香りの良い蕎麦粉の生地がカリッと、中央はチーズと具材のハーモニーがフワりと合わさって絶品でした。ただ、食べ方が不勉強のせいで、ナイフとフォークに悪戦苦闘を強いられたのだけどね。
途中からは高清水さんがお上品に食べているのを見て学びました。次、機会をいただけたら、しっかりと巻きます!
「お待たせしました。こちらシフォンケーキになります」
「おぉ……これは、凄いボリューミーだね」
「えぇ! いくら日運さんとシェアして食べるにしても、中々の量だよ〜」
シフォンケーキも、その上に乗っかっていた、こぶし大の生クリームも圧倒的なふわふわ力を感じる。加えて、ココアパウダーが全体を桜吹雪のように彩られ、桜祭りよりも素晴らしい光景だと思う。
高清水さんは定員さんから取り皿を受け取っているが、既に興奮を隠しきれていない。わたしもガレットを食べたはずなのに、テンションが上がってしまう。
「取皿どうしたの? 誰もいない席に置いて」
受け取った取皿を一枚はわたしの目の前に置いてくれたが、もう一枚は高清水さんが座っていない、わたし側から見て、斜め左側の席に取皿を置いた。
「日運さんの隣りいい?」
「うん、いいよ」
質問はしてきたものの、もう高清水さんの中では確固たる意志があるようだった。
向かい側の席から、取皿を置いた席へ移動してくる。高清水さんの表情は正面からは見えなくなったが、L字になって距離は近くなった。椅子もこちら側にギリギリまで寄せて座り、手も握ろうと思えば握れるのだろう。
「あーんもしていい?」
「…………」
あーんか、あーんですかぁ……
幼い時だと、お母さんやお父さんにしてもらった記憶があるけど、友達同士でもやるのだろうか?
デートを恋人や恋愛感情がなくても皆んな普通に使っているし、あーんもする……のかなぁ?
「ごめんなさい。少し浮かれているよね」
――そうか、なんとなく高清水さんの気持ちが分かった気がする。お姉さんのデートと張り合っていそうだ。全部が全部、お姉さんを意識しているのではないのが伝わってくるけど、世間一般的なデートは意識していそう。
それなら、市場へ行ったのは、もしかしなくてもマズかったのでは?
少なくても突発的に行く場所ではないと思うのよ。高清水さんは、わたしと違ってお洒落しているし。
「ごめんね」
思わず謝罪の言葉が出てしまう。
途端に高清水さんの顔は何故か青白くなる。
「そうだよね。私馴れ馴れしかったよ、ね……」
「あっ、違うの! 今のごめんは違う意味で、今日の高清水さんの意気込みに応えることができていなかった……と思って」
全力とは、持っている力の限り尽くすこと、という意味合いだった覚えがある。すれ違いで虚しい悲劇を招きたくないので、この弁明も全力だ。
「それじゃ、あーんもいいの?」
「いいよ」
高清水さんに向けて精一杯口を開く。口の中を人に見せることって、結構恥ずかしい。
「日運さんどうぞ」
シフォンケーキよりや、生クリームよりも、甘い時間が流れていく。
結局のところ、なんで、高清水さんはわたしなんかとデートをしているのか分からない。デートしたいなら、良い人がいそうなのに。
まぁ、高清水さんが貴重な休みをわたしと一緒に居たいと思ってくれたのは素直に嬉しい。ならば、この甘い一時を楽しむのが礼儀なのだろう。
次回の更新は、1/17(金) 21時ごろを予定しております。




