第1話
死体、死体。赤土の荒野に倒れているおびただしい戦士達の濡れた死体。
一人ひとりが自慢の剣や盾、槍を握り締め、鎧を裂かれて死んでいる。
夕日が、内海の先に見える火山半島に沈んでいく。
生き残った馬が、主人の顔の血を舐めている。
誰かが持って来たであろう地図が、強い風に吹かれて飛んできた。動物の革に印刷された大きな世界地図だ。
左に大きな大陸。大洋を挟み、右に半分ずつの大陸が縦に並んでいる。
中央の大洋の真ん中に小さな大陸がある。
その大陸は縦長で、真ん中に×印が付いていた。そこには『熊獅の国』の文字が。
そう。この地こそ熊獅。第一部の舞台である。
丘の向こうから声が聞こえる。勇ましい雄叫び、怒号、そして悲鳴——。
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敵の呪術者が作り上げた水のゴーレム軍団。その巨体の中に戦士が入り、槍を構えている。熊獅の剣士の刀も魔法団の火炎魔法も、ゴーレムの水質に阻まれ、中の人間まで届かない。敵の一斉攻撃の度、味方の死体が次々と増えていく。熊獅は今、南の隣国、宇關の圧倒的な侵攻を許していた。
今日に至るまで、小国同士の戦は二年の間続いていたが、原因は宇關の一方的な嫉妬心。しかし熊獅の者も気が荒く、策略と謀略を互いに巡らせ、戦士の命を奪い合う地獄絵図と化していた。
長い黒ひげの男が額から血を流し、雄叫びを上げて左手の旗を掲げている。
この男こそ熊獅の君主、国王・螺鈿。
彼の信頼厚い魔法団の長・悟英利が鼻髭を振るわせ怒号する。
国王を一瞬強く見つめ、ゴーレム軍に向けて馬を駆った。
螺鈿が引きとめようと声を上げるが、悟英利は胸の前で『文字書き(スペリング)』し呪文を詠唱。
発光した火炎が大弓と二本の火矢に変形する。
振り回される水のゴーレムの巨大な拳を掻い潜り、急接近して弓を構える。
中の戦士に向けて一本目の火矢を放つと水飛沫が上がった。水穴が開いた瞬間、敵戦士の荒々しい槍が突き出てくる! そこへ身を盾にした悟英利が二本目の火矢を放つ!
槍の穂先が悟英利の胸を貫通すると同時に、火矢が敵の喉に命中。ゴーレムは一瞬で崩れ、水たまりとなった。
それを目の当たりにした螺鈿王は驚き、困惑する。
(なに!? なぜ中の戦士を倒して、魔法が解除される? ——悟英利!?)
悟英利はこの操作魔法の素材が敵後方の呪術者の魔力ではなく、戦士の生命力=精神力に由るものだと推理したのだった。
魔力を持たない戦士に魔法戦をやらせるという驚くべき画期的な戦法。その発案こそ、宇關の国が一気に勝負を仕掛けてくる動機となった事が、今明らかになった——。
熊獅の魔法団は長を失ってもたじろがず、声をあげてゴーレムに特攻を仕掛けていく。一人、また一人と、長の編み出した戦法を真似て犠牲となり、巨人ゴーレムを次々に崩していった。
急所への命中を避け水のゴーレムからこぼれ落ちた敵兵に、熊獅の剣士達が襲い掛かりトドメを刺していく。
形勢は逆転。宇關軍は敗走を始めた。
……螺鈿王が死んだ悟英利の両手を取り胸に置く。自らの推理を命懸けで証明し、味方に勝機を見出したこの殊勲者は、二十年に渡って共に国を守ってきた戦友だった。
国王は国旗を背に挿し愛馬の背に跨る。剣を掲げて怒りを爆発させ、敵軍に向かって駆けて行った——。
夜となり、かがり火がたかれている。勝利に沸く熊獅の陣では盛大に酒盛りが行われ、踊り狂う者達で溢れていた。
祭壇の上座の椅子に座る螺鈿王も、大きな杯で豪快に酒を飲み干している。
座った目で部下達を見下ろし、時が来たという表情を浮かべ、右拳を突き上げた。
後ろ手に縛られているパイナップル黒髪の中年男が、剣士たちに引きずられて来た。鈍い音を立て、乱暴に地面に投げつけられる。
「宇關国の国王、波多王。連れて参りました」
螺鈿王が杯を波多王の前に投げて割り、ゆっくりと立ち上がる。思い浮かぶ様々な感情を確認するように、一歩ずつ近づいていく。そして、
「お前が我が領土まで来ていたとは。水人形の力を過信し、領土はすでに奪ったと慢心しおって」
波多王はただ睨み返すのみ。しかしその表情はすぐに一変した。
剣士達によって祭壇に置いてあった大きな樽が引き倒されると、中から後ろ手に拘束され首を斬られた少年の死体が飛び出した。
取り乱す波多王。身をよじり雄叫びを上げる。
螺鈿は躊躇なく、剣士に渡された桶を投げ落とした。
波多王と同じパイナップル黒髪の少年の頭部が地面に転がる。
暴れ狂う波多王に、熊獅の剣士二人が乗り掛かり動きを制した。
咆哮し血の涙を流して螺鈿を見上げる波多王。
少年は波多王の十二歳の息子、宇關の皇子、孔勳であった。
「螺鈿! 熊獅を! 子孫を! 必ず亡ぼしてやるっ! 必ずだぁ!」
螺鈿が鞘から大剣を抜き、天高く振り上げた。
大人二人の体重で肺が潰れ、息ができなくなっている波多王、最期の声。
「呪って、やる……っ」
首が生々しい音と共に斬り落とされた。
一年後
絢爛な熊獅の王宮から外へ、オギャー、オギャーと産声が響き渡った。
豪華なベッドに横たわる母親(国王の后・阿地先『あじさ』)は精魂尽き果てている。
その時、赤ん坊を抱くベテラン助産師の目がギョッと見開かれた。
「こっこれは、……恐ろしい、なんて両腕なの。悪魔の呪い!?」
若き助産師たちが駆け寄ると、一瞬にして戦慄の表情が浮かんだ。
「キャーッ!!!」
月曜~金曜、朝8時に投稿します。
宜しくお願い致します。
山汽 途