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「"推したい"婚約者」ー推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。ー  作者: 烏賊


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3章「vs麗しきご令嬢」_35話:ことの終わり

某日、某所。いや、ファラデウス軍防衛局のどこかの1室。

裸電球が揺れているだけの部屋は薄暗く、無機質。部屋の扉側の壁を覆う鏡が、光を反射してぬらりて光る。

ファイルを開き証拠品を確かめる尋問官。見張りの伍長はテーブルに向かい、手記を取る。


「それでは。先日の逮捕の際、貴方は抵抗しなかったと担当官から話を聞いていますが、どうしてかしら。ウィリアム班もランドール大佐も動いているなら、結末は想像できる。なら、自主したり、辞めようとは思わなかったのかしら」


尋問官の前の席に座るは元ファラデウス軍の防衛局員、アルフィー・マーシャル。

これから行われるのは、偽アルフレード事件に関する尋問である。


「抵抗に意味などない、から。全て、私にはどうでもよかった。抵抗したいと思いすらない。けど、そうだな。自主しなかったのは、なんでだろう。考えもしなかった。自分じゃあ、もう辞めれなかった。…私を捕まえるのにやけに時間がかかったが、わざとか?」


「えぇ。早い段階から貴方には目をつけていましたが、念入りに調べたいことがあったので泳がせた部分はあります」


「なるほど。おかげで結構苦しんだ。やましいことはしないに限りますね」


卑屈に笑う男に、尋問官は表情を変えることなく話を続ける。


「貴方は、意図的にアルフレード・ランゲ伍長の姿を偽り、婚約者と関係を持った。彼に恨みでもあったの?」


「違う。それは違う。彼女がずっとアルフレード様、アルフレード様と言うから。だから、夢から醒まそうと。そしたら諦めるかと。だけど、実際は。自分は特別だと勘違いするようになった」


「それから?」


瞼を閉じれば思い浮かぶ。彼女が友人と別れた帰り道、声を掛ければ簡単について来た。呆れるほど簡単に騙された元婚約者。


「言われるままに、いや、アルフレードのフリをして口説いて関係を持った。アイツなら絶対にしないことをした」


「ばれる恐れは?」


「ない。だって、彼女とアルフレードは会ったことすらなかったんだ。彼女は話で聞いたアルフレードを王子だと思い込んだ。だから、気づくはずない」


アルフィーの喉から大きな笑い声が出る。彼女の両親は不自由なく育てて来ていたつもりでも、その世界は狭かった。元々人間が生きる世界とは広くはないが、彼女の環境はより限られていた。友人や職場から聞かされた噂や話を真実だと思い込んでいた。

いくら否定しようと、何も知らないのはこちらなのだと、聞く耳を持たなかった。


「彼女に溜まってた憂さを晴らしたかったの?」


「…わからない。止めようも、どうもなくなった。アルフレードの姿で錯覚したのかもしれない。自分に縋る彼女を、初めて見たから」


10歳から付き合いがあったにも関わらず、自分に向けられるのは無関心か嫌悪のみ。好意は不要だと、せめて信用だけでも得たかったが、両親から決められた存在である時点でそれすら叶わなかった。

アルフレードを通して初めて求められた。その快楽、そして喜び。

尋問官との会話の中で、アルフィーはようやく自分の中の淀みを直視した。


「なるほど。令嬢を陥れたいわけでも、アルフレードに恨みを晴らしたいわけでもなかったと。貴方、とんでもないほど中途半端な気持ちで、人生を不意にしたわね」


アルフィーは押し黙る。その表情は己を憐れむ気持ちも、諦める色も滲んでいない。ただただ、疲れが浮かんでいた。


「質問を変えます。貴方はウェンガー伍長らには姿を見せましたが、アルフレード・ランゲ伍長やアンジュ・ブルナー軍曹の前には現れなかった。それはどうして?」


「…本人とは会いたくなかった。ウェンガー伍長たちに姿を見せたのは、彼女たちならアンジュ・ブルナーに話が行くと思ったから。…本当に、自主すればよかったんだな。私は」


最後は空気に消えるように呟かれた。沈黙が降りる。見張りの伍長が帳簿に書く鉛筆の音が、やけに大きく聞こえてくる。


「ちなみにミラ・ブラン嬢の周り、または貴方に関わりのある人物で軍の警備を抜ける隠密が得意な人はいる?」


「…悪いが、軍警備を抜くことができる人材は、それこそ班所属の兵士か特殊工作員の他には心当たりはない」


嘘から真実を照らしだそうと尋問官は鋭く瞳を光らせる。じっと穴が開くほど男を観察するも、彼は嘘をついていないようであった。


「本日はここまでにします。明日、改めて」


彼女はファイルをゆっくりと閉じ、改めて目の前に座る男を見る。

俯き手元を見る男。幼馴染の令嬢とは、本当に性格的に相性が合わなかったと、彼や令嬢の友人たちから証言がある。

会う度に厳しく冷たい言葉ばかりを送られた。長年の付き合いの中、このまま結婚に至ってもお互い不幸なまま。関係を解消した方が良いと、10数年前から彼は家族に婚約を解消したいと相談していたが、昔ながらの約束を羽子にするなど両親たちは冗談だと取り合ってもらえなかったのだとか。

