EP.6 青い地球と影
意識が朦朧とする中、俺は目を覚ます。今回は目覚めが良いように感じる。
「ん……ここは?」
「起きましたか、先輩?」
「なんでここにマヤが?」
「忘れたんですか?先輩は地球政府の尋問官に過剰とも言える拷問を受けたんですよ、薬に暴力と……。」
「ああ……何となく思い出して来たぞ……。」
俺は起き上がり頭を抱える。確か、アルテミス・クエルの管轄に入ったんだよな?
「今は安静にしないとダメですよ。」
「いいや、これ以上迷惑はかけられない。ありがとう助かったよ。」
彼女の部屋で寝かせてもらったとこまで思い出せた。意識もハッキリしてきたし、マルコス達にもお礼を言わないと。
「そうだ!飲み物持って来ますね。待ってて下さい。」
マヤは自室にある飲み物だけ入ってる小さい冷蔵庫に手を掛ける。部屋を見渡すと案外狭いかもしれない3畳ぐらいの部屋だ、彼女の趣味なのか化粧品や小洒落た服とかある。机にはネイルがあったりと彼女という人物が分かる。
「あ、これ飲みかけですけど。どうぞ。」
「ありがとう。」
ペットボトルには半分くらいの水が入っている、飲みきれそうだったので飲みきった。案外喉が渇いていたようで水が体に心地良いほど沁みる。拷問中は一滴と飲ませてはくれなかった。
「先輩体調は大丈夫ですか?」
「意外と大丈夫だよ。それより、今日は何日だ?」
「今日は4月11日ですよ。先輩が新型に乗ったのは4月9日なので2日ほど経ってます。」
「そんな経ってたか……。」
拷問中の閉鎖空間では時計もないし、同じ事を何回も質問されていたので気が狂っていた。日付など分かるわけ無い。
「そうだ!先輩が目を覚ましたら、医務室まで案内するように言われてました!」
思い出したようにマヤは話す。
「分かった、世話になった。」
ベッドから降り部屋を出ようとする、足が痺れて動きずらいが進めなくはない。
「私付き添いますよ。」
「いいよ、やる事があるだろ?医務室まで一人で行くさ。」
これ以上世話にはなりたくない、ただ申し訳なく感じる。
「大丈夫ですよ、私やる事ないですし。嫌でも付いて来ますよ。」
「そ、そう……。」
彼女の肩を借り医務室まで進む。
医務室に入ると見覚えのある男がいた。
「やあ、体調は……良いとは言えないね。」
拷問室でドクターと言われた男だ、尋問官に会う前この男から色々質問された。
「アルテミス・クエルで軍医を務める、ノクター・シェルフだ。あの時は悪かったね、上からの命令だったんだ。」
「尋問官は比較的上の立場ですからね、仕方ないですよ。しかも高圧的ですし……」
ノクターも不本意なところがあったと信じたいがこれから仲間となるなら信頼しなければならない。割り切る所は割り切らなければならないのだ。
「さて、艦長から君を診察するようにお願いされている。幾つか診察してもらうよ。」
ノクターは俺に対し健診を行う、目に光を当てたり心電図を撮ったり、血液を採取したり……一般的な健康診断と変わらない。
「お疲れ様。あなたの身体は脱水症状を引き起こし、助骨にヒビまで入ってます。薬の影響もあって目の焦点も合いませんでした。時間の経過と共に薬の症状は治っていきますが、問題はあなたの精神だ。」
「精神……」
「あなたはしばらくの間戦いから身を引いてきた、急に戦場に立ち尚且つ尋問官の拷問もあったので記憶のフラッシュバックや急性ストレス反応、幻覚や幻聴が顕著に出るでしょう。」
ノクターはテーブルに薬の入った瓶二つ置く。
「こちらは、抗不安薬と抗うつ薬です。抗うつ薬は長期的にあなたの治療薬として使用します。抗不安薬はパニックや極限の不安を一時的に抑えるものとして使用してください、例えばADの搭乗中とかに服用するとか……」
