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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
八.姉川の戦い
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番外編――信長の背を狙った殺し屋(後編)

善住坊の最期

 乾いた銃声が山にこだまし、二発の弾が矢のように放たれた。が、信長はその気配を感じ取ったかのように瞬時に馬を駆り、身を捻って弾道を逸らす。一発は袖を貫き、もう一発は着物の背を掠めただけで終わった。


「曲者ッ!」


信長の怒声が響くと、すぐさま武者たちが取り囲み、鉄砲の射手を探し始めた。


「チッ、しくじったか……」


善住坊は舌打ちすると、慌てふためく悪住坊に命じた。ぐずぐずしていたらあっという間に信長の家来に取り囲まれる、悪住坊はもう生きた心地がしなかった。万事休す、やはりこの仕事を受けたのは間違っていた、と思わずにいられない。


「何を突っ立ってやがる! 鉄砲を埋めろ、それから鍬を抱えて畑の百姓になりきれ!」


悪住坊は慌てて銃を土に隠し、農具を背負って善住坊のあとに続いた。当然、彼らから少しでも遠くに逃げると思いきや、善住坊は、なんと曲者を探して右往左往している騎馬兵たちの方へと堂々と歩いていった。悪住坊はおっかなびっくりではあったが善住坊は飄々とした顔でごった返している騎馬武者の前に立ち塞がる。


「おい、お前ら、この辺りの者か!」

「へぇ、この先で畑を耕してましたら、ドーンと音が聞こえてビックリして……。何かあったんですかえ?」

「曲者だ! 怪しい奴を見なかったか!」

「さて、どうでございましょう……」

「このあたりで身を潜められる場所はどこだ!」

「山の中ですけえ、隠れ場所ならいくらでも……」

「案内せよ!」


善住坊はしれっと答え、家来たちとともに曲者探しの「案内役」を買って出た。もちろん、曲者本人が案内しているのだから見つかるわけがない。悪住坊は、横目でその姿を見ながら思った。


(こりゃもう、あの胆力には敵わねえ……)


信長は命を狙われながらも、わずかな負傷でその場を切り抜け、のちに無事に京へ戻った。


 しかし、信長という男は、蛇のように冷たく、しぶとく、執念深い。命を狙われて黙って引き下がるような甘い男ではなかった。暗殺未遂ののち、信長は曲者狩りの手を緩めなかった。報酬を与えた六角丞禎への牽制と同時に、実行犯である杉谷善住坊の名も、じきに信長の耳に届いた。


善住坊はそれからの数年、潜伏と逃亡の日々を送ることとなる。そして、4年後の天正元年(1573年)の秋。9月のはじめ、近江高島郡。とある山中に身を潜めていたところを、地元の土豪・磯野丹波に見つかり捕えられた。


 悪住坊の姿は、そこにはなかった。その後、どこへ消えたのか。名を変えて生きたのか。あるいは早々に死んでいたのか……結局、誰にもわからぬままだ。


 善住坊は岐阜へ送られ、厳しい拷問を受けた。だが、何をされても悪住坊の名だけは決して口にせなんだという。師匠と慕った人間が、最後まで守ってくれたと、どこかで悪住坊が知ったならば、きっと泣いて喜んだであろうな。


 その後、善住坊は信長暗殺未遂の罪で「鋸挽(のこぎりび)き」――見せしめとして人目につく場所で処刑される、苛烈極まる刑に処された。

 

 罪人の体を土に埋め首だけを残し、生きたまま、通行人にその首を鋸で引かせるというその刑は、信長が好んで用いた最も残酷な見せしめの一つであった。そんなところをたまたま通った者は災難としか言いようがない。断ることも許されないのだから。いっそ一思いに殺してやった方が、どれほど楽であったか……。


 信長の背には、いつも死の影が寄り添っていた。それが猶更、信長のカリスマ性をあげていたのかも知れぬ。

お読みいただきありがとうございます。

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