事業を継がず軍に入隊したのは彼らへの意思表明であったが、結局意味を成さず。2人とも良い年を迎えても結婚には至れず、ずるずると婚約関係を続けた。

調査では彼は実に頼りになると評判が高い。アルフレードに化けている時も、難しい外郭投影を一切ブレた痕跡もなく、また他の魔術も並行していた。優秀。その評価に間違いはなかった。


彼も令嬢も、状況を打破しようにも術も力も持っていなかった故の地獄的結末。


「アンジュ・ブルナーはどうしてますか」


立ちあがろうと椅子を引く寸前、男は引き留めた。尋問官は今日1番厳しい表情で男を睨む。


「聞いてどうするの?」


「もし、彼女が気にしているなら。何も悪くないと伝えて欲しい。まさか本人に喧嘩を売りに行くとは思っていなかったし、会場まで乗り込むなんて」


自殺行為だ。その言葉に、彼女も頷いた。しかし彼の言葉にアルフレードは含まれていない。追求すれば、力なく笑った。


「…アイツは、宝が傷つかないなら他は気にしない。けど、そうだな。もしよかったら。ただ一言、伝言を伝えてくれないか」






後日。セレストからアルフレードに、一通の手紙が手渡された。


「読むかどうかは貴方次第よ。本当は伝言を頼まれたのだけど、伝えるのが難しかったから。手紙にして貰ったわ。大丈夫。呪いとかはかかってないのは確認してるから」


厚みの全く感じられない真っ白な封筒。閉じられていることを示したばつ印がやけに目立つ。

セレストも、彼女の弟のように要件が終わると颯爽に立ち去ることがあるが、今日は止まり気になることを聞く。


アンジュは2日寝込んだ。夜会から2週間だった時だ。


しばらくは元気に過ごしていた彼女であったが、夜会の出来事について、無意識のうちにストレスを抱え込み、過去の出来事が反芻された。

休んだ2日のうち、最初の1日は出勤日。その日は明らかに様子がおかしかった。アルフレードがいなければ、無理矢理出勤していたに違いない。アンジュ・ブルナーはそういう娘である。

こういう場合、優しい言葉をかけるよりも冷淡に現状報告した方がアンジュには効く。淡々と諭すアルフレードの説得を聞き入れ、休んだ。無遅刻無欠席であった彼女が、初めて体調不良で有給を消化した。徐々に普段通りに過ごせている。


ごめんなさい、やめて、ごめんなさい。


うわ言を呟き、涙を流す彼女がいかに今回の件にストレスを感じていたのかよくわかる。


「結局、誰が苦しめているのか分からないわね。貴方がそばにいてくれてよかったわ。私たちの前じゃ、もう泣きもしないわ」


「家族だから見せたくないんですよ」


「心配だけでもさせて欲しいものよ」


「俺がやれば…」


顔を伏せたアルフレード。セレストは彼の腕を強く叩く。


「決闘は当人同士がやらなければ意味がないわ。そして裁判官役に大衆と、検事役の私と大佐。熱が冷めて証拠を受け入れたし、貴方の本心が刺さったのよ。…あの子を、よろしくねアルフレード」


その一言を最後に、セレストは立ち去った。ふわりと彼女の周りに契約する精霊たちが姿を現した。精霊遣いでもある彼女は、属性の違う4体と契約している。その内一体はポエテランジュの子、長女アヌ。彼女は振り返るとアルフレードにお辞儀をし、セレストの後をついていく。彼女たちはあと数日は中央にいる。令嬢の件についての、西の代表として。召喚公である兄のサポートは彼女が担っているのだ。アンジュの元にいたいが、今はそっとしておくべきだと離れた場所から見守っている。

後ろ姿は実に、彼女の弟に似ていた。アンジュにも。あぁ姉弟なのだと、当たり前なことにアルフレードは思った。





アルフレードはどこで読むか散々悩み、結局すぐ近くのベンチに座ると手紙を開いた。人気のない場所で読むのも、アンジュの側で読むのも気が引けた。日にちが経つと封を開けるのも恐ろしくなると、早速封を切る。封筒と同じ真っ白な紙には、たった2行だけ書かれていた。



アルフレードは一瞬大きく目を見開くとすぐに瞼をきつく閉じ、天を仰ぐ。その言葉が、何を思っての言葉だろうかと。憎しみか、皮肉か、呪いか。


いや。


アルフレードは頭を下げる。瞼は閉じたまま、固く唇を結ぶ。手紙を持つ手には力が入り、くしゃりとシワがついた。


感謝に、申し訳なさと、やるせなさ。そして、願いに決意。




顔を上げるや否や呪文を唱え、途端、手紙は燃え始めた。煤となった、だったものを払い、アルフレードは思いのままに駆け出した。

ー彼女に関わらせてしまって申し訳ないと伝えて欲しい。

 2人の幸せを祈っている。


 アルフィー・マーシャル

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