第十五投
高清水さんとのデート当日から、遡ること一日前。
日曜日の朝なのに、日運家は慌ただしかった。
「えっ、お義母さん腰やっちまったの!?」
「そうみたいで、隠そうとしたらしいが、今ご近所さんからのツテで密告があった。本人は『湿布貼っとけば治る』と供述していたってさ」
県外に一人で住んでいる父方のおばあちゃんが、早朝に転んで腰を折ってしまい、急遽お父さんとお母さんが介助することになった。不幸中の幸いでおばあちゃんは軽症らしいが、数日間は買い出しや日常生活も厳しいと聞いた。
「幸咲はどうする? 学校も明日、明後日は臨時休校だったよな」
「うん。大丈夫だから手伝いに行くよ。バッケちゃんも明日からバスケ部の遠征だしね」
今日バッケちゃんと午後から遊ぶ約束をしていたが、理由を説明すれば、情状酌量の余地ぐらいはあると思う。
「あら、そういえば午後から、場家さんの家へ遊びに行くって言っていたよね」
「確かに、昨日の夜楽しそうに話していたな」
「いや、聞き間違えじゃない? それよりも行くための準備しないと。車で片道二時間半ぐらいかかるでしょ」
これ以上こちらの分が悪くなる前にお母さんとお父さんを急かす。そんなわたしを見た二人は、顔を見交わして、目も配った。
「幸咲、一つ提案があるんだけど聞いてくれるか?」
「……いいよ、提案って?」
「前にいつか一人暮らしをしてみたいと話していただろう」
「言ってたね」
「それでだな幸咲、お母さんとお父さんがいない、最低でも三日間を一人で過ごしてみるか?」
「えっ、いいの!?」
あちゃー……つい、声を弾ませてしまった。あまりにも魅力的な提案で、本音が漏れてしまう。
「ハハハっ、決まりだ。大丈夫だとは思うけど、戸締まりや火の管理はしっかりお願いな」
「お小遣いはどのくらいあれば足りる? 足りない額はお父さんのお小遣い分から持ってこないと」
「えっ、小遣い減らされても別にいいけど……」
反論をする間も与えないで、次々と流れが決まっていく。おばあちゃんの助けになりたい気持ちも本当なのに……
「おふくろもな〜いつもは幸咲に会いたいだろうけど、今回は流石に会いたくないだろうし、これが良いのかもしれない」
「え?」
唐突にお父さんの発した意味が分からなくて、お母さんを見てしまう。
「そうよね、お義母さん幸咲の前だとはりきっちゃうから……」
「そうなの?」
「そうなんだな。おふくろ、幸咲がいるとカッコつけたくて腰痛いのも我慢するよ絶対。現に、転んだことを隠そうとしたのも、幸咲に迷惑かけたくないあまりだろうし」
ここにきて、おばあちゃんの新事実が一つ、わたしの胸を打つ。周りに心配をかけさせたくないことが、まるで自分のことに思えた。
「あっ、場家さんのお宅へお邪魔するなら、ついでにご家族へあのお菓子渡してくれる? 名前がパッと出てこないけど、ヤマブドウを固めたアレ」
「ああアレね、了解。羊羹ゼリーみたいなアレ。わたしは渋くて少し苦手だけど、場家一族皆んな好きらしいよね」
それから、瞬く間に荷造りを終わらせ、最終チェックに入っている。
途中で、お母さんとお父さんが持っていく衣服の下敷きになっていた充電器を踏んでしまい、左手首の痣も反応した。踏んだのが金具部分じゃなくて運がいい。これで今日は二の一だ。
「それじゃ出発する前に、幸咲、ちょっといいか?」
「あらたまって、どうしたの?」
急にお父さんの声色が真面目で少し困惑する。お母さんも笑顔がやや固い。叱るのではなくて、叱られる子どもみたいな雰囲気だ。
「明後日、一緒にいることができなくてゴメンな」
「それは仕方ないよ、それよりも気をつけてね」
何を言い出すと思ったら、そんなことか。でも、逆の立場だったら気になるよな……
「「いってきます」」
「いってらっしゃい」
お母さんとお父さんを無事見送り、わたしも自宅でお昼を食べ、バッケちゃんの家へ遊びに行く。
玄関の呼び鈴を鳴らして「ごめんください」と勝手に中へお邪魔する。バッケちゃんみたく大きな平屋で、敷地内には市内のど真ん中なのに、柿の木や自家栽培の域を超えた畑が立派だ。
「さーさんいっらっしゃい〜」
「お邪魔するね。はい、これはお菓子。他のご家族は?」
「おお、サンキュー。アタシが明日から遠征でいないゆえに、激励会の準備で皆んな買い物」
バッケちゃんの家は、とにかく盛り上げるのが好きな家系だと思う。バッケちゃんのお祖父さんやお祖母さんも、家へ遊びに行くたび、猛烈な歓迎をしてくるので、はじめは若干居心地が悪かった。
「いや〜愛されていますね」
「さーさんほどじゃないよ〜」
庭で立ち話していると、くぅーん、と鳴き声が聞こえてくる。白いもふもふの塊がこちらに駆け寄ってきた。
「もう気付いてしまったか」
「たんぽ!」
「アウアウ!」
くるりと巻いていた尾っぽを力いっぱい降っていてカワイイ。最初たんぽを保護した時は、毛並みは汚れ、身体もやつれており心配しかなかっただけに、今の元気な姿に涙腺が緩んでしまう。
「相変わらずアタシよりも懐いているね〜」
「ちゃんとバッケちゃんのことも好きだと思うよ、ねっ」
