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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
七.信長上洛
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信長上洛ー⑧:利用された将軍 ―――二条城の屈辱

消えゆく将軍ー伸びる信長の影

 二条城の一室で、義昭は悔しさに唇を噛んでおったという。自分は信長にまんまと利用された、その事実にようやく気づいたのだ。


 将軍という肩書きは手に入れた。しかし、それは空っぽの器に過ぎなかった。政も兵も財も、すべて信長の掌の中にあった。立派な城を建て、それをあてがわれて、浮かれて、信長に感謝状まで送った自信はなんと愚かであったことかと、さぞ嘆いた事であろう。義昭に残されたのは、かつて「室町将軍家」として恐れられたその名のみ。いや、それすらも、すでに色褪せていたのかもしれぬ。その事に気づくのが遅すぎたのだ。苦労をしてきても、所詮は”お坊ちゃん"、ということであったのだ。


 もちろん義昭は、すぐにでも反旗を翻したいところであっただろう。だが、これまで流浪して来て、それなりに苦渋も舐めている。力なき者への世間の冷たさ、味方のふりをして己を利用しようとする者たちの下心。


 そう正に信長のような者達が鵜の目鷹の目で待っているだけ。信長に楯突いてまで、今の義昭に手を貸そうという者が何ほどもいないことも身に染みて感じておった。もっと若ければ勢いで兵でも起こしたかもしれないであろうが、既に三十二歳という年齢になっていた義昭は。今ここで歯向かったところで勝てぬことくらいは、さすがに悟ったようである。


 理不尽だと思う信長の言い分を飲むしか、生きる術はなかった。その胸中を思えば、私も少しは気の毒に思うところはある。しかしこれも運命(さだめ)というものじゃ。


 義昭は足利一門の運命がそうなのか、それとも自らの星が悪いのか、などと声に出して周りに愚痴っていたそうな。しかしそのような答えなど出るはずもなく、ただ、何もせず、安穏とした日々を受け入れるしかなかったのだ。しかしながらその胸に復讐の火を灯しながら、じっと時を待ってはいたであろう。


「胡蝶、京へ行くぞ。義昭があの五か条を受け入れおったわ」

「受け入れるしかないところまで追い込んだのは、殿でございましょうに」

「こうなる運命だった、ということじゃ。あやつにしても、あれが精一杯の生き残り方よ」


義昭が和解案を受け入れたと聞くと、信長は三河の徳川家康を伴い、3月の初めに再び上洛してきた。この頃には、既に信長が将軍に代わり、実権を握る「天下人」としての存在になっていた。都では人々が「次の将軍は織田か」と噂しはじめていた。だが当の信長に、そんな肩書きに興味はなかった。


 将軍という名の権威そのものを打ち壊し、あらたな世を作る。それが信長の志であり、この時代に置いては誰もついて行けぬほどに過激で新しい考えであった。


 もはや信長の頭の中には、義昭の存在など、とうに消え失せていた。用を果たした道具を箱に戻すがごとく。情けも未練も、そこにはなかった。まあ、用済みということじゃな。


 しかしながら義昭は、この先も反発の姿勢を崩さず、三好残党や浅井・朝倉、果ては武田信玄とも密かに通じ、信長包囲網を築こうと動いたのではあるが、ことごとく信長に先手を打たれ、打ち砕かれていった。


 元亀四年にはついに武装蜂起を試みるも、信長の軍に敗れて京を追われ、槇島城に籠城したものの落城。そこから義昭は、鞆の浦へと逃れ、またしでも流浪の身となった。本当についてないお方だ。


 「将軍」としての義昭は、ここで幕を閉じた。だが、不思議なことに、信長はそれでも形式上、義昭を将軍職に据え続けたままだった。表立って罷免することなく、ただ京の外へと追いやっただけ。恐らくは、自らが朝廷や諸大名と対峙する上での、かりそめの盾として、最後の「将軍」の名を温存したのだろう。利用できるものはとことん利用する、といったところであろう。


 信長は、義昭の抵抗を排除したのち、いよいよ「天下布武」の文字を現実のものとすべく、次々に敵対勢力を平定してゆく。朝廷からは右大臣に任じられ、形式上の地位さえも手にし始めた。京における信長の権威は日増しに強まり、諸侯もついにこれを認めざるを得ぬ状況となった。


 結局、義昭は信長の死後、正式に将軍職を辞し豊臣秀吉の庇護のもと、一介の縦臣として余生を送ることになるが、それはまだ先の話である。


 信長という男は、こうして人の恨みを積み重ねて天下を駆け上がった。その果てに待っていたものが何であれ、あの人には、それしか道がなかったのだろう。後悔など、あの人の中には一片もなかったに違いない。


 私は、そんな信長が好きだった。人として戦国武将として、比類なき人であったと今でも思うておる。できることなら、もう少し長くそばにおりたかったものよ。どれほど残酷な時代に生きていたとしても、あの人の生き様は、私の魂を深く揺さぶった。それだけは、確かに言える。

お読みいただきありがとうございます。

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