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「"推したい"婚約者」ー推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。ー  作者: 烏賊


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3章「vs麗しきご令嬢」_20話①:とある少女の昔話

これは、ほんのすこし前のお話し。


ちいさなちいさな少女は、幸せであった。


誰よりも大好きな母親がいたからだ。彼女の母親は、実に賢く、優しく、美しい女性であった。少女の疑問には何でも答え、勉学に励む女性で、物腰柔らかな態度は使用者人たちからも非常に親しまれた。

少女は勝気な性格で、言葉使いや態度が荒い時があった。時に厳しく叱られたが、自分を想っての言葉は、正しく届いた。


かわり、とは言ってはならないが父親とはあまり仲が良くなかった。屋敷に帰っても自室に篭り、ほとんど外で過ごす。母親に悲しい顔を浮かべる原因である父親が、嫌いであった。


だが些細な事だ。

大好きな母親と、信頼できる使用人たちがいればいい。

だから、少女は幸せであった。



しかし。

母親が病気で亡くなってしまってからは、地獄のような日々へと変わってしまった。

父親が、すぐに新しい女性を屋敷迎え入れたからだ。彼女には子供があり、少女と同い年。父親は女性とその子供ばかりに構い、少女を蔑ろにした。

幸せな思い出が塗り替えられていく。

母親の部屋も屋敷も、後からやって来た彼女たち好みへと染まっていく。少女を庇う使用人はクビにされ、放って置かれた。食事も1人で食べ、量も少ない。服もずっと同じ。育ち盛りの身体に合うよう、見繕わなければならなかった。湯汲みも自分で行うため、適切な手入れもされない。

それでも少女は気丈に振舞った。弱みを見せれば、手元に残った母親の形見が奪われとしまうと思ったからだ。彼女たちが優しく声をかける時、その瞳の奥で宝を狙う疾しい色が窺えた。少女が拒否すれば、たちまち態度を変え、いじめてくるのが何よりの証拠であった。



女の子は必死に耐えていたが。

小さな心では、ある時、限界が来た。


『もう、1人はムリだ』


祖父らの元へ行こう。


優しい母方の祖父たち。父方も大切にしてくれているが、今はどうしても信じられなかった。


陽が昇ると同じ時刻、少女は荷物を纏めて屋敷を出た。大切な母の宝物だけを持って。祖父たちが暮らす西区へ向かったのだ。


少女の名はララ。

たった5歳の、あまりにも幼ない女の子。





家督を譲ってから、ララの祖父母はブルナー領へと住居を移した。中央から西へ向かうには、列車に乗らなくてはならない。

まずララは相応しい格好に着替えた。子ども1人だと知られれば、命に関わる事件に巻き込まれると母親に教えられていたからだ。さらに女の子だと分かれば、もっと危険な目に合うと。

少年に扮し、色も茶色で纏める。初めて1人で列車に乗る。片道5時間。以前は母親や使用人が付き添ってくれた思い出を振り返る。子供だけだとバレない様に、お使いのふりをして大人と子供の券を買う。すぐに貯めていたお金は心許なくなった。

席には座らず身を隠せる場所でじっとする。お腹が空いても、喉が渇いても我慢した。

目を瞑り、母親との楽しかった出来事を思い出しながら到着を待った。

朝早くから活動したこともあり、西区駅に到着した時にはすっかり眠っていた。


『なにこれ』


目覚めたララは、物珍しいものに首を傾げる。荷物カバンに、ぬいぐるみが置かれていたのだ。何度も直されたのか、当て布が施されたくたびれた熊のぬいぐるみ。

誰かの忘れ物だろうか。心当たりのないララは、ぬいぐるみを駅員に届け、駅を出た。


1年ぶりにきた西の土地は、花祭りで賑わっていた。よく見れば、人間よりも幻獣種の方が暴れている。


『迷っては危ないの。春の間はこれを身につけなさい』


昔母親に渡されたブローチを身につける。これで彼方の世界へ迷っても、向いが来る。母親の知識に、ララは感謝する。

さあ、目的の場所へ向かわねば。カバンを持って、引きづらない様に馬車乗り場へ。

横を親子が通り過ぎる。胸が痛くなる。



それも、後少し。


なのに。


「見つけた。探したんだよ?」


男に抱えられ、あっという間に路地裏へと引っ張られた。


「まったく、手を離しちゃダメだって言ったのに」


知らない男は、心配する我が子を探し出した父親の様にララに声をかける。優しい言葉と裏腹に、掴む手の力はとても強く、口元を塞いでいる。

ララはパニックになっていた。全身の毛が逆立ち、本能が逃げ出せと告げている。暴れようと必死にもがくも、到底敵わなかった。

母親の言う通りだった。必死に隠しても、バレてしまうのだ。1人では、子供では敵わない!このままどうなるのか、いや、どうなってしまうかなど考えたくもない!



