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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十一.石山合戦
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石山合戦ー⑪:丹波八上城攻め――光秀の苦悩

落ちぬ八上城―苦肉の策

久秀が自害したとき、すでに68歳。戦乱の世にあっては、すでに長寿の部類に入る年齢であった。さすがの信長も、この老将の最期には怒りを越えて笑みすら浮かべていた。


「しかしまあ、あの歳になっても、その気性は消せなかったのですね。もう穏やかに暮らすことを望んでもよいお年であそばしたのに」

「まあ、あやつにとっては、わしに背いて死ぬのが本望であったのかもしれぬな」

「困った性分でござりましたね」

「何、案外本人は楽しんでおったであろう」


信長はそう言い放ち、深く追及することもなかった。信長にとって久秀は、敵というよりも「奇妙に面白き男」であったのだろう。


 裏切りといえば荒木村重の名も挙がるが、あれは家族や家臣を見捨てて逃げ去った。そう思えば、己の命とともに城を燃やした久秀の方が、まだしも潔く映る。私も、どちらかを選ぶなら久秀の最期に好感を覚える。


 こうして信長は、北陸を柴田勝家に、中国を羽柴(豊臣)秀吉に、山陰を明智光秀に任せ、それぞれの野心と才覚を駆り立てながら天下の制覇を進めていったのである。


 天正4年(1576年)、丹波の大名・波多野秀治(はたの ひではる)が信長に背いた。もとは友好関係にあったのに、突然の裏切りである。光秀の率いる軍が急襲を受けたが、波多野は老獪な戦法を用いて抗戦し、八上(やがみ)城は容易に崩れなかった。三度(みたび)にわたる進攻もことごとく失敗し、光秀の用意周到な策をもってしても、この城は落ちなかったのである。


 天正6年(1578年)、光秀は細川藤孝(ほそかわふじたか)丹羽長秀(にわながひで)津田延淄(つだのぶすみ)らを味方に、八上城の支城を攻撃した。小山(おやま)高仙寺(こうせんじ)馬堀(まぼり)の三城は陥落させたものの、八上城は難攻不落。逆に光秀軍が押し返される場面すらあった。波多野一族の結束は固く、父祖の地を守る意志は鋼のようであった。


 光秀は用心深い人間であった。正面突破は避け、三里にも及ぶ堀や柵を築き、八上城を完全に封鎖した。これにより八上城は外援も物資も断たれ、籠城戦へ持ち込んだのである。しかし、波多野一族はなお抗った。


 やがて兵糧は尽き、城内の者たちは草木の葉を摘み、樹皮を噛み、牛馬までも食らうほどになったという。ある武士は、餓死寸前の己の姿を見せながらも、「主家のために死ぬならば本望」と叫んだと伝わる。それほどまでに、彼らの士気は高かったのだ。女子や子供ですら、餓えに耐えて声ひとつあげず、兵たちを支えたと聞く。私には、その光景がありありと浮かぶようで胸が締め付けられた。


 信長は業を煮やし、この年の8月、秀吉の異父弟・羽柴秀長に命じて水上城を攻め、宗長・宗貞父子を討たせた。だが、それでも八上城は揺るがなかった。


 光秀は、ついに敵ながら秀治・秀尚(ひでひさ)秀香(ひでたか)のその胆力に心を動かされるようになった。


「何とかして、三兄弟の命だけでも助けたい」


そう考え、母のように慕う乳母でもあり伯母でもある女性を人質として差し出す決意をした。

 その夜、光秀は乳母のもとを訪れ、静かに告げた。


「伯母上……どうか、私に力を貸してくだされ」


乳母はただ微笑み、言った。


「光秀様、幼き折からあなたを見守ってまいりました。母の代わりとて、命を惜しむ気はございませぬ。これも、あなたの武士としての道ならば」


光秀は涙をこらえ、深く頭を垂れたという。敵に渡すのは胸を裂かれる思いであったろう。それでも、和議のためには必要だと覚悟を決め、相手方に申し入れた。


「兵糧も尽き、もはや持ち堪え難き状況とお見受けいたす。ここに城を明け渡されれば、信長公にお命を永らえるよう進言仕ります。無論、城中の者たちの命もお救い申し上げると約し、母代わりの乳母を人質として差し出しまする」


といった文を添えて、使者を送った。

お読みいただきありがとうございます。

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