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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
八.姉川の戦い
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番外編――信長の背を狙った殺し屋(前編)

信長の野望の裏でー善住坊と悪住坊

 この頃の信長には、まるで(いくさ)の神がついていたかのように見えた。幾度となく命の危機に晒されながらも、いつも土壇場で難を逃れ、するりと運命の隘路を抜けていった。 


 これは天下取りの道とはやや別筋の話で余談になるが、これも信長が難を逃れた話のひとつである。信長が朝倉から逃げ延びた前年の話である


 六角丞禎(ろっかくじょうてい)、あの六角義賢である。彼は、近江を追われ甲賀の山中に潜んでいたが、信長への恨みを日々募らせておった。なんとしてもあの男を地の底に引きずりおろしたい。そう思った丞禎は、密かに暗殺を企てる。


 雇われたのは、杉谷善住坊(ぜんじゅうぼう)と、その弟子とも言える若者・悪住坊(あくじゅうぼう)という、名うての殺し屋二人組であった。もっとも、名うてとはいえ裏の世界の話。人の世の光に触れたことのない、影の仕事を担う者たちである。


 善住坊は、表向きこそ坊主の名を名乗ってはいたが、出自は武家。鉄砲の名手としても知られておった。もとは弓矢を扱っていたが、火縄銃が出回るようになると、その威力と射程に魅せられ、すっかり鉄砲一辺倒になっていた。


 永禄12年(1569)5月20日。

その日、彼らは百姓のなりをして、近江から伊勢へ抜ける裏道を歩いていた。標的はただ一人、織田信長。もうこの頃にはその名は洛中にも響き渡っており、「怒らせたら地獄を見る」と恐れられていた。善住坊は40を過ぎていたが、悪住坊はまだ十七、八の若者であった。


 傍目から親子のようにも見えたが、そうではない。相棒、若しくは子弟のような関係である。善住坊を「師匠」と呼び、どこか憧れにも似た感情を抱いていた。悪住坊という名も善住坊がつけたものである。


 善住坊にしたら、悪ふざけの延長のような感じで付けた名であるが、悪住坊は結構気に入っていた。善より悪の方が殺し屋に相応しい名前ではないか、きっとこの名前なら師匠を超えるに違いないと。しかしながら今回ばかりはもしかしてこの師匠の選択は正しかったのか、かなりヤバい事になるのではないかと危惧している。とにかく、この師匠、やってきた仕事はほぼ断らない。


「師匠、今度の相手はさすがにデカすぎやしませんか」

「獲物が大きければ、懐もあたたかくなるというもんだ」

「でもさぁ、仕留めたあとで家来に囲まれたら、俺らにゃ手も足も出ねぇよ。命あってのモノダネって言うじゃないか」


悪住坊は顔面蒼白であった。今までだって死と隣り合わせの仕事ばかりだったが、今回ばかりは格が違う。天下を狙う男に手をかけるというのだ。尻込みするのも無理はない。しくじったら命がないのはいつものことだが、今回は成功しても一生追われるのではないかと、気が気じゃない。しかし善住坊は恐れもせず二つ返事で引き受けた。


「殺し屋ってのはな、相手を選ばず、金で動く。誰だろうが関係ねえ」


善住坊は涼しい顔でそう言い放った。悪住坊は


(この人、やっぱ肝が据わってる……)


と半ば呆れ、半ば敬意を抱きながらその背中を追った。


 2人は千草峠の岩陰に身を潜め、信長一行が通るのを待った。悪住坊はその間も足がガクガク震え、冷や汗がポタポタと落ちるのを感じた。間もなく馬の蹄の音が地を揺らすように響き始め、武者たちが峠道を連なって現れた。


 善住坊は信長とは面識がなかったが、六角丞禎から特徴は聞かされていた。

三十七、八歳くらい、痩せ型の長身、信玄より贈られたという金銀をちりばめた具足をつけた立派な栗毛の馬に乗っているはずだと。その言葉どおり、五、六十騎の武者が過ぎた後に、まるでアグラをかくように悠々と馬上に座している男がいた。


(あれだ――あれが信長!俺の獲物だ!)


善住坊はそう確信し、迷いなく引き金を引いた。

お読みいただきありがとうございます。

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