第6回
「こっち側にいてもいいんだけどな。おれたちの方から出向いてやんないと、魎鬼のやつら、おれたちを警戒して出てこないに決まってるしなあ。
なんたっておれたち、退魔師候補生だし」
とかなんとか、バレバレのカラ元気をふかしながら、率先してクラインが崖を登り始める。
「ばーか。こっち側にいたっていつ現れるか分からないからだろ。それにぼくは候補生じゃなくて訓練生――ぶっっ」
言葉を返しつつ、足元見てた顔を上げたら、いきなり大きな靴底らしき影が鼻先に出現した。
「なに止まってんだよ、早く行けよっ」
「……訓練生……?
だっておまえ、出立年次生だって……」
信じられないものを耳にしたという顔でこっちを見て、おそるおそる言ってくるクラインに、しまったと口元をおおう。
要らぬ失言。
けど、もううここまで来たら、何言ったってかまうもんか。
「そうだよ、6年目だもの。ただ、最終実技に受かってないってだけ」
「って、ええーーーーーーーーーっっっ!!!」
「うるさいばかっ! そんな大声を出すなっ」
案の定、目を見開いて絶句したクラインはショックのあまり石化して登るのをやめてしまったので、しかたなく迂回して手を伸ばす。
頂上の縁が、目いっぱい伸ばした指先に触れて、あと2回くらいで上に出られることが分かった。
「さ、詐欺だ、そんなの……。
だっておれ、おまえが出立年次生だって言うから……」
ああうるさい。まだ言ってるよコイツ。
ぶつぶつ独り言をつぶやいてるクラインの言葉は、思ったより耳に痛くてしようがない。
「役に立てばいーんだろ、役に立てば!
言っとくけど、ぼくだって、 ザーハにいたころは、いっつ、も――」
しゃべりながら登っていたぼくは、頂上に頭を突き出したそこで言葉を失った。
氷像になってしまったように一瞬で体がガチガチになる。
「なんだよ? おまえこそ、急に止まって。さっさと上に上がっちま――」
と、硬直したままのぼくをうさんくさいものを見る目で見ながら避けて、横からクラインがどっかり右の膝を乗り上げるのが視界の隅に入ったけど、いまだショック状態から抜け出せずにいたぼくは、その自殺同然の行為を止めることができなかった。
そしてぼくと同じく、途中で話すのをやめたところからして、クラインも、血の凍った思いで青ざめているぼくの気持ちがよく理解できたに違いない。
頂上にいたそれを目に入れた直後。やっぱりクラインもカチコチに硬直していた。
そこにいたのは魎鬼にあらず。
ちょうど向かい側の岩のでっぱりに腰かけていたのは、なんと絹糸ほどに細い朱金の光で全身を包んだ黒髪の男で、しかも角膜との境もわからないくらい真っ暗闇の両眼をしてるっていったらあんた、中級魅魎以外いないじゃんかーーーっ。
ぼくたちそろって大パニック。
『な、なんでここに中級がいるんだよっ。魎鬼だろっ? 魎鬼がいるんだよなっ?』
『ぼくが訊きたいよそんなこと!』
『訊きたいって、おまえが言ったんだぞ!』
『だってだって、まさかこんなっ』
『魎鬼だって言うからきたのに、これじゃ話が違う! 魎鬼を出せ! 出してみろ!』
『そんなぁ~』
みたいなことを、身振り手振りで話しあう。
とにかくこのとき、ぼくらはほとんど半泣き状態だった。
ぼくらは下級魅魎専門の退魔師で、その中でも成績優秀とは言えない、落ちこぼれ組。ぼくらの能力じゃ中級魅魎を相手にすることなんか、絶対不可能だとお互い分かりきってたからだ。
当然ぼくのたてた目論見なんて総崩れ。
『と、とにかく、下りよう。向こう向いてるし、気付かれてないかも。
そっと、気付かれないように……』
と伝えて、クラインがそれに従いぼくと同じ足場に足を降ろしたとき!
がららん、と足場の一角が崩れて、崖下に落ちていった。
もう『どっひゃー』もんの『ひええぇっ』もんだ。
カランカランと転がり落ちてく音に、さーっと、死にそうなほど血が下がる。
あぁ、もうどうにでもしてー、と、すっかりくじけて場を投げかけたぼくの気を立ち直らせたのは、すぐ近くで起きた砂を踏む足音だった。
「ほう。こりもせず、また魎鬼どもがあわよくばおこぼれをどやってきたかと思えば、人間が2匹か」
……ひっ! ……ひえぇぇえぇえーーーーーーっ。
これってこれって、もしかしなくてもあの魅魎〜っ?
今さら状況は変わりっこないのに、こ、怖くて顔が上げられないよぉ……っ。
怖さのあまり、目尻に涙浮かべて靴先ばかり見ていたら、いきなりぼたぼたと黒い液体が靴の横に降ってきた。
地に触れるやいなや蒸発していくそれは、間違いなく魅魎特有の不浄な黒い血なんだけど、その量が半端じゃない。
要らぬ好奇心に負けて、つい、そろそろと目を上に向けて出所を探ったら、なんと左腕が二の腕からビシバシに裂けていた。これが人間なら絶対修復不可能、肩口から切り落とすしかない。それどころか大量出血でショック死してておかしくないってくらいだ。
なんたって、露出した骨の一部まで削げてひび割れて、血管と一緒に筋肉がベロリと垂れ下がってるんだ。
刀傷なのは分かるけど、いっそ両断されてないのが不思議なくらいの深手なんだよ!
「ふん。まだガキだな」
痛みのためか、はたまたぼくらへの不快感からか。穴のような目を細めて冷静な声で告げる。
容姿に相応した、その類いまれな美声を耳にした瞬間、ぼくは我に返った。
――クライン!
すねを蹴っ飛ばし、ついさっきまでのぼくみたく、魂が抜けたように半口開けてぼーっと魅魎を見ていたクラインの注意をぼくへ向けさせる。
「いてっ。
な、なんだ?」
相手は手負いだ。しかも修復にてこずるほどの重傷を負わせられるのは退魔師以外ありえない!
としたら――――
ヘタに刺激しないよう、目線と手振りで必死にそれを伝えていたぼくだけど、結局それは徒労に終わってしまった。




