表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十二.武田家の滅亡
98/117

武田家の滅亡-①:信長の最盛――滅びゆく武田

武田家滅亡への布石

    十二.武田家の滅亡


 信長は、見た目の美しさに惹かれるばかりだけでなく、新しき文化を取り入れることにも積極的であった。あの人は、武人であると同時に風流人でもあったのだ。


 安土城の天守、あの五層七階の巨城、あれこそ、その象徴であろう。諸国から蒐められた美術品が並べられ、襖絵には狩野永徳を用いた。信長は、ただ力だけで天下を握ろうとしたのではない。一芸に秀でた者を見出しては「天下一」と讃え、芸能や技術を武の道と同じく尊んでおった。


 たとえば、京の釜座に住まう釜師・西村道仁には「天下一釜師」と称号を与え、畳職人の伊阿弥(いあみ)石見守宋珍(いわのかみそうちん)もまた同じく重んじられた。職人らは誇りを抱き、信長のもとで腕を競い合った。もっとも、これは名を与えることで、己の権威を世に示す意味もあったのであろう。何かにつけ「天下一」と口にする様子は、現代で言うなら“ナンバーワン至上主義”のようなものであったか。


 茶の湯もまた好んだ。千利休も後には秀吉の茶頭となったが、早くより信長が目をかけていた。思い立ったらすぐに茶会に諸将を呼び集めてる。天候や都合などまるで顧みぬのに断ることは叶わず、諸将はひたすら気を揉んでいた。下手をすれば一座で不興を買い、命すら危うくなるからだ。


 利休に仕える前、津田宗及が記した茶会記にも、信長の気まぐれに振り回される様子が残されておる。そうした緊張が、逆に場を引き締めたのかもしれぬが。


 その場を仕切り、支えたのは馬廻衆であった。若き森蘭丸は、細やかな気配りで主君の顔を立て、安土城の饗応では前田利家が立ち回って客を和ませた。信長の「天下一主義」は、彼ら側近の尽力によって形を保っていたとも言える。


 もし彼らの采配がなければ、茶会ひとつで刃傷沙汰となっていたやもしれぬ。招かれた諸将たちにとっては穏やかな茶会というよりヒヤヒヤする席でしかなかったであろう。


 また、南蛮から来た宣教師ルイス・フロイスとも深く交わった。あの人は異国の文物を恐れぬどころか、むしろ楽しんで受け入れた。私は女子ゆえ近くで異国の者と語ることは殆ど叶わなかったが、異様な服装に香のごとき匂いを漂わせる姿は、よく目にしたものだ。


 天正9年(1581年)、石山本願寺が落ちた翌年の正月。あの時こそ、信長にとって人生最盛であったろう。山城・大和・摂津・河内・和泉の畿内五国を押さえ、山陰の丹波・丹後を平らげ、中国地方にも手を伸ばし、北陸もほぼ掌中。関東の北条氏政でさえ、贈り物を携えて頭を垂れた。


 かつての強敵・武田信玄も上杉謙信もこの世を去り、残された信玄の嫡男・勝頼や上杉の景勝など、信長の目には取るに足らぬ小者と映ったに違いない。甲斐・信濃・西上野(こうずけ)・駿河を保つ勝頼も、すでに風前の灯火。


 あとは毛利を屈服させ、四国の長宗我部を討ち取れば天下統一は目前。信長はそう確信していた。端的に言えば有頂天になっておった。まるで己が神仏にでもなったかのような振る舞いであった。


 今や飛ぶ鳥を落とす勢い。それを何としても保たねばという焦りもあったのであろう。だが、この頃から私の目には信長の後ろに陰りが見え始めていた。かつて「ウツケ」と呼ばれた若き日の燃える野心は、もはや権威を誇示するためのものへと変じていた。人は高みに昇れば昇るほど、落ちることを恐れる。信長もまた例外ではなかった。


 「この世のすべてにおいて、我こそ唯一無二」――そう叫ぶかのような姿は私には、凡庸に見えて仕方なかった。真に強き者は、声高に己を誇らぬものだと、私は思う。


 ただ一つだけ、あの人が変わらなんだのは、下々の者を好いたことだ。あれほど戦場で多くの命を奪いながら、町人たちには珍味や贅を惜しげもなく分け与えた。雁や鶴の肉など、武家でもなかなか口にできぬものを町衆に与えることもあった。


 明かな矛盾である。片や戦場では慈悲の欠片もなく、女子供がどれほど泣き叫ぼと、容赦なく切り捨てる、そしてその血塗れの手でまた施しを授ける。それは信長の二面性であったのか、それともそうすることで己の均衡を保っておったのか。どちらにしても身勝手この上ない、ただの自己満足。


 誰にも負けぬという自負の裏で、誰からも恨まれているという思いを常に抱き、それが恐れとなり、また原動力ともなっていたのであろう。

お読みいただきありがとうございます。

いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