フリーのどっぽい
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、「どっぽい」という存在に出会ったことはあるかな?
とっぽいだったら、不良だったり、生意気だったり、ずるがしこいという意味のある言葉だが、「と」が「ど」になって、どっぽいだ。
どっぽいは守護者の一種とされるが、たいてい守り手はそのものの血筋などをはじめとして、ゆかりあるものを寄るべにして侍ることが多い。
しかし、どっぽいは俗っぽくいうならば、フリーの守護者。日々、そこかしこを出回って困っている者あらば愚直に救う。そのような存在のことらしい。まあ、厳格に守り続ける守護者にとっては「とっぽい」存在に思えなくもない。
が、そのように自由が利く存在によって、助けられるものがいるのも事実。我々がラッキーだと思うことの影には、どっぽいの助力があるケースも存在するらしい。
普段は目にすることがめったにない、どっぽい。そいつにいとこが出会ったと、この前に話してくれてね。耳に入れてみないかい?
きっかけは、犬の鳴き声だったという。
いとこの住んでいる町は、犬を飼っている家が多くて、外を歩いていると犬とともに散歩している人を見かけることもしばしばだ。
自然、鳴き声を耳にする機会も増える。犬たちがすれ違うたびに、ワンワンと互いに存在を意識し合って声を交わしていた。仲がいいのか悪いのか、双方自分のテリトリーによそものが入ってくるから、どうにも気に入らなく思うこともあるのかもしれない。
いとこは犬を飼っていない派だから、その手の抗争へじかに関わることはなく。もっぱら騒がしさという二次被害を食らうに甘んじていたという。
なので、地元の「ミラノ通り」を歩いているとき、犬の鳴き声を聞いたときも当初は「また犬のケンカかよ……」と思っていたらしい。
ミラノ通りというのは、正式名所にあらず。いとこが仲間うちで勝手に呼んでいる道らしい。
なんでも、和風の家々が多いいとこの地元において、その一角は洋風の建物が集中しているそうで。いとこたちが足を運ぶ方面で、その境となる最初の家の壁が真っ黄色らしいんだ。
イタリアのミラノ風な色だなと称した友達がいて、それから勝手にミラノ通りと呼んでいるそうなんだ。ちょうどミラノ風ドリアを、いとこが頭に思い浮かべていたのもでかい。
そのいとこが、周囲を見回して「はて?」と思う。
このあたりで犬を飼っている家はない。連れ歩いて散歩している人の姿もない。
けれども、声はかなり近場から聞こえてきたんだ。どこかしら、視界に入るあたりにいそうなのだけど。
足を止め、周囲を見回しているうちに次なる変化が。
はす向かいに見える一軒家の玄関。短く庭を挟んだ奥にあるガラス戸のわきに、ライオンをかたどった赤褐色の像が置いてある。
とはいえ、立派なのは頭部のみ。そこより下はシマウマをデフォルメしたような縞模様を表面にたたえたこけしのごとき作りだ。このミラノ通りだと、ほかにも数体見かけたことがある。流行りの魔除けなのだろうか。
と、そのライオンこけしが、だしぬけに倒れた。背後から押されたようにうつぶせになったが、背後にはガラス戸以外に控えるものなし。風も吹いておらず、たいした揺れも見せないで倒れこむのは、いささか不自然だ。
いとこへ後頭部を見せながら、倒れた衝撃でかすかに左右へ震えているライオンこけし。その頭がこれまた唐突に、パンと割れてしまう。
玄関先にまき散らされる、大小の破片たち。その下からのぞくライオンの内側は真っ暗闇の空洞……に思えたのだが。
真っ暗闇が、ぞるっと動いた。ライオン像の中から這い出し、玄関のタイルの上を滑ってそのまま庭へ。細かく身をくゆらせながら、どんどんとこちらへ伸びてくる様は、まるきりヘビのようだった。
あのせいぜい大人の腰あたりまでしかない像に、こう何メートルも太い図体を畳み込んでいたのも驚きだが、その身体から絶えず湯気らしきものが湧きたつのにもびっくりした。
それらは玄関のタイルも、庭の土たちも等しく黒く変色させ、溶かしているように思えたからだ。
これは何かよからぬものだ。
さすがのいとこもそう感じ、この場を逃げ出そうとしたおり。
こちらへ向かっていたヘビの頭が、ぐいっと持ち上がった。てっきりヘビの見せる威嚇行動のようなそれかと思ったものの、ヘビらしきものはそのままどんどん体を地面から離していく。
数秒後には、完全に宙ぶらりんとなる体躯。それは家の二階ほどにも達したというから6,7メートルほどはあったと思われる。
完全に体が地面から離れたヘビらしきものは、今一度、あの犬らしき鳴き声を周囲に響かせる。それはいとこが先ほど聞いたものと同じで、より鮮明になったものだ。
その声の直後、ヘビらしきものの体は虚空へどんどん消えていく。というのも、いっぺんにいなくなってしまうのではなく、頭から数十センチずつ刻みながら、ぱくり、ぱくりと何かに食べられるような区切りを見せる消え方だったらしい。
「おお、どっぽい様だ」
そういとこのやや後ろあたりでつぶやいたのは、年配の男性だったという。白髪頭にポロシャツ姿のその老人は、手を合わせて、消えていくヘビらしきものの方角を拝む姿勢を見せたそうだ。
ヘビらしきものは、そこからさほど時間をおかずに中空へ消えてしまう。ただし、その奇怪な存在があったことは、例のライオン像を含めた、玄関から庭へかけて蛇行する溶け残りの軌跡がはっきり表わしていたという。
そこでいとこはかの老人から、見えない守護獣である「どっぽい」の存在を知ったわけだ。
どっぽいは、ひとつところにとどまらない性質上、運悪くそこにいないなら、被害が大いに広がり続ける。
ただし居合わせたのならば、事情も周囲への影響もかえりみることなく、悪しき影響を与えんとする根源をすみやかに処理するのだという。