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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十一.石山合戦
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石山合戦-②:次の地――安土築城へ

切れる男ー明智光秀

参上した光秀は天守最上層にて信長と対面した。


「日向、この眺め、どうじゃ」

「結構にございます。されど殿は、もっと高みをお望みで?」

「おう、よう察したな。では。どこが良いと思う」


光秀はすでに、殿が居城の移転を思案されていることを見抜いておった。秀吉も機転は利くが、このように先を読むは光秀の才なり。おそらく、それを見越して信長は光秀を呼んだのだろう。


 秀吉も頭の回転は速いが、自ら考えを生み出すのは苦手だ。誰かが出した案に対して最善の策を練る、それが秀吉である。そして信長は、次に移るべき地もすでに心に決めている。光秀に、その場所を同じく名指ししてほしいのだ。光秀はしたり顔で答える。


「近江の安土にございますかな」

「おお、さすが日向!わしもそう考えておった」

「恐れ入ります」


その折の信長の目は、すでに安土の高台にそびえる未来の城を見て満足そうな笑みを浮かべておった。だが、その笑みの裏には、もう一つの戦の影があった。


 南には石山本願寺。顕如が立て籠もり、長く信長と刃を交え続けておる。越前での一揆を鎮めたばかりなれど、あれは前哨に過ぎぬ。摂津の空気は火薬のように乾き、いつ火が入るやもしれぬ。


 岐阜城の廊下を行き交う兵たちは、槍の穂先を研ぎ、弓弦を締め、油の匂いを漂わせていた。調練の掛け声が城下に響き、米蔵には兵糧が積み増されてゆく。女中衆でさえ、どこか声を潜め、物音を立てぬよう振る舞うほどであった。


 信長は安土築城を胸に秘めつつも、石山攻めの策を練っておったのであろう。ある夜、地図を広げたまま燭台の炎を見つめる信長の背を、私は遠くから見ていた。炎がゆらぐたび、信長の影が壁を這い、まるで巨大な獣が檻の中で身じろぎするかのようであった。あの獣が動き出せば、また世は血に染まる。そう覚悟しておった。


  安土山は、東海・北陸を結ぶ要の地。京までは馬を飛ばせば一日、琵琶湖の入り江が三方を囲み、船での行き来も自在。理詰めで申せば、これほどの立地は他にあるまい。光秀が信長と同じ考えに至っていたことを、信長は殊のほか喜んでいた。


 まあ、本当のところ光秀の胸の内までは量りかねるが、少なくともこの時は、信長に忠を尽くす臣の顔であった。とはいっても、秀吉も光秀も家康も、皆、虎視眈々と機をうかがう獣であることを、私も信長も知っている。皆、胸の内には野心が漲っている。


「ここは8年前、沢彦和尚に“井ノ口”を“岐阜”と改めさせた地ぞ。そして今日は、そちが我が考えと同じくしてくれた。さすがは、わしの片腕じゃ!わしと思いを同じにしてくれる者がいるのは良きことじゃ」


滅多に人を褒めぬ信長にこう言われては、光秀とて心揺らがぬはずがない。思えば、比叡山焼き討ちの折、光秀は反対し、烈火のごとき叱責を受けた。まあ、結局は信長と行動を共にして自らも血に染まったのではあるが。あの時の信長は、血を好む夜叉そのものであった。されど今、目の前にいる信長は、まるで別人のように感じられたであろう。


 信長の二面性は、物語のジキルとハイドにも似てはいるが、今でいう解離性同一障害(多重人格)とは少し違うと思う。あの物語のように片方がもう一方を知らぬわけではない。信長は己が二つの顔を承知の上で、場に応じて使い分けておった。どちらも仮面ではなく、紛れもない素の顔。そんな信長を観察しているのはちと面白い。


 時に女子供をためらいもなく手にかけ、またある時には、雨に濡れ震える子犬を袖に包み込み、温もりを与える。しかし慈悲を与えた者にも時として容赦なく刀を振るう。しかもさも楽しそうに、あれは、今にして思えばサイコパスという性かもしれぬ。


「胡蝶、安土に城を建てる。ついては家督を信忠に譲ろうと思うが、そちはどう見る?」

「私の意見をお求めで? それとも後押しでございますか?」

「そちの意見でよい」

「安土は、良き地と聞き及びます。…行ってみとうございます」

「そうか!」


私の答えに、信長は「我が意を得たり」とばかり笑みを見せた。

お読みいただきありがとうございます。

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