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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
九.小谷城の戦い
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小谷上の戦いー③:運命に抗う男たち――信長の勝機

追い詰める信長ー敗れる義昭

「胡蝶、あの怪物がついに地獄へ落ちおったわ! 天は、またしてもわしに味方したのだ!」


小躍りせんばかりの信長の姿に、私は笑うことはできなかった。普段は他者を恐れることなど一切見せぬ信長が、ここまで喜色を隠せぬのは、それだけ信玄を畏れていたという証であろう。


 信玄の死は、武田家の中でも極秘とされ、三年間は伏せるよう遺言が遺されていた。が、忍者や間者が暗躍するこの時代、隠し通すなど無理な話である。


 義昭がその訃報を知ったのは、信長より一月(ひとつき)遅れた5月半ばのこと。すでに武田勝頼から、甲州勢の信濃撤退が知らされており、怪しみはしていたが、まさか信玄がこの世を去ったとは夢にも思わなかったらしい。知らせを届けたのは、他でもない浅井長政の使者だった。


(まこと)か? 本当に、信玄公が……?」


義昭は何度も何度も聞き返したという。信玄の存在だけが、信長に勝てる唯一の望みだったのだ。信長からの和睦を蹴ってしまっている今、先の見通しがつかぬこととなってしまったのだ。義昭が将軍になれたのは足利の血筋であったこと、信長にとって使いやすい小物であったということを、改めて感じさせることになった。


「義昭の奴、今ごろ顔を真っ青にして震えておるに違いない」


信長はそう言って愉快そうに笑っていた。きっと、将軍様の情けない姿を思い浮かべていたのだろう。

義昭は結局、誰かに依存せねば生きられぬ小者であった。信長に従っておれば、たとえ操り人形であったとしても、将軍としての地位は保てたかもしれぬ。それなのに欲を出し、自らを見誤った。足利の血筋というだけで頂点に立てるほど、この世は甘くはなかった。


 そして今や、信長の牙が、義昭その人に向かおうとしていた。それは誰よりも義昭自身が感じていたであろう。今更、義昭から和睦を申し入れたところで受け入れてもらえるわけもない。いつ攻め入ってこられるかと、ガタガタ震えておるに違いない。まあ、確かにあの信玄公が死ぬなどと誰も予想できなんだことだからさもあらん。


 同年、天正元年(1573)7月4日、信長はついに軍を率いて京都へ入った。義昭は槇島城へと退き、二条城の残兵と連携して抗戦を試みたが、勝負にはならぬ。城はあっけなく落ち、義昭は敗れた。


 だが、信長は義昭を討たず、藤吉郎に命じて、三好義継の籠もる河内・若江城へとその身を送らせた。しかし、間もなく若江城も攻め落とされ、義継は自刃に追い込まれた。


 それでも義昭は生き延びた。案外しぶといものだ。自ら命を絶つ覚悟もなかったのか、それとも、武士の死に様というものに縁のない男だったのか。どちらにせよ、武士道精神とか、潔く、などという言葉は義青木の頭にはなかったのであろう。そうして足利将軍家最後の男は、ここでまたもや流浪の身となった。


このとき、あの松永久秀は、義昭に再び寝返っていた。


「兄・義輝を弑したことは許す、そなたの才、我がために使え」


そう義昭から声を掛けられたゆえであったが、久秀が義昭に心酔していたわけではなかろう。信玄が背後に控えていたからこそ、久秀は義昭に加担したにすぎぬ。


 あの男は、どこまでも利に聡く、風を読む。一人の主君の為に忠義を尽くすなど性に合わぬ男なのだ。その点、藤吉郎と似たようなところがある。強い者に巻かれるだけでなく、いかにしてその力を利用するかを常に見ている。


 そしてまた、信長はこのときも久秀を許した。裏切り者と知りながらも切らなかった。不思議なことに、信長は久秀のような男を嫌いではなかったようだ。むしろ、その徹底した現実主義を「使える」と見ていた節がある。


 松永久秀という男、ただ都合よく世を渡ろうとしただけの者ではない、と私は思っている。時に信長に、時に義昭に、翻るごとに敵味方を変えておるが、その根には、時代に抗いたいという反骨があったのではなかろうか。反骨というよりも、むしろ破滅願望にも近いもの……。


 己の才を持て余し、最後は自ら爆ぜるようにして死んだあの最期。久秀という男は、結局のところ、自ら破滅へ向かって歩んでいたのだ。信長もしかり、普通に、穏やかに生きることがどうしてもできない者がいるのだ。


 信玄が死に、義昭を追い払い、ようやく残された浅井・朝倉にとどめを刺す好機が訪れる。

お読みいただきありがとうございます。

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