(誰か!嫌だ!助けて!たすけて!たすけて!たすけて!たすけて!たすけて!たすけて!こわい!だれか)







(お母様!)






『なにしてるの?』


場所に合わない、子供の声が聞こえてきた。

男はゆっくりと、声のした方へ身体を向ける。背中に隠されたララには、姿がよく分からなかった。


『………娘とはぐれちゃってね。ようやく見つけたんだ。全く困った子だよ。…お嬢ちゃんも、迷子かな?』


男は声を掛けた子も狙っているのだと、ようやく気づいたララは、声の主に逃げるように叫ぶ。しかし相変わらず塞がれた口は、うまく動かない。


『ちがうよ』


『そっか。近くに親御さんがいるのかな?連れてってあげるよ』


『その子、迷子じゃない。違うって、この子が言ってる』


ぞわり。

途端に、とてつもない、圧を感じた。悪寒と気持ち悪さで全身に脂汗をかいているにも関わらず、今度は足先から冷える恐ろしさ。

男は何か気持ち悪さを感じ、周囲を見渡した。無数の、目。その夥しい数に、異変にようやく気付いた男は恐怖のあまりにたじろいだ。


『フィ!今だ!』


ドッ!

男の顔に、何かが突進。後ろに勢いよく倒れ込んだ。突撃した何かはバサバサと蠢き、執拗に攻撃する。囲んでいた瞳も、一斉に男に襲いかかる。激しい猛攻に、男は払い落とそうと必死に抵抗する、荒い声を上げ、ジタバタと地面を転げ回っている。

放り投げられたララの身体が不意に浮かぶと、声の主の元へ場所を移された。


『大丈夫?怪我は?』


優しい声に、ララはようやく子供の姿を認めた。女の子と男の子。2人とも心配そうに伺っている。

女の子の腕の中には、熊のぬいぐるみがあった。忘れ物だと駅員に渡した、くたびれたぬいぐるみ。


『あぁぁああ!あああああ?!』


止まぬ攻撃から身を守ろうと、男は路地の奥へ走り出す。逃げれるわけない。次元概念が違う彼らを。

決定打だと、男の足元からうねうねとえだが生え、男の身体を巻き込んだ。

目の前には立派な、一本の木が生えていた。


『逃すわけないだろう』


影が落ちる。ララは見上げると、前を厳しい目で見るスーツの男がいた。


『私たちの土地で、汚らしい事をしないでもらおうか』






『アンジュ、コトレット。人助けは立派だけど先に大人を呼びなさい。何かあったら、父さんは犯人を殺めるところだったんだから』


『あなた。子供の前で物騒な言葉は使わないで』


『ごめんなさい』


助けてくれた子供を叱っていたら、逆に叱られた大人。

真っ白なスーツ。

癖のある茶髪。

菫色の瞳。

側に控える、美しい毛並みの精霊。


((しょうかん、こう))


母親や祖父母から聞いていた、西の統治者であるデュドネ・ブルナー。

つまり、横にいるのは大精霊ポエテランジュ。伝説を作る男と噂だが、子供たちー女の子はアンジュ、男の子はコトレットである。いつの間にか彼らの兄姉らも来ていたーの横に並び、駆けつけた奥方に怒られている姿には威厳のかけらもない。