「ワン」
たんぽと一緒に遊べば時間も秒で過ぎ去っていく。気付くと、おやつの時間だ。たんぽも遊び疲れたのかウトウトしている。
弱っていた、たんぽを発見して保護したのはわたしだが、実際に引き取ってくれたのはバッケちゃんのお祖父さんとお祖母さんのおかげ。今もたんぽと遊べることに感謝でいっぱいだ。
「さーさんゴメンね」
「何が? この前の火事でめちゃくちゃ文句言われたこと?」
高清水さんと命からがらに学校を脱出して、あそこまで言われると思っていなかったので、あれはビックリした。
「あれは特に。タカッシーがいなかったら、もっと言ってやったと思うよ」
「さいですか……」
あれ以上に言われてしまったら、わたしはどうなっていたのだろうか? なんだか、身震いもしてきた……
「そうじゃなくて、明後日。毎年一緒なのに、今年はいれないからさ」
「部活はしょうがないよ。わたしのおばあちゃんも腰やってしまったせいで、今朝、お母さんとお父さんも介助しに行ったし」
「さーさんのおばあさんは県外に住んでいたよね? ……ということは、家に一人でお留守番?」
「その通りでございます」
普段台所に立って料理とか手伝わないし、不幸が怖くて手伝えない。ところが、不幸ありきで自分のためだけに、本日のお昼ご飯を自炊したら案外面白かった。失敗してもいいから気楽なのだ。
お母さんとお父さんが帰ってくるころには、料理も苦手意識を克服してバンバンできるかもしれない。できるといいな……
「さーさん、身体から音が出ているよ」
「お母さんからかな?」
ピロリん、と続けてスマホの通知音がもう一回鳴った。
平時は通知音を切っているが、日運家的には、おばあちゃんが腰をやってしまったのは非常時だ。お母さん達が無事におばあちゃんの家へ到着した報告かな?
『日運さんお元気ですか、体調は大丈夫そうですか?』
『そちらのお時間が空いている時で構いませんので、返信をお願いします』
お母さんじゃなくて、高清水さんからのメッセージだった。しかも、不意をつかれたせいで、メッセージは既読の表示が付いてしまっている。
「どれどれ、タカッシーからじゃん」
おい、バッケちゃん。勝手にスマホの画面を覗き込んだらダメでしょう。
「それよっと、通話開始っと」
「えっ!?」
おいおい、正気ですか? 人のスマホを断りもなく操作して、通話をおっぱじめるの、わたしゃ聞いたことがないよ。
「タカッシーこんちわ〜」
『こんち……あれ? 場家さんだよね。私間違えちゃった?』
「高清水さん合っていますよ! わたしのスマホ、バッケちゃんに操作されちゃって!!」
「はははッ、だってさーさん、返信するたびに気後れするでしょ。アタシへ労いの言葉をかけてくれてもいいんだよ」
こういうことをしなければ、日本一深い湖の底にも届いてししまうぐらい、お世話になっていると思うの。
『日運さんが元気そうで何よりだよ』
「高清水さんは大丈夫なの? 病院の検査も長かったよね?」
火事以降メッセージ上では、大丈夫だよと返信はきたが、文面と声では安心感が違う。
『だいじょうぶぃのブイ、だよ』
「タカッシー……大丈夫? 言葉遣いが変だけど」
「うぐっ」
『ふふっ』
……許せない。はじめて高清水さんと通話した時の会話をコケにされるなんて! こんやろー、あ――
「あふーん」
気の抜けた声とともにわたしは崩れ落ちる。左手首の痣がむず痒くなったので、二の二だ。
「クーン」
「たんぽ、おりゃおりゃ、さーさんに構ってもらいたかったんだね」
『そこに、何度か話に挙がっていた、場家さんが飼っている犬がいるの?』
「そうそう、さーさんが車に轢かれる寸前のたんぽを助けてくれたんだよなー」
「ワン!」
たまたま助かっただけで、わたしも、たんぽもあの時は危なかった。ただ、その日分の不幸が全て消化されたから、根拠のない自信があったのだろう。最近も同じようなことが、あった気がする……
『たんぽちゃん白くてカワイイ〜 そして、顔付きは凛々しい〜』
「ついでに、崩れ落ちたさーさんも」
なんか、ビデオ通話になっているんですけど?
醜態を高清水さんに晒すのは、法律に違反しているでしょう!
「ところで、タカッシー。さーさんに連絡したのは、どのような要件で」
『う……明日、日運さんの予定が空いて入ればいいなぁと思って』
「わたしの予定は空いているけど、どうして?」
「さーさん、みなまで言わせてやるな」
『場家さんはナチュラルにハードル上げるのが得意だよね!?』
一人ピンときていないわたしを置いて、二人は盛り上がる。仲間外れは、ちょぴっと辛い。
「高清水さんはね、さーさんのことをデートへ誘っているんえすよ」
『んん〜結局、場家さんが全部言っちゃっているじゃん! そうだよ!! 日運さん、明日デートに行きませんか?』
「はでっ?」
やけっぱちになった高清水さんが、勢い十割で駆け抜けてくる。当然、わたしは拒否する理由もなく受け入れた。
こうして、高清水さんとデートする運びになりましたとさ。
次回の更新は、1/11(日)を予定しております。




