第十投
コツン、カツンと二つの足音が廊下に鳴り響く。
まだ、昼休み中だが、誰もこの廊下を通らないようだ。わたしなら、体調悪い時に知り合いとは会いたくない。
「高清水さん肩を貸そうか?」
「大丈夫」
絞り出すように答えてくれたが、高清水さんは左右にふらついて歩いている。はっきり言って、全然大丈夫そうに見えない。
でも、こうした態度に、身に覚えがある。人の助けを借りたくない時が。
お母さんやお父さん、バッケちゃんはわたしにどう接してくれたっけ――
「気になっていたんだけど」
「どうしたの?」
「へぇへぇへぇ、高清水さんはドラマ見るんだね」
ぎこちない笑い声かもしれないけど、精一杯の笑顔を高清水さんに向ける。
「……急にどういう意味?」
いきなり突拍子もない言葉を投げられたら、そりゃ、そう反応してしまうよね。
「お昼休みの時にさぁ、少し気になっていてね。バッケちゃんも見ていたドラマらしいから。流行に乗り遅れたくない……」
「私もそこまで見ないよ。ただ、共通の話題があるに越したことはないからね」
既にスタート地点から違う。わたしは根っからの一匹狼なのかもしれない。ワオ――ン。
「日運さんは普段なに見ているの?」
「えっ、わたし? えっと、旅番組やネイチャー系です……」
動揺して一瞬、しょうもない嘘をついて取り繕うとしたが、正直に話す。どうせ、バッケちゃんに聞かれたら秒でバレる。
「………………そうですのね」
「今の間はなに!?」
さっきまでの辛そうな表情から、苦そうな表情へと変化する。高清水さんに凄く気を遣われてしまった。
「う〜んと、いやー、本当は、行ってみたいところが……」
言い淀む様子を見て、ようやく理解できた。
「ああ、もしかして行きたいところがあっても、不幸のせいで遠慮しているということ?」
「……うん」
確かにそう思う自分もいるが、そこを突き詰めてしまったら学校にすら通うことはできない。
「気を遣ってくれてありがとうね。でもね、別に旅番組を見ている時はそこまで思ってないよ」
「……そうなの?」
「そもそも、どうしても行きたいところがあったら、そのうち一人で行くと思うし」
あくまで許せないほどに嫌なのは、せっかく良かった思い出もわたしの不幸で、他の人に気を遣わせてしまうことだったり、後味を悪くさせてしまうことだ。
基本的に不幸の対象になるのはわたしだけ。
わたしが危険な目に遭うことが合っても、幸いわたしの不幸に巻き込まれた他の人は無傷だと思う。……はずだ…………
あらためて自己分析すると、当たり前かもしれないが一人でいると不幸も単独なものばかりだ。
うん、遠慮ばかりの人生でもしょうがないから、一人旅ならいつか行ってみたい。
「一人旅か、私はちょっと怖いかな」
「わたしも少し怖いけどね、それ以上に楽しみもあるんだ。どうせ、不幸のせいで旅行プランは壊滅するから、行き当たりばったりも楽しまないといけないからね〜」
「私なら大丈夫だと思うよ」
――急に胸を刺されたような気がした。
話をしていて、顔色は少し良くなってきたが、それでも力強い言葉に驚いてしまう。
「日運さん! 旅に出かけよう。不幸も日運さんと一緒に楽しみたい」
高清水さんは地雷原の中を進むように、わたしの内に怯えながらも入ろうとしてくる。そんなに意気込まないで、気軽に邪魔するよ〜と入ってきてもいいのに……
「ありがとう。いつか行けたらいいね」
「絶対だよ」
「失礼します」
高清水さんの分も声を出すつもりで保健室に入る。前回体育の授業で来た時とは違い、保健室の先生は姿が見えないが在室しているようだ。他に保健室を利用している生徒の姿は見えない。
「ごめんなさい、ちょっと待ってて。……あれ? 高清水さんどうしたの?」
先生は高清水さんの表情を見るなり、体温計を手渡してくれた。高清水さんの体温を測っている間、経緯を話す。
「熱は……微熱だね。昨日は通り雨も振っていたからね〜とりあえず安静にしようか。親御さん呼ぶ? それとも、ベットを使う?」
「とりあえずベットをお願いします」