ノクターから色々教えられ理解した、どうやら俺は思ったよりもボロボロらしい。不思議とその自覚はあまりない。
「とりあえず、話は以上だ。艦長室へ行ってくれ、話があるそうだ。」
俺はマヤと一緒に医務室を後にし艦長室まで向かう。
艦長室のドア前に立ちボタンを押す。
「あ、私が言いますよ。」
マヤが代わりに口を開く。
「エイジ・スガワラ上等兵、お連れしました。」
『どうぞ。』
艦長であるノアの声が流れ、ドアが開き中へ入る。
「ご苦労、マヤ・リリデンス中尉。あなたは外してください。」
「はっ」
マヤは艦長室から出て行った。
「さて、まずはネスト1を救って頂いた事、感謝します。」
彼女から礼を言われた、いつ見ても子供にしか見えないが口調は大人びてる。
「本題ですが二点ほどあります、一つ目はあなた正式なクルーの手続きが終わりました、そのため晴れてよりあなたはアルミス・クエルのADパイロットになります。そうなった経緯ですが理解はできますね?」
「はい。」
現在初号機は俺の認証がなくては動かす事はできない、つまり他の人が動かせない以上戦力にはならないのだ、戦闘データを集めて量産型を作らないといけないし、どう転んでもアルテミス・クエルのクルーになる他ない。
「話が早くて助かります、二つ目は昇進の話です。」
「昇進?」
「はい、あなたにはADに乗って実戦を経験してる訳です。今現在アルテミス・クエルにはあなたを除く二人しかパイロットがいません。彼らは地球軍学校AD科を卒業して日も浅いですし、実戦経験もありません。そこで、上等兵では示しがつかないので階級を軍曹にあげようという話です。」
「良いのですか、そこまで階級を上げて?」
「今回の活躍もありますし、あなたのデータを拝見しました。本来であれば学校を卒業して少尉の階級ですが、問題があったそうですね?」
「はい……。」
俺は日本にある地球軍の学校を卒業を待たずして中退した、理由は色々あるが……。
「あなたも中々に怒涛の人生を送ってるようですね?」
「まぁ……。」
「とはいえ、これは嘘の報告でしょう?地球は少なくともゴミがいますから。気にしてはいけませんね。」
「そうですね……。」
「ということで、連絡は以上です。アルテミス・クエルのメインエンジンとジェットブロックを修理するまでは動けないので自由にして構いません、駐屯地にある荷物をまとめるなど自分のできる事をしてください。」
「分かりました、連絡ありがとうございます。」
俺が部屋から出ようとすると、艦長が呼び止める。
「あ、忘れてました。これを。」
艦長がデスクの引き出しから何かを取り出すと意を決して投げる、軌道は外れ手前で勢いを無くし『ふわふわ』と情けない音を立てて床に転がった。正直下手くそな投げ方だが……。
「かっこ付けようとしました、すいません。」
恥ずかしいつもりだと思うが伝わらない、顔は無表情で目線を逸らしている。
「俺のガイア・リンク。」
投げた物は俺のガイア・リンクである。よく考えたら、これがなくては通信もできないし駐屯地にある俺の部屋にすら入れない。
「あの……今のどうでしたか?投げ方。」
「え?」
「なんか、かっこ良いなって。映画で見るやつ。」
「ああ、そういう事ですね……練習あるのみですよ。」
まぁ理解した、彼女は恐らく映画などで見る、物を投げて受け渡すのをやりたかったのだろう。彼女は無表情で何を考えているか分からないが年相応な事を考える人だと、少し分かった気がする。
「では、次はリーに試してみます。」
「が、頑張ってください……。」
俺は艦長室を出る。
「あ、先輩どうでしたか?」
