2章「vs後輩」_1話
〈主人公〉
アンジュ・ブルナー
アルフレート・ランゲ
〈ウィリアム班〉
ウィリアム・スミス…班長。精霊遣い
ツキヨ・ルナール…副班長。精霊との混血種の末裔。先祖返り
ペーター・ブラッカー…アンジュの1つ下の後輩。狙撃手
〈アンジュの家族〉
セオドア・ブルナー…ブルナー兄妹の3番目、アンジュの2番目の兄
アフ…セオドアと契約している精霊、モモンガの姿。ポエテランジェの8番目の子
『もし彼に本当に好きな人ができたなら、この身を潔く引こう』
誓いを立てても、実際に直面してみると案外ショックを受けるものだとアンジュはしみじみと思っていた。
婚約3年目、晩秋。
木々の葉も落ち、雪化粧で山は真っ白だ。毛糸の帽子とマフラーの活躍が身に染みる寒さに、すぐそこに冬が来ているの感じられる。
アンジュは大きな荷物を抱え、中央広場の一点に釘付けになっていた。
そこには婚約者が女性と2人でいたからだ。
〈辞令〉
ウィリアム・スミス班所属
アンジュ・ブルナー
中央総本部 異動
数週間前に、アンジュが所属するウィリアム班が受けた辞令である。突然の、それも時期外れの異動命令であった。
他国と隣接する国土を管轄する地方支部は、情報戦に長け、有事の際には最前線で戦闘を食い止めれる兵士が重要視される。
ウィリアム班はたった4人だけの構成だが、情報戦も武力行使にも非常に長けている。視察に来た国家代表たちに『ウィリアム班がいれば西は安全だ』と言わしめるほど、西では最重要戦力であった。
そんな班がなぜ中央区へ移動となったのか。
『人事交流と地方防衛技術のノウハウを中央兵士への教授が目的』という聞いたことのない異動理由であった。今まで中央兵が地方へ戦術の教授が重であったはずが、急にどうしたのか。西地方本部長が散々かけあってもそれ以上の理由はなく、異動命令の撤回もない。
アンジュたちは納得はできなくても、受命するしかなかった。
故郷を離れる寂しさはあるが、頼れる仲間も一緒だ。中央区には婚約者や2番目の兄、さらには親友2人もいるためアンジュに不安はあまりなかった。
1番の問題であった住居ー中央に別邸を買おうとした兄姉を止めるのがアンジュは1番苦労したーも、運良く彼女にピッタリの条件のいい一戸建ての物件が見つかり、さらには破格の値段で借りることになった。
アンジュは念願の一人暮らしを始めることになった。
慌ただしく荷物をまとめ、今日ようやく中央区に引っ越してきたのだ。
以上が地方勤務のアンジュが、中央広場にいた理由である。
借家は中央広場の近くにあり、通り過ぎようとした時にアルフレードを見つけたのだ。背の高い彼の隣に、綺麗な赤髪の女性がいたこともありすぐに目に留まった。
(…お似合いだなぁ)
背の高い赤髪の女性。凛々しい顔つきの彼女は美しい。アルフレードと並ぶ姿は神絵のようだ。
ひゅうと北風が吹く。その冷たさはアンジュの心情を表しているように。
(いやいやいやいや)
アンジュは目を凝らし、2人をよく観察した。腕を組んでいるように見えるが、女性はアルフレードの腕を支えにしていると表現した方が正しい。足元を数度確かめるような仕草をすると、女性はアルフレードから離れた。並んで2人は歩いていくも、その距離感は若干遠い。
事前にもらっていた手紙には班員との訓練があると書いてあったため、それ関連だろうと思い直した。
(悲観的に考えすぎ)
アンジュは首を振り、悪い考えを飛ばす。ここ半年、会う時間もないほどアルフレードは仕事に追われている。3ヶ月前に1度、たった1時間だけ会ってからは、手紙や贈り物のやり取りだけが続いていた。
寂しさのあまり悪い方へ考えてしまったと、アンジュは気を取り直す。
引っ越し準備を手伝うために有給を取った2番目の兄も借家に来る予定になっているため、ゆっくりしてられないと、アンジュは借家へ急ぎ歩く。
広場から10分弱で借家に到着し、しばらくすると次兄、セオドアとも合流した。