「了解ね。日運さんもここまでありがとう」
「いえいえ、これぐらいなんでもないです」
豪華客船のように意気込んでいたわりには、特になにもなかった。イレギュラーのない安全な航海が大切なのだと思う。
「それでは、高清水さんお大事に」
「日運さんありがとう。本当に助かったよ」
高清水さんに挨拶もしたので、退散しようと出入り口の扉に手をかける。
「う〜ん、どうしようか?」
保健室の先生から不吉な言葉が聞こえ振り返ってしまう。
先ほどまで、職員室に電話をしていたが、今は電話を終えて考え込んでいる。
お医者さんの独り言は含みがありそうで怖い。保健室の先生は養護教諭? だから厳密には違うのかもしれないだろうけど、気になってしまう。
電話を終えた先生に高清水さんが尋ねる。高清水さんは保健委員会だから、わたしの知らないことも知っているのだろう。
「この後先生、全校集会でお話される予定がありましたよね」
「そうなんだよね〜最近風邪が流行ってきたから、予防啓発のために全校集会で話さないといけないんだよ。それで保健室を空けたくないので、代わりに、手が空いていそうな先生を保健室に置きたかったのよね」
「先生方の中には体調を崩している方もいると伺っています。ここも人手不足な感じですよね。そういうことでしたら、私を気にしないで全校集会を優先してください」
高清水さんは体調が悪いはずなのに、先生をなんとか丸め込もうとしている……穏便な過激派ぐらい、二つの相反する性質を合わせ持っている。
「高清水さんのお気持ちはありがたいけど……」
「私は保健委員会なんで大丈夫ですよ」
「高清水さん、それは病人の言う台詞じゃないよ」
退室するつもりだったのに、ついつい口を出してしまう。
「日運さんの言うとおりね。ただ先生も、全校集会をサボ……キャンセルできなさいから、登壇するギリギリまで保健室にいるのと、終わったらすぐに保健室へ戻ることで大丈夫?」
「すみません、そこまでしてもらって……大変助かります」
今度こそ、保健室から退室しようとする。全校集会へ向かう前に隣り教室の窓も開けておかないといけない。
「失礼します」
「あらためて、日運さんありがとうね」
挨拶をして、先生から労いの言葉を返され、今度こそ保健室から退室する。
帰り際、高清水さんのことをもう一目見ようとする。ベットを囲むカーテンの奥で、高清水さんは楽な服装になり、キャミソール姿のシルエットが(心の目で)浮かび上がった。
こうなると、いくら女性同士でもじろじろ見るのは失礼なので、高清水さんの回復を願って、保健室と廊下の境界線を渡る。
「これは……うッ!」
保健室の隣りにある準備室は、皆んなの言っていた通りにホコリ臭かった。
ホコリのせいで、目もショボショボしてきたので、早急に窓を開けて、全校集会に参加したい。時間的に遅刻は免れないだろう。
窓への道中が過酷で、学習教材が所狭しと乱雑に置かれてあり、窓まで辿り着くのも大変だ。目的となる窓の下なんて、用途不明のプラグがコンセントに繋がれたままだ。
こんなに酷いなら、行って戻ってくると制服にホコリがついてそう。ここから出たら第一に身だしなみをチェックしたい。
そして、肝心の窓は年季もあり、びくともしないほどに硬い。ふぅ、と一つホコリまみれの中で深呼吸をして、力いっぱい窓を開けようとする。
「うわっ!」
気合いを入れたら、予想以上に勢いよく窓が開き、声が出てしまう。いつもなら、ここで不幸が発動しそうだけど、今のわたしは六の六を消化して無敵だ。
無敵のPOWERで無事に窓を開けることができた。もうここには用はないので、準備室から逃げるように出ようとする。
窓の方向からニャーと聞こえてきた気がしたが、ホコリの中を戻って見る気にはなれない。
体育館へ向かう前に、身だしなみを整えるために洗面所へは寄ってゆこう。残念ながら、全校集会に遅れてしまうのはほぼ確定なので、この際ホコリを払うぐらいなら誤差に思えた。
次回更新は2026/1/1 の予定です。




