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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十.長篠の戦い
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長篠の戦いー①:呪いの宴――金箔の髑髏

三つの髑髏ー信長の歪んだ思い

    十.長篠の戦い

 

 浅井との戦の後、藤吉郎は長政が治めていた湖北三郡を拝領した。このとき藤吉郎は名を木下藤吉郎から羽柴秀吉と改め、この地の名を今浜から長浜と改名し、長浜城主となった。


 浅井・朝倉を討った信長の勢いは、もはや誰にも止められなんだ。そのまま近畿一帯の反対勢力を次々と屈服させ、天下人としての地歩を着実に固めてゆく。天正2年(1574年)の正月には、岐阜城が諸国の大名や将たちで賑わい、年始の挨拶を競うように訪れた。まこと、あれほど華やかで騒がしい新年は、後にも先にもあれきりではなかったか。


 この頃の信長は、まさしく天に乗っていた。武田信玄も毛利元就も、既に鬼籍に入っておる。戦に出れば天候すら味方し、敵はことごとく打ち砕かれる。自らを天命に選ばれし者とでも思っていたのだろう。神仏の加護がついていると公言しても皆が、首を縦に振る。調子に乗るなという方が無理な話じゃ。


 まあ、こうやって頭に乗るところを見ると信長が“神”ではなく、やはりただの人の子であった証なのだと、私は思うておる。とはいえ、私はさておき、そんなこと、うっかり口に出せば首が飛ぶ。今や信長が一目置いておる武将といえば、越後の龍・上杉謙信のみ。信玄と謙信が互いを認め合う宿敵であったことは世に知れたる話で、そのことが信長の癇に障ってもいた。


 というのも、信玄は最期まで信長を“小童(こわっぱ)”程度にしか見ておらなんだ。それが悔しくて仕方なかったのだろう。信玄の死に安堵しつつも、心の底では認めさせたかった、ねじ伏せたかった。信長の中には、そんな渇望が渦巻いていたように見える。一目置いていた相手に死なれてしまったのだ。


 一戦交えて、その挙句命を落とすことになっても仕方あるまい、くらいは覚悟しておったのであろう。其れゆえの喪失感もあったのだと思われる。


 小谷上での戦いを終えた後の、ある宴の夜、諸将が退出し、近習たちだけが残ったときのことじゃ。信長が、何やら愉しげに傍の侍従に耳打ちした。


「あれを持て」


にやりと笑うその顔に、またもやあの狂気の影がよぎる。浅井・朝倉を滅ぼして以降、信長は時折、家臣らと得体の知れぬ“遊び”をしていた。信長は楽しんでいたが、家臣たちは皆、青ざめた顔をしていた。何をしているのやらと、私の胸にも、不穏の風がざわりと吹いたものだ。


 やがて、宴の席の中央に膳が運ばれてきた。膳の上には布が被せられておる。私の心臓がトクン、となった。嫌な予感しかない。こういのは往々にして的を射る。


「さあ、この戦利品を皆に見せるのじゃ」


信長の言葉とともに布が払われた瞬間、そこに現れたのは、金箔を施された三つの髑髏。空気が凍った。

コソコソと何やらしていたのは、これを作っておったのか、と正直呆れた。


 誰もが息を呑み、動けぬ中、信長だけが愉快そうに笑っておる。趣味が悪いにもほどがあるというものじゃ。その視線は、中央の髑髏に向けられていた。私はすぐに、それが誰のものか察した。そして信長のその目は、どこか哀しげで、愛しさすら滲んでいた。この頭蓋骨の主に信長が特別な感情を持っておったことが見て取れる。


「誰の頭か、当ててみよ」


分かっておろうに。皆、沈黙した。怖いのは髑髏ではない。信長のその歪んだ笑みに他ならぬ。狂気、否、狂喜にも似たその目に心が凍る。


「殿、戯言が過ぎますぞ」


私が制すると、信長は唇をへの字に曲げた。


「ただの余興ではないか。固いことを申すな」

「皆が皆、あなたのように心に修羅を飼うておるわけではございませぬ」

「ふむ、だがそちは顔色ひとつ変えぬの。なんと面白みのない女子よ。普通の女子なら悲鳴のひとつもあげるものを」

「お戯れも程々になさいませ」

「では、公表しよう。この髑髏は浅井長政、久政、朝倉義景のものじゃ。死してなお、こうして宴の席に出てこられるのじゃ、さぞ喜んでおろう」


誰が、そんなことで喜ぶものか。長政にしても久政にしても、義景にしても。髑髏となってしまってはどれが誰かは分からぬ、だが信長には、長政の頭蓋だけは、生前の顔に見えておったのかもしれぬ。裏切りなど日常のことであるに、長政をここまで恨んでおったとは、と私も少し驚いた。


 ただ、この席に市殿がおらぬことが、せめてもの救いであった。愛しい夫の髑髏をこのような余興に晒された場面を見たならば、どれほど胸を痛められることか、想像に難くない。気丈な方ではあるが、長政を今でも恋慕い、いつあとを追ってもおかしくないほどに悲しまれておったのであるから。

お読みいただきありがとうございます。

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