表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神楽舞  作者: Mimi
第1章 試衛館編
9/9

第9話 宗次郎の手

─────背中に、無数の汗が流れる。

肺が勝手に喘いで、苦しい。


殴られた頬は熱く、蹴られた腹部は確かな痛みを伴って私に襲いかかる。


『はっ…はっ…っ…』


浅くなった私の呼吸に呼応するように飛んでくる拳。脚。


何度も何度も降りかかる衝撃に、ただ、乾いた目を見開いて耐えた。


その人は、何かをぶつぶつと呟いていた。


『厄介者…消えればいいのに…


食い扶持持ってるなんて余裕ないのよ…!


とっとと消えろ!消えろっ!!』


『うっ!!』


腹部に加わった、ものすごい衝撃。それとともに、私の視界はぐるりと逆転した。


左半身が、地面に強く打ち付けられる。

一瞬、何が起こったのか分からなかった。


臓物が全部飛び出たんじゃないかって思うほどだった。

口の中に、じわりと不快な血の味が広がる。


女が、短刀を抜いた。綺麗な文様が刻まれた、美しい短刀。

ぎらりと輝くそれは、私にまっすぐ振り下ろされた。


私の皮膚も、肉も臓物も、全部を割いて突き抜けていく。


吹き出した血で、あたりは真っ赤に染まった。


───雷が全身を焼き尽くすような、恐ろしい激痛。





「─────ぁああああぁっ!!」


ドッドッドッド、と、激しく脈打つ、私の心臓。


「あっ…あぁ…っ…はっ…はっ、はっ、はっ…」


生きてる、私。


痛くない。どこも。


血に染まっていない、周りの景色。


血の匂いなんてしない。

薄く木と畳の匂いが漂う、綺麗な和室。


さらさらとした、私の体温で温められた布団。


…ここは、どこ?


私、生きてるの?


止まらない過呼吸と、痛いくらいに跳ねる心臓。


襖の隙間から漏れる、細い月の光。


「…かぐら…?」


襖の音と、小さな声がした。


寝ぼけ眼を擦りながら欠伸をする、あどけなさが残る少年。


「────そうじろう…さん…」


すっかり見慣れたその顔を見て、私の瞼の裏が勝手に熱くなっていく。


心配そうに私を見つめる彼は、自らの掛け布団を剥ぎ、私の隣に座った。


「…大丈夫、大丈夫だよ。ゆっくり呼吸して」


優しく背中をさすられた私は、努めて落ち着いた呼吸をした。


「ーーーっ…はーーーっ…」


呼吸をしながら瞼を閉じて、心臓のあたりに手を当てた。


─────生きてる。


そうだ。今のは夢だ。


私はちゃんと、生きてるんだ。



「…怖い夢を見たの?」


夢…


「…夢、なの、かな」


絞られたような、声を出した。


毎日見るの。あの夢を。


毎日夢の中で殺される。

夢の中なのに、本物みたいに痛くて。


もしかしたら。


「────もう、わたし…


死んじゃってるのかな」



ほんとはあの冷たい川で溺れて死んで、宗次郎さんや先生は、全部全部、ほんとはいないんじゃないかって。


夢と現実の区別がつかない。


───そんなの、どうだっていいか。

だって私はもう、死んでるんだもん。


今の私は、きっと成仏できない幽霊だから。


冷たい手に、手汗が滲んだ。


「ねぇ、かぐら。

…手、出して」


ふっ、と彷徨っていた意識が戻る。


「…手」


うん、と言った彼に、言われるがままに両手を差し出す。


彼はそれを、ぎゅっと握った。


…あったかい。


「かぐら、今なんて思った?」


「…え…?」


「あったかいなーって、思ったでしょ?」


優しく無邪気な顔で笑う彼の手は、暖かい。


冷え切った私の手も、だんだん暖かくなっていく。


私と同じくらいの大きさの、男の子にしては小さな手を、じっと見つめる。


「手を握って、あったかいなって思えたら

それは生きてる証なんだよ。


それに、ほら。

かぐらの手も、あったかいよ」


言われて、自分で自分の手を握ってみた。


─────血がちゃんと、巡っているような温もりを感じた。


もう…限界だった。


堪えていたものが溢れ出し、頬を濡らす。


そんな私を、彼は黙って抱きしめてくれた。


私って、泣いてばっかだ。


今まで泣いたことがなかった。


ううん…分かんない。覚えてないだけで、きっと赤ちゃんの頃は泣いてたんだろうな。


でも、ここに来てから、私の心は揺さぶられてばかりだ。


優しい人に囲まれて、泣ける心を取り戻した。


ちゃんと生きてるって、教えてくれる人がここにいる。


「かぐらは生きてる。ちゃんとね。


僕は君を、一人にしない。


かぐらの夢の中の悪いやつは、僕がみんな倒してあげる。

だから…安心して」


初めて試衛館に来た夜、先生にも言われた言葉。


師弟って似るんだな。その口から出る言葉も、纏う空気も、温もりも、全部そっくり。


────涙で頬を濡らしたまま、私はいつの間にか再び眠りに落ちていた。


朝起きた時は、覚えがないのに元通り綺麗に布団がかけられていた。

きっと、宗次郎さんだろう。


あの夢を見る夜は、この日を境に少しずつ減っていった気がする。


もしよければ評価ボタンポチっちゃってください

ψ(`∇´)ψ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