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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
七.信長上洛
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信長上洛ー③:光秀、信長との初対面――運命が動き出す刻

光秀の才知ー信長に会わせた日

信長という男は、つくづく気まぐれじゃ。どこで気を損ねるか分からぬ。ひとたび逆鱗に触れれば、二度と同じ話は口にもできぬような荒々しさを持っておる。ましてや、すでに抱えてもらう算段で連れてきたなどと勘ぐられれば、それだけで怒り出すやもしれぬ。話を切り出すときは、その頃相も肝心である。されどこの日の信長は、どうやら機嫌が良かったのか、思いのほかすんなりと接見を許したのだった。


「ならば、ここへ連れて参れ。相応の人物であれば、禄を与えて抱えようぞ」

「ありがとうございます」

「会うておる間、そちは下がっておれ」

「承知いたしました」


信長が直々に「会うてやる」と言ってくれた時、私は胸を撫で下ろした。会ってさえもらえれば、きっと気に入られると信じておった。光秀は思慮深く、才知もある男。信長の人を見る目が確かであれば、あの者が他の武将の下につく方が、よほど脅威に感じるはずだと私は踏んでおった。


 この時の光秀はすでに40歳を越えており、信長よりも六つ年上。明智城が落ちて久しく、その間の苦労が響いたのか、頭の薄さも目立ちはじめ、やや老けて見えた。私は彼を信長の待つ部屋まで案内し、控えの間へと下がった。光秀は廊下から中に向かって声をかける。


「明智十兵衛光秀にござります」

「入れ」


信長の声を受け、光秀はそろそろと襖を開けて中へ。


「さ、こちらへ参られ。略儀でよい。余が信長、そちの従妹・胡蝶の夫である」


随分と砕けた物言いであった。光秀はおずおずと顔を上げ、信長を見つめる。


「よろしくお願い申し上げまする」


光秀の慎ましやかで柔らかな態度は、信長の目には誠実で好ましいものと映ったようだ。だが、信長が謁見を許したのは、決して「妻の従兄」という縁だけではない。光秀の方から訪ねてきた以上、何かしらの「手土産」を持ってきているはずと見越していたのだ。一見、温厚で育ちの良さを漂わせる男だが、ところどころに鋭さと抜け目なさを感じさせる。興味深い、と信長はそう思うたに違いない。


「朝倉にいたそうだな」


そう口にした信長の眼差しには、すでに全てを見透かしておるような気配があった。光秀の背に冷たい汗が流れる。


「はい」

「さて、何を持ってきた? 朝倉はそれがために追われたか?」


まさか、と思うた。信長の洞察に光秀は目を見開く。色々噂は耳にしていたが、切れると申す者と、ただのウツケと申す者といて、なかなかに判断ができなかった。ただ私の夫であるということで、一目は置いていたそうな。私がただのウツケといつまでも添うているはずがないと。やはり恐い男だ、とすぐに感じたと申していた。これまで幾多の困難を潜り抜けてきたのに、生まれて初めて感じた畏怖の念であった、と。


 この頃、都では三好義継と松永久秀が将軍・足利義輝を弑し、従兄の義栄を立てて政権を掌握していた。義輝の弟・義昭は朝倉義景のもとに身を寄せ、自らこそが正統なる将軍と諸国の大名に働きかけておった。


 しかし義景という男、力こそあれど情勢を見極める眼に欠けておった。光秀は義景に義昭を伴い、時を見て京へ上るよう進言したが、逆に「余計な口出しをする厄介者」と見做され始めた。まこと、道理も何も通らぬ。光秀は事が大きくなる前に朝倉を去り、信長のもとへ向かったのである。


 義昭が大名たちに送った手紙は当然、信長のもとにも届いておろう。光秀が朝倉からわざわざ織田を訪ねたとなれば、義昭との橋渡しを意図したと読むのが自然というもの。それを即座に読み解いた信長の頭の回転に、光秀は思わず唸りたくなったようだ。


「恐れ入りました。織田様は、いずれ上洛をお考えかと存じます。義昭公をお供にされれば、大義名分も立ちましょう。この光秀、微力ながらお役に立ちとうございます」


と、光秀は率直に申し出た。こういう場面では手の内を見せる方が得策。そして、この信長という男には小細工など通じぬ、そう見て取ったのだ。隣の部屋で聞いていた私は相変わらず、光秀も頭の回転が速い、と感じだ。光秀の言葉に信長がニヤリと笑うたであろうことは見ずとも察しがついた。


「良かろう。さすがは胡蝶の従兄じゃな。頭が回るようだ。召し抱えてつかわす。まずは五百貫。少なく思うやもしれぬが、周囲の目もある。妻の縁者ゆえに甘やかしておると思われては心外ゆえな。そなたも、力なき身で禄を得たなどと陰口を叩かれては面白くなかろう。領地が広がれば、そなたの働き次第でいかようにもつかわすぞ」

「ご配慮、ありがたく存じます」

「わしはのう……九年前、密かに上洛して義輝公にお目通りしたことがある。此度は義昭公のお供で上洛するとは、これも何かの因縁かのう」

「さようにござりましたか……」


そこで信長はふと顔を上げ、襖の向こうに声をかける。


「胡蝶、入って参れ」


呼ばれるが早いか、私はすぐさま襖を開けて部屋へと入った。


「光秀に五百貫与える。構わぬな」

「ありがとうございます。十分にござりまする。あとは光秀殿の才覚次第にござります」


と、私はにっこりと微笑んだ。信長も、それに満足げに頷いておった。

お読みいただきありがとうございます。

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