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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十一.石山合戦
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石山合戦ー④:目の上のたん瘤――石山本願寺

強固な城塞ー教主・顕如

 信長にしてみれば正に目の上のたん瘤。かかる敵は、ただ刀槍のみにて討つにあらず。兵糧の道を断ち、心を挫き、時に和を装ってはまた牙を剥く、そのしぶとさ、女の嫉妬にも似て執拗なり。信長公もまた、これを一挙に滅ぼさんとはせず、幾度も交渉と攻めを繰り返す。


 されど、そのたび矢は飛び火のごとく散り、血の匂いが風に混じる。摂津の空は、冬といえども煙に曇り、川面には屍が流れ、村の者らは幼子を抱きて泣き惑う。されど門徒らの眼は、炎のごとく揺らめき、恐れを知らず。あれは信仰という鎧に身を固めた兵のようなもの。命惜しまず立ち向かう姿は、女の目にも戦慄を覚えさせるものであった。


 されば私も、遠き陣中にありながら、胸の奥に冷き石を抱える心地であった。もしこの戦、長引けば他国は機を見て牙を剥き、我が織田の旗印は四方より押し潰されよう。信長の目は鋭く、その未来を見据えておったが、夜ごと、膳の端に口をつけぬまま地図を見詰める背を、私は幾度となく見送り申した。この石山との戦いは、ただの城攻めにあらず。信長の天下取り、その根を揺るがす試練でもあると、我が身も肌にて知っておったのだ。


私は深く息を吸って信長の問いに答えた。


「手っ取り早くするには金子でしょう」

「金をばらまくのか?」

「まさか。それではいくらあっても足りませぬ。ここは“銭が儲けやすい所”だと思ってもらえば良いのでは?」

「ほう。つまり、金が回りやすい策を取ればいいのか」

「はい。商いをしやすくすればいかがですか?なんなら、しばらく年貢を免除してやるとか」

「年貢をか?そちは突拍子もないことを考えおるな」

「だって、例え暫くでも、上前をはねられずに稼げるなんて魅力的ではございませんこと?だいたい商売も初めからうまくいくわけでもないでしょうし、大して儲かってもいないうちから持っていかれたら、やる気も失せましょう」

「軌道に乗ってからにせよと?」

「そうやって稼げるようになれば、年貢を納めてもここにいたいと思うようになりましょう」

「確かに。経済の発展こそが軍事力の強化にもつながるというものだ」


信長は私の言葉に得心がいったのか、ふむふむと頷いていた。こういう時の信長は、まるで嵐の合間の静けさのように穏やかだ。私はこうして信長と策を練る時が何より好きだった。きっと信長もそれを分かっていて、折に触れて私の意見を求めるのだろう。これが私と信長のというお人の夫婦の在り方だ。


 私は信長が愛おしい。それは友情でもなく、家族愛でもなく、夫婦の情とも違う。それでも「愛おしい」という言葉が一番しっくりくる。信長が血に飢えた狼のように刃を振るうとき、私の胸にも同じ熱がこみあげる。血が逆流するような、苦しくて熱い感覚――我ながら恐ろしく不思議な感覚である。


 安土城の築城が進むその頃、大坂・石山本願寺は反信長の旗を堂々と掲げていた。本願寺と聞けば、ただの寺院と思う人も多かろう。確かに本願寺は、浄土真宗本願寺派の本山として大阪・石山に建てられた仏教寺院ではある。


 だが戦国の世においては、あそこはまさしく城塞だった。堀、土塁、(やぐら)を備え、僧兵や門徒が武装して立て籠もる要害。教主・顕如(けんにょ)教如父子(きょうにょおやこ)は、長島や越前の一揆を信長に討たれたことで、抗戦の決意をさらに固め、毛利や本願寺派の諸勢力と密かに連携していた。


 しかも堺の港が近く、南蛮渡来の鉄砲が次々と運び込まれる。鉄砲の匂いというのは、火薬と油と鉄が混じった、鼻を刺す匂いだ。私はあれを嗅ぐたび、戦の近いことを肌で悟る。信長にとって石山本願寺は、立ち塞がる大きな壁。ここを崩さねば「天下布武」の道は形ばかりのものに終わる。およそ十年に及ぶ信長と石山本願寺の争いは、「石山戦争」とも呼ばれている。

お読みいただきありがとうございます。

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