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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十一.石山合戦
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石山合戦ー⑮:信長と秀吉 ――師と弟子の違い

残された者の悲劇ー官兵衛との出会い

 しかし現実は非情であった。講和が結ばれた後も城に残った者は、信長の軍勢に追われ、討たれ、あるいは焼かれた。女子どもが逃げ惑う最中(さなか)、火矢が放たれ、家々が炎に包まれる――そんな光景が広がったと伝わる、それはそうであろう。


 「石山本願寺を明け渡す」という条件のもと、講和は結ばれたのに実質、中にはまだ籠っている者どもが占拠しているのだ。これでは約定違反、ととらえられても仕方あるまい。中には「信長には屈せぬ」と自刃した者もいた。だが、その覚悟も世に名を残すことはなく、ただ炎に呑まれた。


 顕如の退去は講和を意味し、もはや戦の大義は潰えていた。それでも抗おうとした残党の末路は、悲惨としか言いようがない。信長の冷酷さもあるが、それ以上に「戦が終わる」という潮目を読み違えた者たちの哀しみであろう。


 思えば……この石山の戦こそ、「戦国の縮図」と呼ぶにふさわしい。銃火が轟き、海の道が支え、朝廷が勅命を下し、父と子すら分かたれる。そして、最後に待つのは栄光ではなく、疲弊と悲劇、いや、血の惨劇とも言えよう。戦い抜いた者が必ずしも報われるとは限らぬのだ。むしろ、滅びこそが「戦」の常。そんな理は、今の世でも変わっていないのかもしれぬ。


 石山の戦が続いていた天正5年(1577年)の秋、秀吉は西へと進み、播磨をほぼ平定していた。ちょうどその頃、黒田官兵衛が秀吉のもとを訪れた。官兵衛は小寺政職(こでらまさもと)に仕えてはいたが、眼差しの先にはもっと大きな天下を見据えていた男だ。


 彼はこの謁見で秀吉を見抜いた。「この人こそ、いずれ天下を取る器」と。主君である政職を説き伏せ、織田方に寝返らせた。さらに、自らの居城・姫路城を差し出し、秀吉に拠点を与えたのだ。官兵衛は戦略家にして実務家、己の居城すら未来への布石とした。これは並の武士にできることではないであろう。


 信長と秀吉の違いは明白であった。信長は己の望む道を歩むためなら、人の心を踏みにじることを躊躇わぬ。だが秀吉は違った。人たらしの才を持ち、奪うのではなく、差し出させる。これが大きな差である。


 その術を秀吉がどこで学んだかといえば、まさしく信長の傍らにあって見続けたからこそだろう。師を反面教師とし、「敵を作りすぎては天下は取れぬ」と悟ったに違いない。皮肉なことに、信長の存在があったればこそ、あの秀吉が生まれたのだ。


 もしも秀吉が今の世に生きていたなら……きっと「人を引き寄せる大教祖」にでもなっておったであろうと思われる。人に寄進をさせる術にかけては、見事としか言いようがない。人の上に立つ資質と言えばそうなのだろうが、私には好きになれぬ。じわじわと、欲しいものを手に入れていく。そのやり口がどうにも肌に合わなかった。


 おそらく、秀吉も私を好いてはおらなんだろう。あの頃の秀吉は、己こそ信長を最も理解していると胸を張っていた。なのに、信長が折々に私に相談をするのが、気に入らなかったのだ。


「お方様は、不思議なお方にございますな」


と、秀吉はよく口にした。


「何が不思議だと申すのじゃ?」


と問い返せば、


「殿の周りのご婦人方は、美しき方が多うございます。されど……お方様は群を抜いて才知に秀でておられる」


と、わざとらしく笑う。才がなければとっくに追い出されておったであろうに、と言わんばかりに。


「狡猾な秀吉殿に褒められるとは、恐悦至極」


と、にっこり返したけれど……要は「見目麗しくはない」と申しておるも同じ。無礼も甚だしい。確かに、姿形でのみ見られていたら、私はとうに離縁されていたやもしれぬ。だが、それをこのチンチクリンに言われる筋合いはない。


 怒鳴り返すのもはしたない。武家の女は、そういう場で声を荒げはせぬ。ただ黙して笑みを浮かべつつ、心の奥で拳を固めた。


(くっそ忌々しき猿め……!)


心の内で、何度そう吐き捨てたか知れぬ。


 その後、秀吉に随ってやって来た黒田官兵衛と語らった折には、胸の奥に複雑な思いが去来した。官兵衛は、ただの家臣ではなかった。底知れぬ野心を抱きながらも、静かにそれを隠す男。頭の冴え、先を読む目の確かさ。話してすぐに「この者は違う」と分かった。

お読みいただきありがとうございます。

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