第7回
「そうか、この地には退魔師の養成所なる物があったな。
では、猟犬さながらにおいをぎつけたきさまらは、さっそくこのわたしを断ちにきたというわけだ」
得心がいったとの発言に、登る邪魔と背負っていた長剣の存在を思い出したクラインが、『違います……これは違うんです……!』と真っ青にになって首を振ったけど、悲しいかなそれを聞き入れてる様子は全然なかった。
「羽虫のようにつきまとい、何かとひとの隙ばかりつきたがるこうるさい人間どもの考えそうなことだ。運良く腕を少し傷つけれたからと図にのって、今ならこの暁を断てるとでも思ったか!」
憤気まじりの声で言い終えた魅魎の右手が何かを仕掛けようとして月を受ける形で上に伸びた次の瞬間、そこから放射状に赤光が走る。
まともに浴びたら大火傷を負っていただろう。まさしくタッチの差でぼくはクラインの足場に強い一撃を入れて崩し、自らは後ろへ飛んでいた。
「うひゃあぁあっ」
まさかぼくに何かされるとは思いもよらなかった(そりゃ当然だ) クラインは、実になさけない声を出しながら崖を転がり落ちていく。弧を描いたぼくも同じく途中から崖に触れて残り半分をすべり降りたんだけど、しっかり受け身をとるのは忘れなかった。
先に下についたクラインは仰向けになった亀よろしくまだ放心してる。
「さっさと起きろ! 走るぞ!」
現状に気持ちが追いつかないのか、うまく動けないでいるクラインを叱咤して走り出す。大部分は防砂着が庇ってくれたけど、擦り傷・打ち身ばかりは防ぎようがない。
じんじん痛む体を鞭打って走ろうとしたっていうのに、ものの10歩も行かないうちにあの暁とかいう魅魎が前方に舞い降りた。
まるで羽毛のように体積に比例した重さというものを一切感じさせない優雅さで、砂から数のところに浮いている。
「先のをわすとはな。少しばかり感心してやったぞ。
だがどうした。何もしないうちから早くも退却か?」
うたうような耳に心地よい声音。
中級魅魎は見るのも聞くのも初めてだけど、 下級魅魎のただ野太くて獣がぐずってるような鳴き声とは天地の差で、くやしいくらいきれいで、知らぬうち心が引きつけられる。
でも、だからといって魂まで骨抜きになるほどぼくらは阿呆じゃない。
「勇んでここまでやってきたものの、いざこのわたしを前にしてきさまらが戦意を喪失するのは当然。わからないこともない。
だがしかし、それではあまりに虫がよすぎはしないか?」
などなど。つらつら澱みなく並べられる口上に、嘲りと、そして見下しが含まれているのも気付かずいつまでもぼーっと腑抜けてたりするようなやつなら、資質なしと最初っから見限られてる。
ぼくは自分を軽んじられてることにすっかりムカついてたし、それはクラインだってそうだろう。
「だったらどうだっていうのさ」
仮面同然のおきれいな顔を下からにらみつけ、腹に力をこめて反論した。
ちくしょお! 震えるな膝!
「あんたの魂胆はわかってるよ。 退魔師につけられた傷は、同じ退魔師によって償ってもらおうとかなんとか言おうとしてるんだろ。でも本当は、腕を修復するためにぼくらの生気がほしいんだ。
かっこつけたってみえみえなんだよ」
言い切ったところで暁の右眉が震えたのが見えた。 でもぼくの口は止まらない。
「あんたの自尊心が代替品を弄ぶことで癒されるほどチャチなものであろうと、ぼくには知ったこっちゃないけどなあ! せっかく痛い目みたんだ、毎度毎度思いどおりにならないことぐらい学習しとけよっ!」
魅魎相手に喧嘩を売るという、最低最悪の宣言と同時に連鎖を夜空に向かって投げつけた。そのままにしてたら暁の頭上を越えてたに違いないそれに指で指示を送る。
思った以上の速度と角度で方向を変え、小さな弧を描いて連鎖が暁の喉と左手首に巻きついたのを確認した直後、ぼくは後ろにあるクラインの気配にむけて叫んだ。
「今のうちに全力でこの場から離れろ!」
「なに言って――おまえ死ぬ気か?」
「だれが! 死にたくないから言ってんだよ! 行って、教え長たちを呼んできてくれ!」
それ以外助かる可能性はない!
下級専門の、しかも出立もしてないガキ2人に何ができるって?
ここから養成所まで走って1時間。騒ぎを聞きつけて向こうからやってきてくれるのを期待するくらい望み薄なのはわかってるけど、でも、しないよりマシだ。
「それで相談はしまいか?」
さも待ってやってたんだぞって余裕振り撒いての言葉に、連鎖の締めつけを強化する。抵抗ひとつ見せずされるがままのくせに、効いてる様子は全然ない。
「では見せてもらおうか。 きさまのたたいた大口が、はたしてどれほどのものか!」
瞬間ぼくの連鎖は目に見えない力で寸断され、砂上に飛び散った。
驚く間もなく彼を包む気の流れから第二波を予測し、その場から飛びのく。寸手のところでかわした火柱の連続攻撃に息をついたのもつかの間。その一瞬をついて真上から飛来する黒球にぼくが気付いたときにはもう、すぐ目の前に迫っていた。
覚悟する間なんてあるわけない。避けきれないと悟り、ただ目を見開いて目前に迫った死に全身を硬直させたぼくと黒球の間に、思いがけず何かが割り入った。
影がよぎり、 熱風が一瞬前髪をなぶる。
「クライン!」
ぼくを庇って球が消滅する際の熱風のほとんどを受けたのは、クラインだった。
「訓練生のくせに、候補生よりしゃしゃり出るもんじゃないぜ」
火傷を負った頬を歪ませて、肩越しに笑う。
「なっ、……ぼくの言ったこと聞いてなかったの!? 助けを呼びに――」
「ならおまえが行けよ」
「ぼくにはここへ誘った責任ってものが――」
「たかがそんなんで納得してたら、女見捨てて逃げた腰抜け野郎と、いい笑い者だ」
……………………えっ……?




