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魔断の剣12 月の夜からはじめよう  作者: 46(shiro)


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第5回

 これ以上続けたくなくて、かなり強引に話題を変える。 でもクラインはその不自然さを不審がるより内容の方に気を奪われたらしい。耳にした一瞬で目の色が変わったのがはっきり分かった。


「どんなっ!?」


 ずっとぶすったれてた表情がうそのように消えて、全身聞き耳状態になってる。


 ほんと、単純馬鹿というか根っから正直者というか。何考えてるか、そっくり顔に出るやつだな……。

 ま、そっちのほうがぼくには断然都合がいいけどさ。


 溺れる者は(わら)をもつかむ、の見本のようなクラインに向かい、ぼくは内心Vサインを出しながら説明を始めた。



◆◆◆



『行動は、決意したなら迅速に』をモット―とするぼくは、その夜早速実行に移すことにした。


 就寝の見回りが通りすぎるのを待って部屋を抜け出し、クラインから聞き出したイルディカの部屋へ忍びこむ。


『つまりさ、彼女に権利を手放す気を起こさせればいいんだよ。「クラインといつまでも一緒にいたいわー」とか言わせてさ』


 という言葉で切り出したぼくの提案は、大まかに略せばこういうものだ。

 1.砂漠へ出る。

 2.うわさの魎鬼を退治する。

 3.その証拠となる、西の崖にだけ咲いているルルフォスの花を持ち帰ってイルディカにプレゼントする。

 4.西の崖の魎鬼を退治したのがクラインだと、イルディカだけ分かる。


 これで万事解決するほどあの女が単純思考の持ち主とは思えなかったけど、こういう『何がなんでも』というときにはとかく目がくらんでしまうものだ。


『まぁ。じゃあ今みんながうわさしている、魎鬼を全部退魔したすごい人ってあなたのことだったのね』


 とか感動して、きっとあんたのこと惚れ直すよ、と言ったらホイホイのってきた。

 ほんと、単純ばか。


 問題は、出立先が未定の候補生は剣の所有を禁じられてるということ。当然クラインは持っていない。

 勝手に備品の真剣を持ち出したりすると、バレたとき、きっと罰だの反省室行きだのではすまなくなる公算が大きい。退学も十分あり得る。それは洒落にならない。

 第一、保管が厳重だから現実的に考えて盗み出すのは不可能だ。


 退学になるかもしれない、とクラインもいったん及び腰になったりしたけど、イルディカの剣を拝借すればいいと言ったら彼女の剣に触れられるのかと有頂天になった。――ますますばか。


 ぼくの目的は、もちろん封魔の練習だ。


 ぼくだって崖っぷちなんだ。 次の試験に失敗したら、今度こそ間違いなく退学。6年かけた苦労が全部水の泡、だ。こうなったら少々無茶してでも試験までにできるだけ多く数をこなして、なんとか失敗する理由を見つけて対策を考えなくちゃ!


 高給もらって左うちわで生涯暮らすか、一般市民に戻って1から出直しするかの瀬戸際で、多少の危険がなんだって?

 前者のためならなんだってやっちゃうよ、ぼくは。


「ほら受けとりな」


 暗闇の中、待ちあわせの門の前で居心地悪そうにうろうろしてる人型の影を見つけて長剣を放る。それをあぶなっかしく受けとったクラインは、相手がぼくと確認して、ほっと息をついていた。


「なにおろおろしてんだよ。 これからだっていうのにもう腰ひけちゃってるじゃんか」

「んなこと言ったって……おまえ、怖くないのか?」


 なんて、ひそひそ訊いてくる。目も、周りにあるかもしれない人目を気にして、あちこちさまよってて。

 イルディカに冷たくあしらわれた危機感からぼくの提案を妙案と飛びついたものの、あれから時間がたって、いろいろ見えるようになってきたらしい。

 今ならまだ間にあうんじゃないかと、弱腰になってるのを見抜いて、ぼくは剣を抱いたクラインの手を押しやり、叱りつけた。


「寮抜け出した時点ですでに規則違反してるんだよ。ここで戻ったりしたらそれこそただのマヌケだぞ! そんなデカい図体して、ぼくより度胸がないなんて、なさけないと思わないの?

 いつまでもうだうだ言ってないで、さっさと行って今夜の分こなしてさっさと帰ってこよう! ドジさえ踏まなきゃだれにも分かりっこないんだから!」

「でも……」


 あーうるさいっ。こんなとこでぐずぐずしてるほうがよっぽど危ないんだよ!


 目をつりあげてまくしたて、以後有無を言わさず門をのり越えさせると尻を蹴らんばかりの勢いで西の崖目指して走る。


 紅砂をまるで血みたいな赤に変えた月が、ぼくの故国では不吉とされていた半月であることに、迂闊にもこのときのぼくはまだ気付いていなかったのだった。



◆◆◆



 西の崖は、養成所からそう遠くないところにある。紅砂が長い年月をかけて作りあげたそれは、まるで弦をしぼった弓のように反った形で、周囲には死角を作るような岩もこれといってなく、崖を背にすればどこから魎鬼が現れても一目瞭然でかまえがどりやすいことから実習地としてもよく使われていて、当然ぼくもクラインも経験済みだ。

 だから、目を線になるほど細めて崖の斜面を見渡しながらの


「魎鬼がねぐらにしてるのはおそらく向こう側の斜面にあいてる穴だな」


 というクラインの言葉には、ぼくも素直にうなずいた。


「それも中央部だね。岩が邪魔して朝陽も西陽も直射じゃ入らないし、入り口は狭いけど中が広い穴がいくつかあるもの」


 とはぼく。クラインも同意する。

 じゃあその穴には近寄らないよう、端っこの一番低い所をのり越えようという無難な案でぼくらは意見が一致した。


 魎鬼の群れというのは野生の獣とかが作る集団とは基本的に違って、単独行動の集まりだ。

 捕食して常に生気を補充していなければ消滅してしまうことへの本能的忌避からくる、『喰う』衝動しか持ち得ない彼らの知能じゃ団体行動による利点・合理という言葉は理解できない。

 砂海を徘徊しながら一時的な餌場とした地でもっとも住み心地のいい場――直射日光が届かず常に湿気のある穴がこの辺りだったというだけだろう、というのがぼくの出した結論だ。


 ぼくは最初から完全な退魔が目的じゃないし、クラインが事の重大さに気付きはじめてびびり出すのも計算のうちだ。やせがまんで「早く出てこないか」とか強がりを口にしながら前を歩いたりして てるうちはまだいいと、ぼくはぼくで崖に到着するまでの間、腰からさげた袋に入れてある連鎖を再度点検していた。

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