第一六投
「はぁ……はぁ……」
時刻は午前九時五十分。高清水さんとの待ち合わせ時間が十時。であれば、集合場所の駅改札口に、十分前で着いたならベターだろう。
昨晩は家族がいなかったから、夜ふかしを決行しようと思ったが、辞めた。万が一、遅刻なんてしたものなら、桜の木の下に埋めてもらい、高清水さんに許しを請うしかない。
それでも、休みの日に友達と遊びへ行くはほとんどなかったので(バッケちゃんは除く)、緊張で寝付けなかった。朝はドタバタしたけど、どっちみちコーデはパンツスタイルしかないから腹を括るしかないのだ。
相対的にマシな服を選んだつもりだった。黒をベースに、白を少し加えたモノトーン。家にあるどの鏡で見ても同じ感想で、大切な二代目手鏡をしても、わたしの服装はシマウマかパンダにしか見えない……
待ち合わせの時間がギリギリになり、朝ごはんも当然抜く。さっそく、自炊の予定も破綻した。この服選びでロスったタイムがなければな〜
後悔しても、もう遅い。時間は有限。今日の、サイコロの出目は一なんだから、これ以上贅沢は言えない。
「……はぁ……ふぅ……」
肩で息をしながら、乱れた呼吸を整わせる。
不幸な目にまだ遭ってないし、走ったせいで、息が切れたわけではない。中学時代に部活で鍛えた身体は、部活に入っていない今も、そこまで衰えてはいないはずだ。
……ただ、高清水さんとの待ち合わせに遅刻してしまうと思うと、息苦しかった。ついでに、左手首の痣も不幸に遭った時と、別ベクトルで違和感がある。なんか、生々しいねっとりとした感触がずっと左手首に纏わりついて、気味が悪い。
まあいい。待ち合わせ時刻に間に合ったので、ひとまず良いとする。
普段は、通勤通学ラッシュ以外ガラガラの駅構内が人でごった返し状態になっており、GWの力を侮っていたようだ。
人混みに揉まれていると、去年まで袖を通していた制服達が目に入る。そのまま、中学生カップルとのすれ違いざまに、サクラマツリというワードが聞こえ、桜祭りの存在を思い出す。
桜も、祭りも関係ない。瞬時に頭から追い出す。
わたしに求められていることは、高清水さんを改札口でお迎えすることだ。
人知れず鼓舞すると、前髪が気になってくる。ここまで、小走りを超えた中走りで急いだ影響もあるのだろう。
高清水さんが乗ると想定されうる電車が到着するのに、残り数分はある。一時間に一、ニ本しか電車が走らない時刻表をチェックしたから確かだ。
自慢じゃないが、よく、物を落としたり、失くしたりする。出かけるための持ち物も基本的には少ない。そういうわたしでも、今日は、二代目として馴染んできた手鏡を持ってきてる。
欅で作られた鏡さんよ〜わたしの前髪はマシ?
……うむっ。多少ズレていたが、誤差の範囲だろう。その誤差も直したので、これで高清水さんにお会いできる。かんぺき。
「おっと」
前方からスーツに着せられている社会人が、歩きスマホでこっちに突っ込んできて、ぶつかりそうになった。わたしも直前まで手鏡を見ていたから、こっちにも不注意はあるのだろう。
社会人の方も、その後に「すみません」とこちらへ謝罪の言葉があったし、わたしも二代目の手鏡を落として壊すといったことがなかったので、これでこの話は終わりだ。
電車もホームに到着したみたいで、改札口がさらに混んでくる。改札口を高清水さんが通過しても、見過ごさないようにするためジッと凝視する。
「日運さんお待たせ〜」
「ええっ!?」
――高清水さんに背後を取られていた。改札口側は穴があくほど見ていたのに。
驚いて、次に脳裏をよぎるのは、電車を一本早めのに乗った可能性。それだと、三十分以上はわたしを待っていたことになる。なのに、お待たせ〜が第一声とは、思考もショートしてしまう。
デートについて、なんも分がらねぇ……
なによりも一つ、目の前に大きな問題がある。
「……かわいい」
高清水さんの私服がかわいいのだ。
全体的にガーリッシュな雰囲気で、淡い桃色のロングスカートがふわりとなびき、絵にもなる。駅前の美術館に飾るべきでは?
比べてわたしは……動物園でシマウマかパンダとして展示されます……
「えへへ〜ありがとう。日運さんもカッコかわいいくて、グッドだよ!」
「いやー所詮ダボッたいだけなので、高清水さんの隣りにいるだけでも恐れ多いです……」
「それじゃ、別のコーデも試してみようよ! 私も手伝うか……」
頭のてっぺんから足元までを見た高清水さんは何かに気付き、途中で言葉を打ち切る。
わたしの、左手首の痣を見つめており、言わなくても察することができた。
「いつもボトムスはパンツ系しか選ばないからな〜高清水さんがコーデしてくれるなら心強いよ」
「……うん、任せて!」
「サンキューだね。それじゃ、まずは服を見よう――」
ぐぅ〜っとお腹の虫が聞こえてきた。はて、どこからだろうか?
これだけ駅に人がいるのだから、一人ぐらいお腹を鳴らしていてもおかしくない。
「日運さん……もしかして」
「全部言わなくても自覚有りなので大丈夫ですよ〜」
危ない、危ない。朝食を抜いたことを理由に、いきなり出鼻を挫いてしまうところだった。凍った冬道で、盛大にコケた程度のメンタルダメージに抑える。
「ううん。私もね、日運さんとデートするのが楽しみで、朝ご飯を食べていないんだ」
「ふへぇ〜〜」
たぶん嘘をついている。高清水さんは健康志向。わたしに気を遣わせないために、咄嗟に言葉が出てしまったのだろう。
高清水さんに嘘をつかせる、己の無力さが憎い……
「だからね、ブランチのできるお店に行ってみたかったの!!」
「はへ?」
あれ? 思っていた以上にマジなテンションだ。
お腹を鳴らしたわたしにとって、渡りに船の魅力的な提案がすぎる。
「お腹が空いていないかもしれないけど、日運さん付き合ってくれる?」
うぅ……ここで上目遣いとはズルいな〜
しかも、自分下げて念入りに断わる選択肢を潰してくる〜〜
「こちらこそお願いします。行きたいお店の候補はあるの?」
「えっとね、たしか……」
スマホの検索結果で出された画面を見てみた。わたしと違って、画面が割れていなくて見やすい。
そうでなくて、高清水さんご所望のお店は、行ったことはないけど、名前ぐらいは聞いたことのある有名なカフェ店だ。コーヒーと本が有名で、軽食やスイーツも揃って、朝から営業しているらしい。
「うん。この時間帯も営業しているみたいだし、行ってみようか」
「良かった、いつか行ってみたいと思っていたんだよね〜ありがとうね日運さん」
迷惑をかけたのに、感謝されてムズムズしてくる。それも、こんなわたしと一緒なのに、隣りで微笑む高清水さんを見たら消し飛んでいく。
今日という日が楽しいデートで終わることを心の中で祈り、二人で腹ごしらえに向かうのであった。
次回の更新は、1/14(水) 21時ごろを予定しております。




