2章「vs後輩」_7話
少し時間を遡る。
客室に案内されたアルフレードは、毛布を抱きながら絶望に打ちひしがれていた。
まさか3年も婚約している相手に、自分の想いが一切通じていなかったと思っても見なかったからだ。
薄々気づいている方もいるだろうが、アルフレード・ランゲは1人の女性として、アンジュ・ブルナーを愛している。それこそ軍学校時代から想いを寄せてきた。
クラスが違う2人は、チーム戦やグループワークであっても同じ組にはならなかった。アルフレードは関わりを持とうと奮闘したものの、アンジュとは少し会話ができる程度の関係までしか発展できず、そのまま卒業して離れてしまった。
彼は諦め切れず、家族や友人たち、なんとアンジュの家族にも協力してもらい、婚約を結ぶまで関係を進展させたのだ。
結婚式と入籍は見送られているーアルフレードの自業自得だーが、想い人が婚約者となり、他の恋人たちがするような甘い時間も過ごせて、アルフレードはとても幸せだ。
時に大きな問題もふりかかったが、2人で重ねてきた時間ーデートも手紙のやり取りも、家族との交流ーは何も問題なかった。
『アンジュとはうまくいっている』
だがその認識は全くの間違いであったと、今夜ようやく理解した。
アンジュは婚約者だ。アルフレードが願ったから、恋人として接してくれる。しかし肝心な部分に関して、彼は気持ちを確かめてこなかった。
想い人が自分について、どう思っているのか。
我々が知っているアンジュの本心は、アルフレード自身は何も知らない。大切にしてもらっているのはひしひしと伝わってきていたが、アンジュと交わした先程の言葉から、いざとなれば婚約を解消する、そんな意志をー事実である。アンジュは誓いも立てているー感じ、アルフレードの絶望は深まっている。
アルフレードは、ふらふらと足をもたつかせながらベッドに腰をかけた。
何故こうなったのだろう。アルフレードは今までのやりとりを振り返れば、婚約理由を求められた時の言い方や、無理やり関係を進め嫌われたくなく最低限の触れ合いしかできなかったのも誤解させたのだろうと簡単に当たりが付いた。なぜもっと早く気がつかなかったのか、自分を責める。
『アンジュに言葉を惜しんだらダメだからね?あの子と仲良くできるか。まずは貴方次第よ、アルフレード』
アルフレードの次兄の婚約者の言葉が思い返される。なるほど、そう言うことか。過去の粗相が目に余り、アルフレードは胸が苦しくなる。
しかし嘆くばかりでは目の前の問題を解決しない。
本当の意味でアンジュと一緒になりたいアルフレードは、必死に考えを巡らせる。
(どう言えば伝わる?どうすれば信じてもらえる?)
人付き合いから逃げてきたツケか。アルフレードは気持ちばかりが早り、答えがなかなかまとまらず時間ばかりが過ぎる。
ベッドで頭を抱え数時間。夜を照らす光が、丁度真上に登る頃。
バタン!
突然大きく、重たい音が聞こえてきた。
人が倒れたような音だ。アルフレードは反射的にアンジュの部屋に駆け込んだ。
アンジュはすやすやとベッドで眠っている。
異変に敏感な彼女が起きた気配もない。部屋が荒らされた様子すら見当たらなかった。
アルフレードは慎重に1階へ降り、キッチンや浴室など室内を丹念に、窓から外をも見て回る。しかし寝る前に見た様子と変わり無く、自分たち以外の気配もしない。幽霊もいない穏やかな夜があるだけであった。
(なんだったんだ?)
考えすぎて幻聴でも聞こえたのだろうか。アルフレードは首を傾げながら階段を上がる。2階についたが、客室に戻る気が起きない彼はアンジュが眠る部屋へ再び忍び込んだ。ベッド横にある椅子に腰をかけ、アンジュを見つめる。
寝息が聞こえる静かな部屋。気持ち良さそうに眠る想い人の寝顔に、アルフレードの気持ちは穏やかに整っていく。
(…離れたくないな)
すっかり客室に戻る気が失せた彼は、椅子から立ち上がるとアンジュが眠るベッドの空いたスペースに身体を横たわらせる。
そしてじっとアンジュの横顔を眺める。心地良さそうな柔らかな寝顔にますます気が和み、アルフレードはたまらず身体を寄せ、想い人を抱きしめる。
アンジュはみじろいだ。起こしたかと身構えたアルフレードだったが、彼女は徐に腕を伸ばすと、アルフレードを抱きしめ頭を撫でる。
(……ポエテランジュの子らと間違えているのだろうか)
髪を撫でる優しい手つきに、アルフレードは目を細める。
ブルナー家に泊まると、翌朝精霊たちをぞろぞろ連れてアンジュは自室から出て来ていた。夜勝手に潜り込むのだとか。ベッドが狭くなるのは困るけれど、ふわふわな毛や羽ーポエテランジュの伴侶はフクロウのような姿をしているため、5匹の子供たちは翼を持つーが気持ちが良いと優しく笑う。子供たちの名前と特徴を、柔らかな声で教えてくれた。慈しむ彼女の瞳からは、心の底から彼らを愛しているのだと感じられた。
アルフレードにとって、温かくて柔らかな思い出だ。
他にも想い人との大切な時間がたくさんある。恋に落ちた衝撃も、自分の気持ちに不安になった日々も。初めて声をかけた時の緊張も、再会できた喜びも。彼女ー兄弟も一緒だったが賑やかで楽しかったーと出かけた時間、増えていく手紙に、会いたくても会えない苦しい中アンジュが会いにきてくれた気遣い。
デートを邪魔される恨めしい出来事もあるが、好きな人と共有する全てかけがえのない記憶の数々。形が無く触れられなくとも、アルフレードのかけがえのない宝物だ。
(絶対に失えない。今失えば、誰かに取られてしまう)
アンジュとの未来が欲しい。
自身の望みがはっきりとしたアルフレードは、改めて気持ちを伝えようと決意を固める。考えても答えが見つからないならば、直球で想いを伝えるしか術を知らないのだ。言葉足らずにならないよう、伝えるべきことはきちんと脳に留めておく。
アンジュがかけてくれた布団の中で、アルフレードは彼女を深く抱きしめてから瞼を下ろし、眠りについた。




