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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十二.武田家の滅亡
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武田家の滅亡ー②:京都御馬揃え――光秀の影

信長の天下一主義

 ある時、信長は突如こう言い放った。


「京都に馬揃(うまぞろ)えを行う。余の勢力を、天皇にお披露目せねばな」


正直、何を申すのだこの男は、と私は思った。傍らにいた蘭丸は、まだ17歳の少年。あまりの大事に呆気にとられ、ただ頷くばかりであった。


 馬揃えとは、武将たちが自軍の馬や騎馬武者を整列させ、威容を披露する儀式。今で言えば軍の観閲式、あるいは大規模パレードに近い。兵の士気を高め、領民や他大名に己の力を示す場でもあった。その準備を命じられたのは明智光秀である。こうした段取りや式典の采配に、光秀は長けておった。


「日向、頼んだぞ。わしの一世一代の晴れ舞台とする。そちなら見事にやってのけよう」

「はい。お任せくだされ」

「筑前(秀吉)は毛利と対陣中ゆえ、手は貸せぬであろうが、他の者ならば大丈夫じゃ。わしからも、日向に協力するよう申し渡しておく」

「畏まりました」


この頃の光秀は、信長に対してどこか腫れ物に触れるような振る舞いであった。若き日の覇気はどこへやら、言葉も卑屈に響いた。若かりし頃のあの涼やかであった光秀はどこに行ったのか、と思うほどである。


 信長の癇癪は常のことゆえ、側近たちは自然と顔色ばかり窺うようになっていた。端的に言えば完全にアウトのパワハラの職場。私から見ても息苦しく思えた。まあ、武家社会とはそういうものでもあるが。


 そして天正9年(1581年)2月28日、京都・鴨川の三条から五条にかけての河原にて、「京都御馬揃え」が盛大に執り行われた。二千の騎馬武者、総勢三千余が赤や黒の甲冑で統一され、列をなし進むさまは圧巻であった。信長は黄金の馬印を背に、豪奢な具足をまとい、白馬にまたがって姿を現した。


 その光景に群衆はどよめき、「天下人はこの人なり」と誰もが悟ったという。まあ、自らの力をこれ見よがしに誇示したということである。


 馬揃えの裏方では、若き森蘭丸が奔走し、前田利家が客の接待に汗を流していた。彼ら馬廻衆の気配りなくば、この大行事は滞りなく終わらなかったであろう。信長の「天下一主義」は、こうした側近たちの影の労苦に支えられていたのだ。


 馬揃えの先頭には滝川一益が立ち、堂々たる騎馬を率いて進んだ。北陸を任された重臣として、信長の威信を支える姿は群衆の目にも鮮烈であった。その列の脇では、丹羽長秀が細やかに采配を整えていた。饗応の手配から式次第まで、寸分の乱れもなく仕切るその姿は、まさしく「忠勤の長秀」。


 一方で、光秀は硬い表情を崩さず、何事か思い詰める影を漂わせていた。まるで両者の対比そのものが、後の悲劇を暗示しているかのように見えた。


 そして若き織田信忠が父の軍列に並び立つ。嫡男としての威容を人々に示すその姿は、信長が「次代をすでに世に示している」と誰もが悟らせる演出であった。


 とはいえ、私からすれば、何と馬鹿げた見せびらかしであったことか。だが、こののち秀吉も家康も、類似の馬揃えや軍勢行進を真似たというから、結局は先駆けだったのだろう。男というものは、どうにも偉そうに自分を飾り立て,己が栄誉を誇示するのがるのが好きな生き物らしい。


 もっとも、ただの虚飾とも言えぬところもある。領民にとっては領主に力があることこそ安心の拠り所であり、同時に恐れともなる。力を誇示することは、叛意を未然に挫く術でもあった。信長はその(ことわり)を、誰よりも理解していたのだ。


 その夜、本能寺に戻った信長は、ことのほか上機嫌で宴を開いた。盃を重ね、近習らに冗談を飛ばす姿は、まるで今日の馬揃えが天下の完成を示す儀式であったと自ら信じておったか、それともいつ崩れるやもしれぬ、己の立場を憂いていたのかは分からぬ。


 ただ高笑いする信長の目の中には深い悲哀が潜んでいるように感じた。その笑顔は、私には少しも笑ってるように見えなんだ。

お読みいただきありがとうございます。

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