どうやら待ってくれてたようだ。
「自由にしろってさ。」
「じゃあ、デートしませんか?」
「悪いけど荷物まとめなきゃ。体調もマシになってきたし、やれることやらなきゃ。」
「部屋まで入れたのに……。」
「いつか埋め合わせするよ、貸し借り無しだ。」
「約束ですよ。」
彼女と約束しアルテミス・クエルを出て居住区へ向かう。
昇降機に乗り、上に上がると居住区は荒れていた、銃弾の跡が多く残り崩れ落ちたビル群にはまだ死体がいるようだ。
「酷いな……。」
辺りを見渡し、惨状を目にするが綺麗だった街並みはその影すら残さない。元々ネスト1は戦争とは無縁な場所で地球から近い場所に存在している、ここで戦争をする時はネスト2を制圧してここにくる時だ、誰もネスト2を無視してここに仕掛けるなんて思っても見なかったろう。
だから、警備中は対ADを想定してなかった訳だし我々の油断が産んだ実情とも言える。
俺は崩壊した街並みを抜け駐屯地へ赴く、所々に救助中のADを見かける。機体にはヒートナイフを持っており瓦礫や障害物をどかしたり切ったりという使い方をしている、本来あのヒートナイフはネスト1では敵を想定して所持はしていない。
駐屯地に着き中へ入る。
人が少なく、殆どは居住区で人の救助をしているだろう。
部屋に入り、荷物をまとめると誰かが入ってくる。
「隊長!ご無事で!」
「フランク!大丈夫だったか?」
「はい、私はマサトを助けた後は後方で避難誘導を務めていました。」
「マサトは?」
「それが、ひどく怯えてまして。精神に異常があるかと……。」
「そうか……仕方ないさ。恐らくADが動けなくなったのはそれが原因かもしれないな。」
「ええ、私がコクピットをこじ開けた時には蹲って声すら聞けませんでした。そういうものなのでしょうか?」
「だって、地球からの研修生だ。職業体験の上に警備だったはずが戦いだ。無理もないよ。」
「隊長にも経験が?」
「経験……知っての通り俺は一回PTSDになってるけど、初めて人が殺されるのを見たらそりゃ覚悟したってショックはするさ。事前に知らされてないなら尚更……。」
「そうですか……。」
フランクと話をしながら荷造りを進める、自分の身の上話もしながら手を動かす。
「では、隊長お元気で。」
「ああ、またな。」
フランクと別れ俺は上官室へ向かい、挨拶を入れる。
「エイジ・スガワラです。失礼してもよろしいですか?」
『構わん。』
ドア越しから上官の声を聞き中にはいる。
「行くのだな?」
「はい、こうなってしまっては仕方がないです。」
「思ったよりも事態は深刻だ。新型の奪取と小惑星に拠点を築き、いつでもここネスト1へ攻撃を仕掛けられる。ネスト2には悪いがさらに頑張って貰わねばならん。」
「敵の狙いはなんでしょうね?新型を奪う事に執着してました。」
「私達も頭を抱えておる。地球政府には何かがあるのだろう、直近で起きた月政府の独立にネスト3の制圧。奴らは着々と周到な準備をしている。次はどんな事を仕掛けてくるか分かるまい。」
確かに準備が周到すぎる、狙いが明らかにならない以上彼らのペースを崩すことは難しいかもしれない。
「地球政府も見境がなくなってきた、学生にも目を付け前線に送り、消耗品のような扱いをしている。人材不足を理由にするバカどもめ……お前もその被害者だ、無理をしてアルテミス・クエルに乗るつもりか、今なら引き返せるが?」
「上官殿、心配してくれるのはありがたいですが、仮に離れたとして地球政府が見過ごすと思いますか?飛び火は貴方にまで飛んでくる。」
「それは間違い無いだろうな……。」
「俺はこれ以上、上官殿に迷惑はかけられません。拾って頂いた恩がありますので。」
