第4回
「呼ばないで! 今日という今日は愛想が尽きたわ!
そもそも顔がいいからあんたの申しこみだってOKしたのよ。なのになによ、そのふやけた態度は! ここで付き合ったらこうなることぐらい、分かりきってることじゃない!」
「でも、俺のこと好きだって……俺といると楽しい、って……」
「ええ、好きよ。楽しかったわね。でも、それもここにいる間だけのこと、所属先が決まったらそれまで。「おめでとう」を言い合って、きれいに別れるのがセオリーよ。
なのに引き際も分からずいつまでもうだうだうだうだ相手につきまとうなんて、あんたくらいのものだわ」
「そんな――」
「黙って!
無駄よ。今あたしが言ったことが理解できないのなら、これ以上あんたと話すことなんか何もないわ。
出立が決まってあたし忙しいの。今だって発注しておいた破魔の剣の受けとりに行こうとしてたところなんだから。
これ以上つきまとったりしたら、真っ先にその首たたっ切るわよ!」
うーん、こりゃキツい。正論パンチでたこ殴りだ。
だけど、ここまで言葉にしないと分からないんだから、しかたないよな。
以後、女は男が何度名を呼んでも無視を貫きとおし、歩調ひとつ乱さないでさっさと曲がり角の向こうへ消えてしまった。
とり残された男のほうはというと、ぼくのいる木に手をあてて、がっくりうなだれている。
カンペキ、自分の不幸にひたってるって姿だ。おかげでぼくも降りるに降りられなくて、早く立ち去ってくれないかなぁって漠然と考えてた、まさにそのとき。
むくむくと入道雲のように頭の中にとある計画が浮かんできて、それが形になるかならないかのうちにぼくはもう声をかけていた。
「おいあんた。大丈夫か?」
できるだけ声に同情心を込めて、男から一番近い枝へと移る。
声の主を求めて周りを見回していた男は、葉擦れの音に初めて頭上のぼくの存在に気付くと、目許をこすりながら見上げてきた。
それには気付かないフリをして、男の鼻先でつま先をぶらぶらさせる。
「美人だけどずいぶんきつい女だね。
あんたの彼女?」
よっ、とかけ声をはさんで地面に着地する。
そうして前に立ってみてあらためて思ったんだけど、まあこの男のでかいことでかいこと。
見下ろしてたときから分かってたことだけど、まさかここまでとは思わなかった。ぼくが胸までもないじゃんか。
「あんたデカいなぁ」
口をついて出た言葉に、途端それまで呆けてた男の眉がムの字形になる。
「おまえがチビなんだ」
あれ? いきなり不機嫌になったぞ?
「たしかにぼくは標準より少し小さいかもしんないけど、あんたは立派に標準より大分デカいよ。
まあそんなことより、さ。耳寄りな話が――」
「クライン」
ぐい、と親指で胸をさしながら言ってきた。
まるっきりぼくの言葉なんか聞いちゃいないって態度だ。さすがにこれにはぼくもいささかムっとくる。
「クラインだ。初対面の年少者にあんた呼ばわりされる筋合はないぞ」
「年少者、って、あんたなぁっ!」
ぼくは最上級の出立年次生だ!
そう言い返そうとした先をふさいで、またも男が言う。
「おまえ、ひとが名のったら自分も名のるのが礼儀ってものだぞ」
……全っ然ひとの話聞いちゃいねえ。
なんだよこの超エラそうな態度! さっきまでとずいぶん違わないか?
「へーえ、ぼくを知らないんだ」
そういう態度に出るならと、こっちもけんか腰、つっけんどんに言ってやる。
全然威張れたことじゃないけど、ぼくはけっこう有名な存在なんだ。 ザーハから転落してくるやつがいるって、半月も前からいろんなうわさが飛んでたってデュイは言ってたし、(だって、普通最終実技試験に20回も落ちるくらい見込みのないやつなら、絶対その前の3カ月ごとに行われる昇級・適性試験で落ちてるからね)廊下ですれ違うほとんどのやつが振り返ってまでぼくを見てるんだもの。
なのにコイツ、ぼくを知らないって?
「どうした? 自分の名前も言えないようじゃ、たいしたやつじゃないな」
ムカ。
「言えるよ!」
噛みつかんばかりに断りを入れたあと。憎ったらしい仏頂面を睨み上げて、ぼくは胸いっぱい空気を吸いこんだ。
「リシ・デ=ランテール・エル=ソイ・イルヴァ・ キルネシテス・カデナ・ヒルファス・ギィ・セゼリアカ・サナリス・コウ・セキラス・アイルキザナっ!
どうだ! まいったか!」
何にまいるのかなんて知らないけど、とにかくそう言ってふんぞり返る。
語気に圧されてか、男ははじめのうち、毒気を抜かれた顔してぜいぜい肩で息するぼくを見てたんだけど、目に光が戻ったと思った瞬間、ポンと手を打った。
「姓があるってことは、おまえ貴族か。
『サナリス』ってたしか南のほうの国の上級貴族の尊称で、『コウ』が10番目って意味だっけ。『セキラス』は王族の子女子息にしかつけられないはずだから」
こいつ、王室マニアだったのか……。
ふんふん一人納得してる男をあきれながら見てると、それまであさっての方角を向いてた目が、いきなりこっちを凝視してきた。
「『アイルキザナ』って、おまえまさか、旧アゼル国王家の――」
「滅んだ国のことなんかどうだっていい!」
言うんじゃなかったと後悔しながら背を向けた。
この長ったらしい名前をいちいち解読しようなんて物好き、これまでいなかったからロにしたんだけど、今はよけいなことをしたって気分だ。
「ぼくのことよりあんたのことだ。
あんた、彼女と一緒の町に配属されたいんだろ? なら、ぼくにすっごくいい案あるんだけどな」
ぼくは肩越しにチラリと男を見ながら、さあ食いつけ、というふうに思わせぶりな口調で告げた。
ここまでご読了いただきまして、ありがとうございます。
リシの名前について。
リシ本人の名前は「リシ」だけです。以下、「エル=ソイ・イルヴァ・ キルネシテス・カデナ・ヒルファス・ギィ・セゼリアカ」までは、彼女の家系図の名前になります。
例えば、リシが結婚して子どもが生まれたと仮定したとき、その子は「〇〇〇・デ=ランテール・リシ・エル=ソイ・イルヴァ・ キルネシテス・カデナ・ヒルファス・ギィ」となります。
(トコロテン方式で7代まで遡る)
ただし、これはアデル国での習わしなので、もう滅んでしまった以上、そうはならないと思います。




