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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十一.石山合戦
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石山合戦ー⑰:姫路城を献上させる――人たらし・秀吉

潔い、武家の女の引き際

 有岡落城の折のこと、その影で犠牲になった女がいた。村重の妻、だしである。村重がすでに逃げ去った後も、だし殿は城を退かず、夫に殉ぜんと覚悟を決められたと聞き及ぶ。女子とて、逃げ延びる道は幾らもあったろうに、あえてその道を選ばず、ただひとり「妻の忠義」を貫かれたのである。


 落城ののち、捕らえられた彼女は京へ送られ、ついには処刑の沙汰を受けたという。涙ながらに命乞いをすることもなく、ただ静かに最期を受け入れられたと聞けば、その心根の深さに私も胸を突かれずにはおられぬ。されど思えば、村重が妻を置き去りにし自らの命を惜しんだこと、その無情こそ、女の忠義を際立たせる皮肉な鏡にござろう。


 女子にとりて、戦乱の世に抗う力など持たぬ。されど、命を懸けて夫に従い、家を守らんとする覚悟は、剣に劣らぬ強さを秘めておる。だし殿の最期は、その証にてあった。


 我が身を顧みても思う。私もまた、信長の妻として世を渡り、幾たび炎の中を生き延びてきた。もし彼が討たれた折、私は何を選び、いかなる道を歩ぶであろうか。だし殿の姿を重ねれば重ねるほど、その問いは刃のごとく胸に迫り、逃れられぬ想いが湧いた。


 村重がなお抗い続けた裏には、妻を犠牲にしてまで選んだ意地とどんな矜持があったのか、それとも狂気だったのか。真実は誰にもわからぬ。ただ一つ確かなのは、だしの最期が、戦の冷酷さを物語っているということだ。


 光秀の律義、官兵衛の知略、村重とだしの悲劇、そして秀吉の人たらし。有岡城をめぐる出来事には、さまざまな人の心と運命が交錯していた。


 秀吉は姫路城を拠点とし、官兵衛やその主君であった小寺政職を抱き込み、瞬く間に播磨を平らげた。政職は元より政職は日和見の御仁で、信長に従うか毛利に通じるかで右往左往しておったが、官兵衛の強き説得と秀吉の勢いに押され、結局は信長方についたのである。


 その折、秀吉は姫路城を我が物とし、修復を加えて居城とした。もともと政職の城であったが、官兵衛が采配を振るい、主君を丸め込み、殿ごと城を差し出させたようなものであった。


 播磨の城下の者たちは動揺した。「殿が変わる」と噂が立ち、明日の暮らしを案じて浮き足立つほどであった。されど秀吉は、そこでもまた人心を掴む術に長けていた。


「わしはただの成り上がり者ではない、皆の暮らしを守る」と、大げさな笑顔で市井に言葉を掛け、米蔵を開けて貧しき者に振る舞ったと聞く。城の修復も華やかに行い、「新しき主の世はこう違う」と見せつけて、いつの間にか城下を掌中に収めておった。人を奪うのではなく、人に差し出させる――それが秀吉のやり口。こればかりは敵ながら見事と申すほかない。


 秀吉は既に長浜城をも有しておったゆえ、明智光秀と同じく二つの城を持つ城主となった。石高も光秀と肩を並べるほどとなり、もはや対等といってもよい立場にまで成長していた。光秀を少なからずライバル視していた秀吉はさぞ喜ばしい事であったに違いない。


 だがその野心の炎は、光秀を凌ぐほど赤々と燃えていた。由緒ある家柄ゆえに大名となった光秀に比べ、草履取りからここまで登りつめた秀吉の歩みは異形に見えた。本人はなお高みを望み、己が主の背すら越えようと、すでに腹の内で画策しておったのだろう。


 人たらしの秀吉の傍らには、黒田官兵衛をはじめ蜂須賀正勝、竹中半兵衛、若き加藤清正や石田三成、そして前田利家までもが集った。彼らは後に天下に名を馳せることとなるが、この頃はまだ一兵卒にすぎぬ者も多かった。されど、秀吉のもとで才覚を見出され、出世の糸口を掴んだのだ。秀吉の人を使う才とは、まこと恐ろしい力である。

お読みいただきありがとうございます。

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