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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一部 一.蝮
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蝮ー⑧:父の影、志を継ぐ者――美濃国を舞台にした道三の誕生

野心の継承—美濃国を駆けた父と祖父の志

 父は勉学に励み、何事も吸収して、18、9歳の頃には寺でも秀才と謳われるほどの人物であったという。学問として習えるものは全て修め、祖父に呼ばれて美濃国へ赴いた。祖父・新左衛門は、倅が見違えるほど背が高くなり、知的な顔つきになっていたのを見て大いに喜んだ。そして、これまで見た若者の中でも群を抜いて爽やかな風貌であると褒め称えたそうな。父よりその話を聞いた折には、それは誠の話かと、少々疑ったものだ。


 正に世は戦乱、全国各地で争乱の絶えぬ有様。将軍は御簾の向こうに鎮座するばかりで、名ばかりのお飾りに過ぎぬ。争乱を鎮める命も下さず、高みの見物を決め込み、ただ己が身の安全を確保するのみ。斯様にして、世は強き者が弱き者を滅ぼし、実権を握る時代となった。妙覚寺にいた頃、諸国を遊学していた僧と語るたびに、そうした世情の話を聞かされていた父は、


「このような世ならばこそ、我も上り詰めることが叶う」


と考えた。

 思えばこんな父の娘だから私も野心のある男に惹かれる、いや、一緒に上りつめたいと思う女子に育ってしまったのかも知れぬ。


いつかは我が父(祖父)よりも高みへ——父は美濃に呼ばれる前より、既にその思いを胸に秘めていたのである。


 寺の住職は、卒なく優秀な父であれば、いずれ高僧にもなれるやもしれぬと見込んでいたようだが、元より僧となるつもりのない父は、その話を聞くたびに血が騒いだ。力あればこそ、のし上がれる。高僧となったところで、天下人には敵わぬ。


(父に負けてはならぬ。必ずや天下を取る男に!)


斯様(かよう)な思いが、父の胸の内に滾り続けていた。父には、祖父と同じ野心が確かに受け継がれていたのだ。そして、祖父にも増してその志は強かった。


 父が最も刺激を受けたのは、北条早雲(ほうじょうそううん)の国盗りであった。早雲は元を正せば伊勢新九郎(いせしんくろう)という、一介の浪人に過ぎなかった。されど、駿河の今川家の内紛に乗じ、興国寺(こうこくじ)城主となり、不意打ちで伊豆国(いずのくに)を奪い、相模国をも掌中に収め、城主を追い払い西半国を領し、遂には両国の国主として治まったのである。かような美味き話があろうか。


 ただし、早雲が相模を奪った折には、すでに八十に手が届こうかという齢であった。斯様な年寄りになってからでは、勝ち得た後の人生を楽しめる時間も限られる。さればこそ、父は「事を成すならば、若いうちにこそ意味がある」と考えた。幸いにも、その足場は祖父が築いていた。これを活かさずして何とする。父の野心は、胸のうちでますます(たぎ)り続けた。


 かの祖父の奈良屋婿入りから油売りの話が、何故か父一代の話として後世に伝わることとなった。美濃国の制覇は、祖父と父の二人がかりで成し遂げたものである。されど、「道三が二人いた」との説もあるほどで、実に面白い話である。


 父が美濃に向かった前年あたりより、守護代・土岐家ではまたしても後継者争いが勃発していた。土岐正房の嫡男・政頼と次男・頼芸の対立である。このとき、守護代・斎藤利良(さいとうよしなが)は政頼を擁立したが、長井長弘と祖父は弟の頼芸に与した。すなわち、主家たる斎藤家と対立する形となったのだ。それだけ、長井家が勢力を増していた証左(しょうさ)でもあろう。


 永正14年(1517年)、政頼と頼芸は遂に合戦に及び、いったん政頼方が勝利を収めた。されど、翌永正十五年、頼芸方が逆襲を仕掛け、政頼と斎藤利良を越前へと追い払った。しかし、その翌年、永正十六年、越前の朝倉氏の支援を得た政頼方が美濃へ侵攻し、頼芸方を圧倒するに至る。かくして、政頼が美濃の北半を手中にし、決着がついたかと思われた。されど、ここでまたしても長井長弘と祖父・新左衛門尉が巻き返しを図るのである。


 取ったり取られたりとややこしい話である。

お読みいただきありがとうございます。

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