『これ、あなたの?』


叱られている子供たちの姉に、カバンを差し出された。ララは慌てて受け取ると、中身を確認する。


『よかった、よかった…』


壊れた物も失った物もない。ポロリと、一筋涙が溢れる。


『召喚公。この子は保護でよろしいですか?』


『うん?そう、だね。…君は、西の子ではないね?』


『あ、わたし…』


ララは自分の立場を思い出した。自分は家出中なのだ。子供1人で、さらには事件に巻き込まれた。話に聞いた通りの親切な彼らなら、親元へと引き渡すに違いない。

折角助かったのに、地獄には戻りたくない。


『はい、ふかふかともふもふ』


顔を真っ青にしていると、女の子…アンジュに乱雑に手渡せれる。思ったよりも重く、温かみのあるそれらは、小さな精霊3匹であった。2匹はポエテランジュが手のひらサイズまで小さくなった姿で、1匹はフクロウの姿である。


『ポエテランジュの子たち。サンとセフ、セツ』


紹介された精霊らはララに向かって手を伸ばし、挨拶をする。腕の中の温かみに呆然としていると、『ララちゃん、でしょ?』とアンジュに名前を確認された。


『え』


『ウェンガーおじいさま方の、お孫さんだよね?この間、写真見せてくれた子と同じだよ』


コトレットも合いの手を入れる。

会ったばかりの彼女たちから、自分と祖父母の名前が出てくるとは思ってもいなかった。ララは目を丸くして、アンジュとコトレットを凝視する。


『おじいさまのこと、知ってるの?』


2人は頷いた。腕の中にいるポエテランジュの子らも陽気に鳴く。


『ウェンガー老の?中央に、一人娘が残してくれた自慢の孫がいるって話していたが。…そうか、なるほど』


なぜ子供1人、それも男装しているのか。年に似つかわしくない痩せた頬や、貴重品ばかりが詰まったカバンから色々と察したデュドネは、相棒の名を呼ぶ。契約者の意図を汲んだ賢い大精霊は、1つ頷くと姿を消した。


『彼女が、おじいさま方を呼びに行ってくれた。安心なさい。飛んで駆けつけてくれるよ』


『ここで待ちましょうか。1人にするわけにもいかないけど、よく知らない人と場所を移るのも怖いでしょうし。ここなら人目が沢山あるから』


話がとんとん拍子に進んでいく。完全に置いていかれたララは、ハンカチを広げたコトレットに手を引かれるままに腰を下ろす。すぐ横にアンジュが、セレストとナディアが目の前に座る。



特に会話もないまま、時間が流れていく。抱いている生き物の温かさがじわじわと伝わってくる。陽が高くのぼり、気温が上がりつつある。それでも風の精霊が涼しい空気を送ってくれるため、暑苦しくはない。いつの間にか幻獣種が集まっており、謎の空間が出来上がっていた。


『日除け持ってきました』


『はい、レモネードだよ』


デュドネと共に側を離れていたセオドアとライオネルが、暑さを凌ぐアイテムを持ってきてくれた。

パラソルの日陰で、冷たいレモネード。手渡されたそれに、本当なら警戒しないといけないが腕の中にいる精霊たちがララのレモネードを口に含むと、次々に機嫌よく鳴く。翼を握り、器用に一つ羽を立たせて、ララに頷いて見せた。問題ないと、レモネードへの信頼を伝えてくれる。アンジュたちも美味しそうにレモネードを飲んでいる。

我慢できず、ララは一気に飲んでしまう。久しぶりの水分に、体の隅々まで生き返った心地だ。


『来たな』


ガラガラガラガラ!


大地を強く蹴る蹄と車の音。馬車が止まるよりも先に、乱暴に扉が開いて中から2人の老人が飛び出してきた。


『ララ!ララ!』


『ララちゃん!』


1番聞きたかった声が、自分の名前を呼んだ。


『〜!!おじいさま、おばあさま!』


ララは立ち上がるとー抱きしめていた精霊を投げ出したが、彼らは見事に着地したー祖父母の胸に飛び込んだ。


『こわかったわよね。無事でよかった…よかったわ』


『あぁ!本当によかった…お前までうしなったら私たちは…』


『うっ、うぅぅ。ごめんなさい、わたし、わたし…!うぇぇん』


涙が止まらない。誘拐されかけたことも、母親、父親と後妻たちのこと…。耐えてきた辛いことも相まって、わぁわぁと泣く。


『皆様。恐れ入りますが、このお礼はまた』


『まずは、お孫さんを優先してあげてください』


祖父に抱きしめられ、馬車に乗り込んだララ。助けてくれたブルナー家族に感謝を伝えたかったが、言葉がうまく出てこない。

彼ら見送られるまま、その場を後にした。


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