最終回
だけど、なぜかその一撃はいつまで待ってもぼくらの上に降りそそがれることはなかった。
しん、とした耳に痛い静寂の中、おそるおそる目を開けて見る。周りのどこにもそれらしい力が触れた形跡はないし、大気に収束している気配もいない。
暁に何か起きたのかと降り仰いだら、これは暁本人も予想外のことだったらしく、うろたえている
のが夜目にもはっきりわかった。
「なぜだ……。なぜ。どうして……」
そんな言葉ばかりつぶやいて、信じられないといった表情を浮かべて両手を凝視している。
ぼくが視ても暁自身の力に変化が起きているようには見えず、ちゃんと彼の周囲を流動してるんだけど、彼の身を包むだけにとどまって、肝心の攻力としての役目を果たそうとしてないんだ。
いくらそれらしい動作をしても一向に外部へ流出しない自分の力に狼狽しきった暁の姿に、ほっと息をついた次の瞬間。
ぼくの送りこんだ力が 暁の力に細くからみついていることに気付いて、ぼくは何が起きているかを直感的に理解した。
全身の血が熱く沸きたつ新たな驚きと、それをはるかに上回る歓喜がぼくのなかで起きる。
すごく細くて、今にも切れそうな糸に見えるけど、あれはぼくの力だ。
「やったあ! 封術が作用してる!」
とても黙ってられず、大声で叫ぶなりこぶしを突きあげる。
そうせずにいられるもんか。カリキュラムに外部実習が組まれて1年半。今初めてぼくの封術が魅魎に対して効力を発揮したんだぞ! しかも、中級魅魎を相手に!
どうりで魎鬼に効かなかったはずだよ。魎鬼はあんな力持ってないもんな!
ああ、それ しても これってすっげー快感っ! 生きててよかったーっ!!
と、しみじみ噛みしめていたら。クラインがいきなり剣柄で後頭部を小突いてきた。
「いつまでもひたってないで、やつを引きずり下ろせ! このままじゃ俺の剣が届かないだろ!」
ちぇっ、なんだよ。いいじゃんか、少しくらい。暁のほうだってどうせぼくらのことなんか念頭にないんだからさ。
ぶちぶち小声で文句をつぶやきながら――でもクラインの言葉が正しいので――おとなしく従って、いまだ巻きついたままだった連鎖を強く引いてたぐりよせる。
生まれたときからあったものが突然使えなくなったんだから当然といえば当然なんだけど、恐慌状態に陥ったあげく自信喪失の恐怖観念にとり憑かれて混乱しきった暁の脳裏からはぼくらのことなんか影も形も残らないほど吹っ飛んでいたため、均衡を崩させて砂上に降ろすのはたやすく、 そしてその後のクラインによる一撃が急所に決まるのも、推して知るべし、だった。
◆◆◆
「すげえ! すげえよ! おれたち中級魅魎やっつけたんだぜ!? 下級しか断てないって言われてる封師と下級退魔剣士がさ!」
もう二度と帰れないと覚悟していた養成所までの道を歩きながら、クラインは興奮しきってまくしたてた。うるさい、叫ぶなと非難したぼくの背を笑ってばんばん叩いてきたりして、もんのすごい上機嫌だ。 今にもとろけそうな顔して、目を輝かせて。
でもきっと、ぼくの顔もそうなってる。
あのときのことを思い出すたびに口元が緩んで、笑気がこみあげてくるんだから。
クラインとじゃれあい、意味もなくどつき合いながら大声で笑うのは、やみつきになりそうなくらい気持ちよくてクラクラした。
「おれたちが組めば恐いものなし! 絶対だぜ!
なあ、セリオラの町へ申しこまないか? おまえの実力なら次は合格確実だし、あそこ、今剣士と封師を募集してんだ」
「ばぁか。ぼくは中級の力を封じれるんだぞ。これだけの力があればザーハへ戻って王都守護にだってつけるかもしれない」
王都守護! 退魔師のつく職で最高の任地!
手練れぞろいだから死亡率低いし、契約内容・待遇も天下一品!
王都所属の退魔師……ああ、なんていい響きだろう……。
「つれないんだなぁ、生死の境をともにした仲だってーのに」
思いがけないバラ色の未来にうっとりしてたぼくの肩を抱き込んで言ってくる。
「おれくらい息のあうやつどこにもいないって。初めてであんだけやれたんだぜ?」
最初あたふたしてたくせに、調子のいいやつだな、とあきれ半分の息をつく。
「しつこいな。なんだよ、ぼくに惚れたのかぁ?」
ぷに、とすぐそばにあるほっぺたを人差指でつっつく。途端、 クラインはもののみごとにあわてふためいた。
「だ、だれがっ、おれはだなあ――」
「ははははは。惚れたって無駄だぞー。ぼくにはちゃーんと親の決めた婚約者ってのがいるんだからなー」
「ばかやろぉ! おれにだってイルディカがいる!
って、そうだ。今度のこと知ったら、彼女だって絶対おれを見直して、きっとまた――」
と、そこまで叫んだ直後、はたりとあることに思い当たったらしく、唐突にクラインは動きを止めてしまった。
なんだ? いきなり、と振り返り、脂汗浮かべて自分の手のひら凝視してるクラインの様子をうかがってたら。
「し、しまった! 浮かれて肝心の中級魅魎退魔した証拠を持ってくるの忘れた……!」
なんてことをつぶやきだした。
「これじゃイルディカどころかだれにも信じてもらえないじゃないか!
ど、どうしよう……。今から戻ってたら帰りつくの朝だし、かといって手ぶらじゃ……」
と、本気で頭かかえてる。
死んだら塵になる相手から一体何とってこれると思ってんだろ。それとも塵をかき集めるつもりかな?
どうでもいいからさっさと結論出せよこの優柔不断野郎と、ぼくはあきれながら赤くなったり青くなったりコロコロ表情を変えるクラインを眺めていた。
【月の夜からはじめよう 了】
ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
結局この2人はコンビを組んで、これから数年一緒に『流れ』の退魔師をします。でもあくまで相棒であって、恋人同士にはなりません。
クラインはいかにもな肉感的美女が好みだし、リシは少し痩せすぎな平均的女性だから、というのもありますが、リシは幼いころに1度会っただけの婚約者の王子を忘れられないからです。
王子と再会したリシの話や、その後の彼女たちを、いつか書けたらいいなと思っています。




