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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十一.石山合戦
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石山合戦ー③:信長の嫡男――織田信忠という男

目障りな存在―石山本願寺

 同年11月28日、安土築城が正式に決し、信長は嫡男・信忠を後継と発表した。そして岐阜城を離れ、新たな城が完成するまでの間、佐久間信盛の屋敷に移ることとした。これまた前代未聞のこと。二十余の領国を束ねる天下の主が、家臣の屋敷に身を寄せるなど、古今例がない。


 尤も家督を譲ったといっても、実権を手離されたわけではない。


「任せられるわけがなかろう。だが、あやつにも少しは荷を背負わせねばな」


そう笑った殿に、私は


「信忠殿は、殿に認められたと思ってさぞお喜びでしょうに」

「それで良い」


と、信長は頷いていた。あの人は、生涯、真に譲る気などなかったのか、信忠を早く一人前の後継者に育てたかったのかはよく分からぬ。ただ、信忠のことは信用されていたとは思う。


 信忠は顔立ちこそは信長に似ておったが性格はまるで違う。戦では勇猛さを見せつけるも、治安維持や統治にもその才覚を見せておった。ただ気性はいたって温厚で信義を重んじる人柄であった。本当に信長の血を受け継いでいるのか、と思うことも多々あったくらいだ。甲州征伐後の内乱収拾でも比較的寛大な処置を取られていた。礼節を弁え、諸侯に対してもいつも敬意を払うようなお人だ。


 信長も信忠が反乱者に対する処置に関しては否やを言わなんだ。口には出さなんだが多分、信忠を認めておったのであろう。


 母である生駒吉乃殿の地を色濃く受け継いでおられてたのかも知れぬが、信長の軍事的手法や中央集権的な統治方針をそのまま継いでおるところは、さすがに信長殿のお子、と思うたことは何度もある。


 多分、信忠は父・信長がどれほどに残虐な事をしようとも、父として信頼していたのだ。もしかしてあの温厚な性格だからこそ、信長とは合っていたかのように思われる。もし信忠が信長と同じような破天荒な性格であったならば、もっと早くに信長の寝首を掻っ切りに来ることもあったやもしれぬ。


 私のことも「母上様」と呼んで下され、優しい言葉も何度も掛けてくれたものじゃ。


天正4年(1576年)正月、安土城の普請が始まる。奉行は、惟住(これずみ)と改めた丹羽長秀。3月には居館が整い、私も殿とともに佐久間邸を出て安土へ移り、工事を見守った。11月にはおおよその姿が見え、十二間の石垣も完成。


だが天守がそびえるまでにはなお3年を要し、天正7年(1579年)5月、五層七階の壮麗な天守がついに姿を現わしたのである。殿はその最上階を住まいとし、城下の整備にも心を砕かれた。城ばかり立派で、城下が寂れていたのでは意味がないからだ。


「胡蝶、城下を賑やかにする策はあるか?」

「人を集めることでございましょう。町は人あってこそ」

「いかにして?」


信長はすでに策を持っていたはずだが、時折こうして私の意見を試す。臣であれば殿の腹を探るところだが、私は違った。実行するか否かは別として。信長は私が何を申しても面白がり、耳を貸す。そういう点では家臣のように緊張せずとも良いから楽ではある。


 ただ、この時ばかりは私も胸がざわついていた。というのも、城下に人を集める策の陰で、信長の目はすでに西へ、西へと石山本願寺へと向いていたからだ。


 京の僧都を巻き込み、商人の利権を揺るがし、一向宗の牙城を崩す。そのための拠点が安土であり、町の賑わいはただの飾りではない。この先に待つのは、長く血を流す合戦であることを、私は悟っていた。


 越前にて一向一揆を打ち破りし後も、戦の煙は消えず。いや、むしろ西国にては、さらに濃き火種が燻りておった。摂津・石山本願寺。法を掲げながらも、数万の門徒を抱え、まるで一国をなすがごとき堅城。かの顕如とやら、信長に屈せぬ心を表に出し、周囲の国々と密かに結び、我らを苦しめんと企ておる。

お読みいただきありがとうございます。

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