第8回
「い、今なんてっ?」
自分の耳疑う思いでのり出す。
全然自慢にならないけど、自他ともに認める外見まるきし男の子のぼくを女と見抜いた者は、今だ一人もいないんだ。
クラインは、自分の一言に本気で驚いてぼくを満足そうに見て、答えた。
「『デ=ランテール』ってのは高貴な女性への敬称だろ。それっくらい分かるって」
なんだ、それでか。このマニアめ、と失望半分にすんなり納得するのとほぼ同時に、クラインが距離をつめるべく突如走り出した。
「うおおおっ!」
猛然と突進したクラインのくり出した力強い剣撃は、急ぎ補助しようとしたぼくの目を釘づけ、しばし圧倒した。
ここはライカだし、軟弱な性格だし。封魔をしくじったとき用に引っ張ってきただけで、その腕前は期待どころか想像もしてなかったんだけど、さすが図体がデカいだけあって剣技は派手で目を引いて、文句なしにうまい!
速度といい、めいっぱい振り切ってるように見えるのに、それで終わらず続いてるってことは、一連の技になってことだ。特に突き。上下左右からのそれまでの攻撃でできた隙を突いて出すそれは、ほんの少しの隙も見逃すことなく鋭い一撃で追いつめる。まさしく息する間もない猛攻だ。でなけりゃ曉はとっくに転移して距離をとっていたがだろう。
どうりであんな美女がなびいたはず……なんて、今はどうでもいいことを考えた直後。はたと現実に立ち返った。
いけない。ぼんやり観戦してる場合じゃなかったんだ。
そう思って、あわてて腰の袋から予備の連鎖を引き出す。以後、クラインと連携して封魔にとりかかっんだんだけど、どうしても決定打たる攻撃にはつながらなかった。
いくらぼくの連鎖が足元をついてよろけさせても、クラインの剣先が体から数センチの宙を薙いでも、一向に形勢に変化が出ない。
最初のぼくの連鎖がうまくからんだのは、暁がぼくの技を知らず油断してたからだったのは分かる。でも、これだけ全力でやってるのに立板に水ってことは、ただ遊ばれてるだけっていう、いやな結論にたどりつかざるをえないんだよねえ。
「……こいつ、すっげー、根性悪……」
ほんの一瞬生じた攻撃の切れ目をついて、彼自身風と化したようにいともたやすく上空に舞い上がった暁の浮かべた表情からクラインもぼくと同じ結論に出たらしく、息を切らしながらそうもらした。
「性格のいい、魅魎なんて、聞いたことないよ」
とはぼく。夜中なのに真昼の炎天下並に流れる汗を袖や肩口でひっきりなしにこすってたけど、あとからあとから伝った汗が目にしみた。
まばたきひとつしないで凝視して、ほんの小さな仕草も見逃すまいと動向をうかがいながら、指先も膝頭も、なさけないほど笑ってる。
「威勢のいいことだ。たしかにおまえたちほどの生気であれば、この腕を戻すくらいの力にはなりそうだな」
月を背にした暁の言葉が聞こえる。薄い笑みを口元に引いた暁をにらみあげたとき。
ふいにクラインが僕にだけ聞こえる声で話しかけてきた。
「なぜおれたち剣士がこの『破魔』っていう剣を退魔に使うか知ってるか?」
こんなときになに退魔の初歩訊いてんだよボケナス!――と言いたくなったけど、声がなんとなく弾んでいるような気がしたので、とりあえずぼくも真面目に答えた。
「気を通すための〈道〉があらかじめ刀身に開かれてるからだよ」
「正解。じゃあ〈道〉の開かれてないこれにこめたらどうなるかも知ってるか?」
そう言ってクラインが開いた手に入ってたのは、一体いつの間にすくいとっていたのか、一握りの紅砂だった。
目をひんむいたぼくの前で、クラインがそれを上空に向けて投げつける。 曉を押し上げる上昇の風にうまく乗って、砂はきれいに暁の周りに広がった。
「目を閉じろ!!」
「なにっ!?」
クラインの指示と重なり砂粒が小さな光を吐き出して次々と破砕する。
暁は、クラインの行為をくやしまぎれの子どもっぽい面あてと解釈していたらしく無防備に近距離からその目くらましを浴びてまい、埃塵から目を庇って顔をおおった。
重心がわずかに後ろへ傾いた、あるかなきかの隙。
ぼくらから気がそれたその一刹那に、ぼくは半ば無意識に連鎖を放っていた。
ひゅっと音をたてて空をまっすぐ進んだ連鎖は暁の右手首にからみつく。確かな手応えが伝わったのを確認したぼくは、すぐさま封縛の口呪を呟きはじめた。
ぼくの内側で生まれ、一点に収束した力が手の延長線である連鎖を伝って暁をおおう。
「あ、おいっ!?」
一目散に逃げるつもりだったクラインが、ぼくがそうしないのを見て、たたらを踏んで振り返り、肩をつかんできたのを感じたけど、ぼくは無視して口呪をつぶやき続けた。
中級が封じれるわけないなんて、このときのぼくの頭にはなかった。ただこの奇跡のように転がりこんだ機会をなんとしてもものにしようと連鎖の先へ意識を集中し、今引き出せるありったけの力を流しこんだ。
この封魔さえ成功すればもう一生封魔できなくても いってまで思って。なのに。
「これはなんの真似だ?」
現実は無情だ。冷笑をまじえた暁の声が上から降ってくるんだから。
暁は空中から崖の中腹へ降り立ち、ぼくらを見下ろしていた。
ぼくの気は確かに暁の全身を包んでるんだけど、ダメージを負って封術に苦しんでる様子は全然、全く、かけらもない。
今までの魎鬼と同じだ。
こんなときなんだから、少しくらい効いてくれたっていいじゃんか……。
……ああもおいやだ! できることならこのまま消えてなくなっちゃいたいっっ。
心底からそう思った直後。一瞬完全に存在を失念していた暁が、再び口を開いた。
「封師と、それに下級の剣士か。追いつめられたネズミの見せた技も目くらまし。
その程度の力しか持たないネズミの分際で、よくもあれだけ大見栄がきれたものだ。 せめてこれくらいのものが受けとめられるようになってからにしておけばよかったものを」
暁の右手がこれみよがしに高々とかざされ、今度こそ終わりだと直感して身を固くしたぼくを、クラインが背にかばい込む。それは驚いたし、うれしかったけど、でも魅妖の攻撃の前にあってはこんなこと、何の意味もない。
ぼくたちを一瞬で黒こげにしてしまうに違いない暁の一撃を覚悟して、ぼくは目の前にあるクラインの上着の裾をぎゅっとにぎって、身を固くした。




