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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十一.石山合戦
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石山合戦ー⑳:佐久間追放――忠義と無情のはざまに

信長と信盛の友情

 そしてまたこの年に、信長は竹馬の友ともいえる佐久間信盛を追放した。突如として折檻状を突きつけたのである。正直、これには私も驚かされた。私にとっても忘れ難き人であった。尾張に嫁いだ折、野山を駆ける私に並んで馬を走らせ、屈託なく笑っていた姿を思い出す。穏やかで、人を和ませる御仁であった。


 だが、石山合戦で十年にわたり決定的な戦果を挙げられぬことが咎とされ、信長が折檻状を出したのだ。辛辣な文言の数々。要するに「無能者は去れ」という内容だ。これまで信長に尽くしてきたと自負しておったであろう信盛には、まこと、無情な仕打ちであったに違いない。


 周りには忠義を尽くしてなお見捨てられた者、などと言われておったが、信盛は抗わず、子の信栄(のぶよし)とともに高野山へ向かうことにしたのだ。しかしながら信盛のその顔は出立が近づくにつれて穏やかに、むしろ晴れやかで、重荷を下ろしたかのようであった。


「お方様、殿を頼みますぞ。あの方は孤立してゆかれる」


出立の朝、信盛は天守閣を見上げるようにしてそう言い残した。


信長の胸にも痛みはあったのか。その夜は珍しく人払いをして一人静かに酒をあおっていた。その折に、


「今頃、どの辺りかのう……」


とため息交じりに声を漏らしていたのを、私は耳にしておる。


 その後、彼が武士としてはもちろん、政の場に復帰することはなかった。そういう誘いもあったと伝え聞いたが、彼は固辞し、ひっそりと隠居の身となった。高野山の山中で畑を耕し、野菜を収穫しては近隣の里人に分け与え、時に子どもらに読み書きを教えたという。


 ある巡礼の僧は「山里で出会った穏やかな老人こそ佐久間殿であった」と後々語り伝えておる。武名を轟かせた者が、最後には一介の里人のように振る舞い、人々に親しまれていたという話は、いかにも信盛らしいと思えた。


 また、ある者は「信盛は往年の戦友を夢に見るたび、杯を傾け涙を流していた」とも語る。追放されてなお、彼は信長を恨んだ様子はなく、むしろ「殿もまた孤独な人だったのよ」と静かに漏らしていたそうな。


 戦乱のただ中で道を違えた二人の友情は、決して消え失せてはおらなんだように思う。信長にとってあの乱世の中で、友と呼べたものは信盛だけであったのではないか。だからその命を自分と共に散らせたくなかった……そんな信長の胸の内を悟って信盛は黙って去ったのではないか、などと私は勝手に思い巡らせておった。


 子の信栄もまた、父と運命を共にした。かつては信長の小姓として仕え、若武者として名を挙げることを望んでいたが、追放の折にその道は絶たれた。だが彼も父と同じく戦に身を投じることなく、静かな生活を選んだという。


 高野山では父を助けて畑を耕し、時に里人の頼みに応じて弓を教え、子らに武士の心を説いたそうだ。父の温厚さを受け継ぎながらも、どこか影を帯びた姿であったと伝え聞く。若き日に夢見た武勲の道を閉ざされながらも、父を支え、最後まで共に生きた。それもまた一つの忠義の形であったろう。


 戦国の世に生きた者の多くは、謀反や戦で命を散らし、血塗られた最期を遂げている。荒木村重の妻・だし殿が夫のために殉じたように、尼子の山中鹿之助が忠義を尽くして果てたように。その姿は凄烈にして痛ましい。


 だが、信盛と信栄父子は違った。彼らは剣を捨て、土を耕し、静かな山の暮らしに己の居場所を見いだした。戦火を逃れた数少なき侍であった。されど、このように戦乱の世にあっても叩きの世を離れ、平穏の中で余生を閉じた者がいてもよい。


 信盛こそ、その数少き例であったと、そのような者がおったということが、戦に塗れた私の心にも僅かばかりではあるが安寧の灯火をもたらしてくれるのだ。

お読みいただきありがとうございます。

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