「今度の戦いもお前を見捨てる可能性があるぞ、お前は日本の地球軍学校在籍中に国の命令でネスト3奪還作戦の補充要員になった。結果として前線に送られ、PTSDになり地球軍はそれを隠蔽した挙句、除籍されたんだぞ?動けぬ人間に意味は無いと。」
上官は怒りを露わにする、地球政府の不満があると分かる。
「当時は月政府の力を見誤り、急遽沢山の人間が召集されました。学生以外にも退役軍人に乗らせたりなどめちゃくちゃで……物量戦を仕掛けても勝てなかった。被害者は俺だけではなく、大勢います。もしこの戦いに勝てばその被害は無くなると信じますよ。」
「エイジよ、お人好しもそこまでだ。行き場を無くしたお前を軍属させ、学校養成を得てないお前はネスト1の地球軍駐屯地で二等兵として配属させた、それを聞いた地球政府はお前の処遇をどう提案したと思う?ADによる宇宙警備時のトラブルにより事故死扱いにしようとした。所詮物としか見ておらんよ。政府にはなんとか言いくるめて、お前の生存を保証した。奴らはお前がPTSDになり街のどこかで野垂れ死ぬのを待ってただけの連中だ、ロクに治療費や慰謝料を出さなかったのはそのためだ。」
「だから高圧的だったのか……あの、尋問官は。」
尋問官の一部は地球政府と密接な関係らしい。
「まぁあれだ……エイジ。今度はお前を利用しようと地球政府は動く、お前をボロボロになるまでこき使うだろう。アイツらの事だ、気に食わん事をするぞ?」
「なってしまったものは仕方ないので、覚悟してますよ。」
そんな事を口にしても初号機に乗ったのはたまたまだし。本音を言えば今すぐにでも辞めたいが地球政府の圧に屈するのが普通だ、俺はただの一兵士に過ぎない。しかも地球政府の黒い部分を少し知ってる人間だ、そんな人を放っておくとは到底思えない。
「どちらにせよ、逃げ道は無いか……ノア艦長であればお前の人権を守ってくれるさ。私からも言っておくよ。」
「感謝します。」
上官に礼を言い、その場を後にする。まとめた荷物を持ってアルテミス・クエルへ向かう……。
……一方ネスト1とネスト2の間に位置する小惑星『ケラウノス』と月政府は命名した。
今、その場に新型機とその戦艦が着艦し各新型の整備をしていた。
「おい!奪取した三機のOS解析したがどれもハズレだ!」
月政府の整備兵は怒っていた。
「五分の三で外すかよ。」
三号機を奪取したパイロットが愚痴る。
「いや、もしかしたら地球にあるかもしれん。もう一機納期が間に合わなかったとかで……。」
四号機のパイロットが口を挟む。
「はぁ!?地球まで行けってか?勘弁しろよ!」
整備兵はさらに憤る。
「どちらにせよ、あの新型戦艦は大ダメージを受けてネスト1に停まってるはずだ、もう一度襲う他ない。」
三号機のパイロットが口論にらないよう入る。
「確かに残りの二機にオリジナルの可能性がある。試してみる価値はあるさ。」
四号機のパイロットは考察して話す。
「じゃあ、誰が行くよ。どれか一機は月に送ってデータを解析しないとだし、ここケラウノスにも常駐させて欲しい。」
整備兵は淡々と話す。
「であれば私とアン・シルバーに任せてもらおう。」
バルトン・シミラスが割って入ってくる。
「確かに、バルトンなら地上戦を優位に運べるか、アンの機体は宇宙用に開発された初号機の派生だったかな。」
「準備が出来次第、行くぞ。」
バルトンがアンに話す。
「おっけー、イライラしてたんだ。この機体にハッキングした輩を懲らしめないと。アイツらにこの機体は相応しくない。地球人が一丁前に宇宙の機体なんか作ってさ……。」
EP.7へ続く……。
読んで頂きありがとうございます。これからもよろしくお願いします。