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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
八.姉川の戦い
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姉川の戦いー⑤:信長の戦略――崩れる浅井・朝倉

諦めの悪い男ー藤吉郎

 信長は小谷城の包囲を一時的に解き、鉄砲隊を先導に横山城への攻撃を開始した。その折、家康の軍も戦場に到着。だが、信長が横山城を狙っているという動きが見られると、横山城からはたびたび小谷城に助けを求める急使が走った。まさしく信長の読み通りになった。


「城が攻められております、早う援軍を!」と。


長政は、焦った。小谷城ならば、しばらくは籠城できると踏んでいた。いずれ朝倉義景の本隊が来れば、挟み撃ちにできる。だが、その「いずれ」が、間に合うかどうか。信長の攻めは容赦なく、しかも計算高かった。


 元々の予定では本城、つまり小谷城を攻めるはずであった信長であったが、情勢を見極め、すぐに横山城へと狙いを変えたのだ。戦の要を見極める、その直観はさすが信長だと、私は今も感嘆せずにはいられぬ。


 横山城を奪われれば、浅井にとっては片腕をもがれたも同然。応援を出さねば落城は時間の問題であった。長政は迷っていたが、逡巡しているうちに、横山城が危機に瀕しているという急使が走り込んできた。


 元亀元年(1570年)6月27日の夜、長政はついに朝倉景健と共に山を下り、姉川北岸に布陣し、義景の到着を心待ちにして少しでも兵を休ませようとしていた。だがそれこそが、信長が仕掛けた罠でもあった。長政を小谷城からおびき出して討ってしまおう、と。


 信長と家康は姉川南岸に布陣して迎え撃つ構えを見せた。長政は対岸の軍勢を見て、腹を括った。もう待ってはいられぬ。義景の着陣を信じてはいたが、機先を制せねば全ては水泡に帰すと判断したのだ。


 明けて28日、朝6時頃。長政は朝倉景健と共に姉川を渡り、織田・徳川連合軍へ突撃を開始。先陣を切ったのは朝倉勢8千、対する徳川方は5千。数では不利な徳川軍を一気に押し崩さんと猛攻を仕掛けた。


 徳川方の酒井忠次らが先頭に立ち、必死の防戦を繰り広げたが、やはり数で劣っているからか次第に劣勢となり敗色が漂い始めた。これを後方から見ていた家康は憤然とし、槍を手にして自ら前線へと駆けた。主君が戦場に出たことで兵たちは奮い立ち、劣勢を跳ね返す力となった。


 特に三河武士の粘り強さは並大抵ではない。家康の旗本たちは一丸となって押し返し、朝倉勢は次第に崩れ始めた。


 この合戦においてひときわ名を残したのが、朝倉方の真柄十郎左衛門(まがらじゅうざえもん)であった。彼は五尺三寸(約160cm)もの大太刀を振るい、次々と敵を討ち果たしながら前進した。しかし最後には疲労困憊し、織田方の勾坂(こうさか)六郎五郎(ろくろうごろう)に討ち取られた。息子の十郎もまた、父の最期を知って駆け戻り、討ち死にしたという。


 真柄十郎左衛門の大太刀は「備前長船(びぜんおさふね)清光(きよみつ)」作とされ、刃渡りは2メートルを超えるという。戦場でそれを振るう姿は、まるで修羅のごとし。敵味方問わず、彼の戦いぶりには目を奪われたという伝承もある。後年、この太刀は徳川家に渡り、江戸城の宝物として保管されたとも伝わる。


 長政の方は朝倉の勝利を信じていた。義景が到着するまで持ちこたえればと、5千の兵で織田の大軍2万へと突入し、武士としての気骨を見せた。温和な性格と語られることの多い長政であるが、決して柔な男ではない。彼は信長の本陣を突く覚悟で進軍し、士気高く敵陣を破った。


 しかし、まさにこの時、朝倉勢が敗走したとの報せが入る。これに浅井軍の士気は一気に崩れた。元より兵数で圧倒的に劣る彼らは、朝倉の加勢を頼みの綱としていた。それが断たれた今、希望を失い、戦意も萎えた。


 長政は中軍より必死に指揮を続けていたが、もはや戦況は覆せぬと見て、速やかに退却命令を下した。こうして浅井勢は小谷城へと逃れたのである。


 この戦で、遠藤喜右衛門(えんどうきえもん)弓削六郎左衛門(ゆげろくろうざえもん)今村掃部助(いまむらかもんのすけ)など、多くの武将が命を落とし、浅井・朝倉両軍は千人以上の戦死者と二千人を超える負傷者を出した。姉川の流れは、無念の血で赤く染まったことだろう。


 合戦そのものは織田・徳川の勝利に終わったが、小谷城そのものは容易には落ちなかった。堅固な山城である小谷城は、織田・徳川の猛攻にも耐え、結局はこの時、横山城のみが織田方の手に落ちた。


 横山城には、藤吉郎が守将として残された。あの男、勝ち戦の後も気を抜かぬ。市姫に好かれておらぬと知りつつも、信長の妹を守る名目で戦場に立ち続けていたのだ。いや、もしかすると、そこにいればいつか市姫が頼って来られるかも、などという浅はかな夢を見たのやもしれぬ。つくづく男というものは……。

お読みいただきありがとうございます。

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