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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
六.美濃攻略
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美濃攻略ー⑧:墨股築城の奇策――藤吉郎の手腕

城主となった藤吉郎

 五日になっても空模様は変わらず、しとしとと降る雨は地を打ち、空気に沈黙を忍び込ませておった。そして未明、あの猿面の男・藤吉郎は、資材を運び出し始めた。使ったのは(いかだ)じゃ。大雨で増水してくれたから、難なく運べたのである。それを待ってはいたが、雨だけは武力でどうこうできるものではない。信長だけでなく、藤吉郎もまた、天に恵まれておったのであろう。


 筏を扱うには並の者では務まらぬ。野武士たちには、にはそれぞれ得意とする分野がある。剣だけが取り柄の侍どもより、よほど実地の才に富んでおる。選ばれた者は、巧みに櫂や竿を操り、資材を川面に乗せて運び出した。


 黒股の地に到着したのは、夜もまだ明けきらぬ頃。信長の軍勢、四千余りが既に待機していた。築城を守るため、あるいは敵襲を防ぐためである。この一帯の警護は徹底しておった。藤吉郎が松明を掲げると、川の上流より、八千余りの野武士とその従者らが次々と指定の位置に布陣。雨の中、作業は一斉に始まった。


 やがて、東の空が白み始め、墨股の対岸に陣取る美濃軍も異変に気づいた。そりゃ、そうだろう、いつの間にか資材が届いて築城がすでに始まってしまっている。急ぎ砦より兵を繰り出して攻撃を仕掛けてきたが、信長軍はすでに備えを固めていた。鉄砲、弓、槍、各隊は外堀を守り、攻めてくる敵を難なく防いだ。


 資材はその間にも着実に運び上げられ、野武士たちは一息つく間もなく働き通しであった。全く、あの働きぶりときたら。私も、ああした戦の只中に身を置きたかった。


 今にして思えば、あのとき信長に願い出て、弓でも槍でも取らせてもらえば良かった。女とて武家の出、腕くらいはそこらの若武者に引けは取らぬつもりであった。女が戦場に出るのはなかなかに難しい時代じゃ。優れた当主がおれば尚更。信長の才は私にとっても嬉しきことではあるが、一緒に陣を張る機会が少ないのは、少々残念じゃ。


 築城の様子を川向こうより睨んでいた信長は、ついに予備兵二千を前線に投入した。その折、尾張の地はがら空きとなっておった。もし、竜興が城を捨て尾張へ兵を向けておれば――歴史は、違った道を歩んでいたやもしれぬ。私は、あのとき密かに、守りの備えを調えておった。だが竜興は来なかった。来ればその首を義龍の代わりに撥ねてやれたものを。


 信長は、竜興が背後に回ることはあるまいと読んでいた。目の前の戦に囚われる若者の浅慮を、見透かしておったのだ。案の定、竜興は寄せ集めた兵を次々と墨股へ送り込むも、逐次の投入では戦果も薄い。先に布陣を済ませていた信長軍の前では、まるで歯が立たぬようすであったそうな。義龍は色々と知恵を巡らせる男で、油断ならぬところも大いにあったが、息子の龍興はそこまで頭のまわる男でもなかったのだ。


 またこの頃、斎藤家では内訌が深まり、美濃三人衆と言われた、稲葉良通、安藤守就、氏家直元は動かなかった、というのも大いに影響したのである。彼らの不参加が、竜興の戦力を一段と削いでいた。三人衆が参陣しておれば、あるいは戦の趨勢も違っていたかもしれぬ。が、それもまた運命か。いや、信長の、あの男の強運と言うべきかもしれぬ。

 

 さて、戦の最中にも築城作業は進む。資材運搬に当たっていた千余の者たちも、柴田勝家、小六殿の指示のもと築城に合流。工事は昼夜を問わず続けられ9月8日、わずか三日で砦は完成を見た。

竜興は、もはやそれ以上攻撃してこなかった。砦の一番高い櫓に立った藤吉郎が、川の対岸にいる信長公に向かって声を張り上げた。


「殿!藤吉郎が、ここを守り申す! 殿はご安心あって、どうかご帰陣を!」


小六と手を取り合い、城の完成を喜び合う藤吉郎。声が届いたかどうかはわからぬが、間もなく若き小姓・犬千代改め、前田又左衛門利家が信長の感状を持って姿を現した。その感状には、藤吉郎を墨股の城主と任ずる旨が記されておった。


 これが、後の豊臣秀吉、藤吉郎が初めて任された城である。


 この築城によって、信長の美濃攻めは大きく前進した。既に内訌の火種を抱えていた斎藤家は、稲葉山城を守りきれず、藤吉郎の夜襲によって竜興は城を捨てて逃亡。名ばかりの落城にて、美濃は陥落したのだ。


あのとき、私はまだ、尾張の館にあった。戦勝の報せに沸き立つ者たちを傍目に、私は静かに城の方角を見つめていた。あの砦の天辺に立つ藤吉郎の姿を、まざまざと想像しながら。あの者の出世の速さは異例だ。


信長が、藤吉郎と言う人間の野心に目をつけたというのが、大きな理由ではあるがやはり本人にも、そういった上に立つ気質、という者がったのやもしれぬ。

お読みいただきありがとうございます。

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