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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
九.小谷城の戦い
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小谷上の戦いー②:信長の命運――怪物の死

攻めて来ぬ武田ー敵の思惑

 その後、元亀3年(1572年)7月、信長は再び3万の大軍を率いて小谷城攻略に乗り出した。横山城から虎御前山にかけて、長大な要塞を築きはじめた。焦れていたのだ、決着がつかぬこの因縁に。それでも、どこか愉しんでいるようにも見えた。それほどまでに、信長にとって長政殿は特別な存在だったのだ。


(ああ……あの方と手を組んでおれば)


私は幾度となくそう思ったものだ。長政が信長の片腕となっておれば、比叡山の焼き討ちもなかった。信長が、あれほど心を失うこともなかった、信長の運命は、狂気に満ちた未来ではなく、もっと別のものになっていたのではなかろうか、そう思えてならぬのだ。


 信長が虎御前山から横山城にかけての要塞築造に着手すると、浅井は危機感を募らせ、越前の朝倉に援軍を要請した。その際、浅井は信長方の戦況を偽って伝え、朝倉義景から2万近い軍勢を引き出した。さらには、甲斐の武田信玄が織田・徳川連合の領国に侵攻を開始する。まさに信長が最も恐れていた男――。


「あの怪物に攻め入られたら、もはや手立てはないやもしれぬ」


信長がそんな本音を私に漏らしたのは、一度きりだった。武田信玄という男、あれは確かに合戦の申し子であった。上杉謙信と五度も死闘を繰り広げ、今また将軍・足利義昭の後ろ盾となって上洛をうかがっている。信長にとって、これほど手強く、恐ろしい敵はいなかった。


 ところが将軍義昭は、この千載一遇の好機にもなお動こうとしなかった。信玄が味方におるのだから、信長に勝てぬはずがない。そう信じて、自ら動かぬことが得策と高を括っていたのだろう。ま、信玄に任せておけば大丈夫、といったところであろうか。どこまでいっても他力本願な男じゃ。


 11月3日、しびれを切らした浅井・朝倉の連合軍は、ついに信長方の要塞に攻めかかる。だが、留守を預かっていた木下藤吉郎の巧みな指揮によりこれを撃退され、朝倉勢は12月3日には越前へと引き上げてしまった。


 天正元年(1573年)2月、義昭は、三井寺から還俗させた山岡景友らを用いて反信長の兵を挙げさせる。折しもその頃、信玄が徳川家康を三方ヶ原で破り、東三河まで迫っていた。家康の1万の兵がものの見事に蹴散らされた報は、信長に大きな衝撃を与えた。


「信玄が動いた今、信長はもう持たぬ」


義昭はそう思い定めた。実際、信玄の上洛に信長は戦々恐々としていた。合戦の天才と言われている上杉謙信さえも手玉に取るような男だ。信玄が上洛する前に義昭と和睦した方が得策かもしれぬと信長も考えたようだ。


 しかし、かつて信長に煮え湯を飲まされ、苦々しく思っていた義昭は今こそその意趣返しができる時と思ったのだ。今は神とも怪物とも言える信玄が自分についている、ここで信長に譲歩してやることはないと。


 和睦を求めてきた信長の申し出を一蹴した。信長は人質の差し出しまで申し出たというのに、義昭は応じなかった。もう怖いものなどない、そう思い上がっていたのだ。申し出を撥ねつけられた信長は怒りに任せて兵を率いて二条城を包囲し、町に火を放ったのち、岐阜に戻り信玄に備えた。


 だが3月に入っても、武田軍は東三河の鳳来寺に陣を敷いたまま動こうとしない。奇妙な沈黙に、信長は不気味さを感じていた。


(何を狙っている、あの男……)


本来なら、あの勢いで上洛して一気に信長を攻めてくるはず、それをしないということは、何かもっと大きな企みがあるのでは、そんな風にも思われた。


 実は信玄はこの頃すでに重い病を患っており、それを押しての上洛戦であったが、ここにきてさらに悪化したのだ。今動けば信玄の病を周りに知られてしまうことになると、重臣たちも懸念して動けないでいたのだ。これぞまたしても戦の神が信長に味方をしてくれたとしか思えない。


 勿論、この時はまだ信長は信玄が病魔武田軍は信濃への撤退を余儀なくされた。この行動に信長は疑問を抱いた。いったい、何があったのか、よほどの事がなければ、あの状況で引き下がるとはあり得ない。


 義昭も同様であった。ここで一気に信長を叩き潰してくれると思っていたのに、よもや武田軍が撤退してしまうとは思いもしないことであった。信長からの和睦を蹴った義昭としては、さぞ焦ったことであろう。


そして――


4月12日、ついに信玄死去の報が、密かに信長の耳に届く。

お読みいただきありがとうございます。

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