5人兄妹の3番目、セオドア・ブルナー。軍の警察局に所属している。アンジュに似た髪色と杏色の瞳、常に不機嫌そうな面持ちにアルフレードより少し高い背丈が印象深い青年だ。
肩には、彼と契約している精霊・アフーポエテランジェの8番目の子。両手ほどの大きさだが、意地の悪い性格をしている。食い意地が張っているためふくよかな体型になりつつあるーが姿を現している。片腕を挙げてアンジュに挨拶をしている。アンジュも手のひらを出し、小さな手と触れ合った。
引っ越し荷物は午後いちに届く予定になっている。簡単に掃除を済ませ、兄が持ってきてくれたサンドウィッチを食べて待っていれば、時間通りに荷物は届いた。
2人と1匹は早速、片付けに取り掛かる。力があるセオドアとアンジュで取り掛かれば、荷物運びは30分もかからない。面倒な調理器具や食器類、本や衣服の整理もあっという間に終わり、夕方には荷物を全て片付けることができた。
アルフレードグッズも無事に整理できた。背後でセオドアが微妙な面持ちで作業を見ていることはわかっていたが、本人がいるところではできない。気にせず整理を続け、アンジュは隠匿魔法をかけると自室の奥まったところに収納した。
アンジュにとって大事な宝物は、一度だけアルフレードに見つかった時があった。常時持ち歩いている、軍学校時代の写真だ。アルフレード推し友達が誕生日プレゼントにくれた写真であり、カバンから少し出ていたのをアルフレードが見つけた。『婚約記念に友人にもらった』と半分真実の嘘ー実際に婚約記念でもらったのはアルフレードぬいぐるみ。着せ替えもできる仕様になっているーを付けば、不思議そうに写真を見つめていた彼は信じた。今思い返しても、罪悪感で胸が締め付けられる。
本当は打ち明けた方がいいのだろうとアンジュは今でも悩んでいる。だが卒業後に仲良くなった人間が、実は学生時代から自分を追っかけをしていたなんて知られたらどう思うか。自分に話しかけてくる女性たちを、いつも微妙な面持ちで軽くいなしてきた姿を思い出すと打ち明ける決意も、アイテムを捨てる決断もできないまま今に至る。とにかくアンジュは隠し方を徹底してきた。箱には見つからないよう何重にも魔術をかけ、普段持ち歩いているアイテムも簡単に目に入らないよう普段着やバッグに隠し細工を施している。
写真ケース以来、グッズは見つかっていないため、今のところは問題ない。想定外なことが起こらない限りは。
夕方には引っ越し作業は終わった。
2人と1匹は夕食を摂ることにした。セオドアの奢りである。次兄に連れられたのは、同僚女性に教えてもらったというカフェだ。借家からとても近く、木調の温かみを感じる内装で観葉植物や花が置かれている。食事だけでなくデザートやドリンクなどのサイドメニューも豊富。なにより客層が落ち着いているため「『夜遅くても来れるイチオシのお店』らしい」とセオドアはアンジュに説明した。
中央区で1人暮らしをはじめる妹が安心して過ごせる店を探してくれた兄の気遣いに、片づけを手伝ってくれた件も合わせてアンジュは「ありがとう」と感謝を伝えた。
「なんかあれば必ず呼べよ」
「もういくつだと思ってんの。けどわかった」
お店でお勧めだというワンプレートセット大盛りを2つ、蒸し鶏とフルーツのサラダ、ナッツの盛り合わせを注文する。これから夕食だと、食い意地の張ったアフが嬉しそうにテーブルの上で小躍りしている。
精霊のダンスを見ながら待っていると、いい香りを漂わせて料理が運ばれてきた。どれも大変美味しく、2人と1匹は食事を堪能した。
店前でセオドアたちと別れたアンジュは、真っ直ぐ借家に帰る。
明日は中央指令部へ初出社だ。
支度を整え、ベッドに潜り込むとすぐに眠気に襲われる。意識が落ちる寸前で、アルフレードの姿を思い出した。
(………あえたらうれしいなぁ)
淡い期待を抱きながら、彼女は眠りについたのだった。




